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《常識はロマンスの敵である》 ――書簡集


「本当に何でも? 食器拭くのとかも?」
記念講堂の脇を並んで歩きながら、彼女は問いかける。
「私、お洗濯は好きだけど、アイロンかけは面倒なんだなー」
「藤乃が側にいてくれるなら、何だってしてやるよ」
「ホント!? うれしー!」
大山藤乃は、こけしのような目をまん丸く見開いて喜ぶが、そこには間髪を置かずの一言が。
「でも、私は“桐島君”が好きなの」
「……」
無邪気な藤乃は、“永岡君”のズタボロ・ハートには、ちぃーっとも気を留めない。
孤独な傷を負った彼は、ぐっ……と拳を握りしめ、

――ちくしょぉー……っ、何て可愛いんだっ!!

いつもこの、「まぁ何てラヴリー〜」のイノセントな残酷さに、雑草のように蹂躙されながらも、
そのケタ外れ「お子様ファンシー」ぶりに、ノック・アウトされてしまう。こんな、美人でもない、
デコちん色黒ワカメちゃん、しかしウルトラ・チャーミングな明るさで世界を照らし、結構モテる
藤乃。永岡達郎、以前はちっとも好みでなかったはずのこのタイプに、今は手放しで参っている。
しかし! 彼女には学外に、幼なじみの“桐島君”という彼氏がいる。
「……大体、俺の方が『たっちゃん』というラヴリーな愛称で呼ばれてるのに、何で『桐島君』が
 藤乃のオトコなんだよ」
二人の幸せオーラの前には、何人たりとも割り込めず、達郎も面と向かっては何も言えないので、
小声でブツブツ呟く。
「ねぇ、たっちゃん、ほら! 櫂(かい)と、ゆんだよ!」
自分の世界に入っているところを藤乃に肩を叩かれて、達郎がふっと前を見ると、火の見やぐら
のように細高い長髪男と、くりくり頭のちんちくりん女が、買い物袋やら何やら抱えて背負って、
歩いてくる。向こうも気付くが早いが、女の方が、ふさがった両手をあげられずに、横にバタバタ
振ってみせる。
「――もぉ、ゆんったら、まーた何処行ってたの! 卒業する気アリ? ペンディング確定の、
 スリーアウト組のくせにー」
「オー、ワッタシにもわっかりましぇーん。ね、それより、『お山』でナベやろうよ。たつも一緒に」
『ゆん』こと水瀬結女(ゆうな)は、くりくりのボブを揺らして笑いかける。が、達郎は応えもせず、
それより隣の火の見やぐら男、崎谷(さきや)櫂に、
「崎谷。おまえ背負ってるの、ナニ?」
「――ナベ」
彼よりも頭半分背の高い櫂は、端的に言った。
「うわぁ〜、櫂ってば、おちゃめー」
思わず絶句している達郎をよそに、藤乃は大ウケ。


「――あいつら……わっかんねぇ。俺にゃー謎だ」
藤乃と、近くの酒屋まで歩いていく途中、達郎はふとこぼした。
「崎谷、あの長身長髪で、背中にナベカマ、両手に大根……許される光景じゃねーよなー」
「それでもイイ男なのが、櫂の凄いトコでしょ?」
それは実に全くその通りなのだが……何かが崩壊している気がしてしまう。
「それよりさ、今日、二人共、真っ黒黒で、お揃いの黒子みたいで可愛いねー」
黒ずくめのデコボコ黒子コンビを「可愛い」と思っても、生活感皆無のイイ男がナベカマを
背負ってるのには違和感を持たない藤乃とでは、やはり感性が違うからいけないのだろうか、
とペシミスティックになる達郎だった。

準備が整った頃には、もう短い日が傾いていた。しかし、背後の本館からの灯りで、
宵闇が訪れても、野ナベ会場は、真っ暗にならないですむ。
「シーズン的には、まだこれからってところかねぇ……。でも、2月にやった梅見みたいに、
 寒過ぎなくてイイか。あの時、風邪引いちゃったもんね」
首謀者の結女が、コンロの火を弱めながら呟く。しかし、ナベに箸を伸ばした達郎にハッとすると、
「たつ、それ私の! 手塩にかけて育てたホタテなのっ!」
「……はいはい」
達郎は、一度つまみ上げたホタテを、対岸の結女の皿に放り込んでやった。
水瀬結女は、その親ですら定住先を知らないという、とんでもなく凄まじい“風来嬢”で、以前、
達郎が用事があって自宅の電話にかけたら、「うちの娘、最近何処にいるかご存じですか?」と、
逆に尋ねられたほど。そして彼女は、あちらこちらと居候をして、気分のままにか風のままにか、
流れるように日々流転で住みかを変える。だが、トータルで見ると、一番確立が高いのは、
崎谷櫂のところだった。
「またバイトでもしてたの?」
「沢木さんが、また写真撮ろうって言ったから」
「えー、凄いじゃん。写真家のモデル?」
モデルと言っても、雑誌に載るようなものではない。別名、“闘う前衛”写真家、異色というか、
要するに変人のオッサンだが、結構ネーム・バリューはある。
「あのオヤジ、年甲斐もなく、ゆんにハマってんだよ。おい、ゆん、今日さっさとフロ入れよ?
 MG5なんてオヤジくっせーったらよ。オヤジ臭いまんまなら、俺んとこで寝かせない」
「えーっ、やだよぉ。床で寝ると腰が痛くなる〜」
「ひゃー、倒錯的ぃ!」
ぶちぶちスネる結女を、藤乃がどついて笑う。……やはり達郎には、この二人(櫂と結女)の
「ヘンな状態」とでも形容すべきフシギな関係は、納得が行かない。ハタから見れば、
四分の三(半分以上)同棲状態にあり、恋人同士だが、櫂には他に付き合っている女友達が
いるし、結女は結女で、平気で女の付けぬコロンを匂わせて帰ってくる。
「異星人(エイリアン)」結女のことは、既に理解を放棄している達郎だが、櫂も不可解だ。
少年時代に何処だかを患い、入学が遅れたという彼は、ひときわ大人びた哲学的演劇少年。
おまけに長身長髪、シャープな顔立ちだから、立っているだけでエラく目立ち、「何人
泣かせたの」的ムードを身にまとう。バリバリの硬派なのかカルいのかよく分からん、
しかし世間の風も飄々と受け流し、毅然と独り立つ男である。そんな彼が、何故結女を
気に入っているのか。恋人という思いも独占欲も不在のままに、男と女が二人暮らしている
というのは、一体どんな感情があってのことなのだろう。それが分からない。達郎から見れば、
ちんちくりんのくるくる頭、目はぐりんぐりんにデカくて、ぽてっとした唇の結女は、全然
「美人」ではない。しかしどうも、前出の“前衛派”等、ある種の人間を妙に惹き付ける、
マニアックなチャームがあるようで、藤乃とは別の意味で、結構モテる。そのロリータっぽい
色気から付けられたあだ名が、「ベティちゃん」、「マニアック・キューピー」etc.
「う〜い、酒が回らんぞーい。余興だ余興! ねー、櫂、マイムやって〜。一瞬芸でも良い」
「おい、こぼれるって。……てめぇがやってろよ」
櫂が達郎の紙コップに日本酒を注いでいると、オヤジ化した結女が、ゆさゆさ揺らす。
「ぶー、イジわるぅ、ケチぃー、甲斐性なしぃー」
結女がムクれると、櫂はふっと笑って、「じゃあ……」と、おもむろに、ガバッと結女を
押し倒した。
「瞬間ホラー劇場。世にも恐ろしい『磯野家のヌレ場』」
「えっ!? あーっ、いけないわマス夫さんー!」
「こ、これは確かにオソロシイっ! しかし、ピーッ、教育的指導! 寺山修司の世界!?」
藤乃は大喜びするが、達郎は――ぐったり。
「ゆんってば、そのスカート、実はスゴかったのね」
普通にしているとタイトロングにしか見えなかったが、ジタバタしたら、タイツ履いてる
とはいえ、脚の付け根までスリットが。結女は草まみれで起き上がると、
「へへっ、そぉ?」
「触っちゃお。あ、すべすべ〜」
「きゃー、ふじったらイケナイわー!」
清純派……のハズの藤乃が、マニアック・キューピーとジャレていると、達郎はどうも
いかがわしくていただけない。が、この二人、波長が超ピッタリらしく、非常に仲が良い。
平和な家付き娘と、ボヘミアチック風来嬢の違いこそあれ、ぶっとんだ感覚は、相性
ピッタリらしい。



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