「十二階の一番奥 2−」へ          NOVELSへ           TOPへ


1−



とにかくこの男は、自身以外のものなら、求めればすべて与えてくれる、奇妙な性格だ

ということが分かったので、何処までたかれることかは分からないが、彼女はしばらく、

ここに居着くことにした。彼自身に興味が有ったこともある。

大体、どんな生活をすれば、こんな男になるのか。

だが、彼のケタ外れな無関心は、とどまるところを知らないという他に、言いようが無かった。

ケチではないし、無精と言うより、何に関しても行動を起こすだけの情熱が持てないらしい。

それでいて、彼女を拾ったりというような気まぐれをする。あれが思いやりや優しさではなく、

まして他意のない行為であったとすれば、『理由』は何なのか。

そんなものすら考えるのは面倒だと言いそうな彼。

彼はあの夜、彼女を見て、端的に、着替えた方が気持ち良さそうだと思ったからだと言った。

そこに有ったのは、感情などではない、ただの現象観察とでも言うべき思考。

だが、それに行動が伴うことが、分からない。



由利は週に3日程、仕事に出かける。

彼女の方は、由利の所に居れば何も困らないから、働きたい時は、気ままに働けば良い。

相変わらず彼の素性はよく分からないが、生活ぶりからして金銭感覚のない、

また必要もない部類の人間らしかった。

おそらく生まれてこの方、何かを手に入れたいと熱望したことなど無い。

そうでなければ、あれ程までに淡白になるはずが無かった。



「ねぇ由利。この間の女とかでもさ、ホントに抱きたいって思わないの? 自分から」

朝っぱから、食事中でも、こんな話題が交わされるのも、また日常。

「それって異常じゃない? 男って、そうゆうの女よりずっと、理屈じゃないんじゃないの?」

「僕は異常なんだよ、きっと。でも、僕自身は何の不都合もないから、異常なままでいる」

「それでいて、よくヤれるもんだなー。不思議だ」

「……理屈じゃないからね」

由利が言うと何だか可笑しくて、彼女は笑った。

「でも、やっぱ歪(ゆが)んでる。人間らしくないよ。力ずくでもモノにしたいって欲望が無くちゃ」

「――セックスの介在なくして、愛には近づけないものだろうか」

突然、アカデミックなんだか下世話なんだか分からない発言が彼から飛び出し、

彼女は、「は?」と眉をひそめた。

「抱きしめれば、その力が強ければ強いだけ、相手は苦しいものじゃないか。

 初めは、その苦しい程の抱擁にも、酔うような心地好さを感じられるかもしれない。

 でも、いつまでもそのままじゃない」

珍しく考えるような様子の彼に、彼女はクスッと笑った。

何を考えてそんなことを口走るのか分からないが、面白い。

「現実的じゃないのよね、由利のは。あんたはビョーキだとしても、結局人間、独りで生きてく

 ことなんてできないんだしさ。あたしだって、男が居ないと生きていけないもん。

 カッコつけたったしょうがない。ホントのことよ」

「そうかな。君は、独りでも生きていける力を持った人だと思うけれど。そんな強さを感じるよ」

彼は立ち上がって、食器を下げ始めた。まだ済んでいない彼女は、ちょっと見上げて、

「それなら、あんたの方が、『強い』んじゃないの? ずっと、独りで生きてきたんでしょ?」

「――それは違う」

静かな、言葉。けれど、「何故」とは問わせない。

そこは彼女も立ち入ることができない、不可思議な領域。

むず痒さが、彼女の頬を撫ぜた。それを振り払うように、彼女は一瞬だけ、唇を噛みしめた。

そしてそれを緩めると、溜息のように呟いた。

「……快楽がなかったら、何やって生きていくんだろ」

「何もしなくても生きられるんだよ」

主張というより、あるがままのことを述べるように、彼は静かに言った。

彼女は片肘をテーブルにつくと、

「あんたが言うと、凄い説得力あるわね。でもあたしは、そんなの嫌。つまんないもの」

彼女の言葉に、由利の口元が、微かに笑った気がした。



「十二階の一番奥 2−」へ          NOVELSへ           TOPへ