■恋文騒動■


 1.



「え……。えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!!!!!」


雲ひとつない青空に珠紀の絶叫に近い叫び声が響いた。穏やかな天気の下、いつものように屋上でお弁当をついていた拓磨たちは一斉に声の主を見た。珠紀は、真っ赤な顔をして一通の手紙を凝視している。目はその手紙に固定されたまま、彼女はなにやら非常に混乱しているようだった。
見たところ、普通の手紙に見える。普通の白い封筒に白い便箋。珠紀が教室から出ようとした時、彼女の手にそれが握られていたのは記憶に新しい。切手が貼られていないところを見ると、どうやら手渡しか教室のどこかで珠紀の手に渡ったものらしいが、何が一体そんなに驚くことがあるのだろうか。気になるが、覗き込むなんて不躾なこともできない。
気になりつつも、拓磨は気のないフリをして弁当をつついた。
すると、隣で同じように珠紀の様子を気にしていた真弘が口を開いた。


「おい、何だっていうんだ?」
「あ、い、いや。な、なんでも……わ、私。ちょ、ちょっと…その」
段々と小さくなる声に訝しげな視線を送っていると、一番冷静に弁当を食べていた祐一が一言いった。
「恋文か。いまどき古風だな」
「な、なんで?!」
大げさに驚く珠紀に祐一の指摘が事実だったことを知る。目の前では、真弘が珠紀に誰からだよと詰め寄ってる。逃げる珠紀に面白がる真弘という構図を眺めながら拓磨は、じっと珠紀の手にある恋文を見ていた。

恋文。
それは、字が示す通り。恋を綴った文。相手に己の想いを伝え、交際を求める手紙。つまりは、珠紀に恋をしている何者かによる手紙。
そして、手紙の内容はだいたいが告白。そして、交際を申し込…――


バキッ。と、いう音が手元でして拓磨は、我に返った。
「あ」
握りしめていた箸がぼっきりと折れていた。思わず、誰かに見られなかったかが気になって拓磨は忙しく辺りを見回した。幸い、皆が珠紀に注目していて拓磨が箸をへし折った瞬間は見ていなかったようだ。拓磨は、こそこそと素早く弁当をしまいこみ何喰わぬ顔で立ち上がった。
すると、今までいいだけ騒いでいた珠紀が赤い顔をしたまま拓磨の方を見た。珠紀が赤い顔をしているのは、その手紙のせいだと思うと、ちょっとだけ……いや、かなり腹が立って拓磨は黙って背を向ける。
「どこいくの?」
「さぁな」
「ちょっ」
珠紀が何かを言っていたようだったが、拓磨は無視して屋上を出た。階段を下りて行って、教室の方へ足を向けかけて立ち止まる。珠紀とは同じクラスだ。彼女が戻って来た時、何となく気まずい。
拓磨は、そのまま階段を更に降りて行って玄関までやってきた。このまま今日はサボってしまおうと拓磨が自分の下駄箱を開いた。そこで目にしたものに驚いて目を見開いた。

「なんで」

一通の手紙だった。珠紀が手にしていた物と同じ封筒のようだった。宛名はない。封もされておらず中に一枚手紙が入っているのが分かった。拓磨はなんとなく左右を確認し、誰もいないことを確かめてからそれを手に取り、開いた。
内容を目にした途端、拓磨の顔が少しだけ赤くなった。それから、ひどく慌てた調子で拓磨は手紙を無理矢理制服のポケットに押し込み、乱暴に靴を履き替え、逃げるように学校を去った。向かうは、他の守護者たちも知らない森の奥のある場所である。
そこまでやってきて、ようやく拓磨は抱えたままの弁当の包みを放り投げ、岩場に腰を下ろしポケットにねじ込んだくしゃくしゃの手紙を取り出し、広げた。


 鬼崎 拓磨 様

 いつも守ってくれてありがとう。ずっとあなただけを見ています。
 こんな風に手紙でしか想いを伝えられなくてごめんなさい。
 明日。放課後、校庭傍の大きなイチョウの木の下で待っております。必ず来てください。

 春日 珠紀



「これって、恋文だよな」
白い便箋に書かれた言葉に拓磨は顔を赤くした。どう考えてもそうとしか思われない。珠紀からの恋文。拓磨宛てなのはいうまでもない。鬼崎拓磨様って書いてある時点で間違いないだろう。そうか、珠紀は拓磨のことが好きなのか。拓磨は、手紙を握りしめたままゴロリと横になった。
「そんなそぶりは……全くなかったな」
珠紀が過去に拓磨相手に赤くなったりしたこともない。だいたいが、鬼斬丸の封印を守る戦いの最中でそんな余裕があるわけがなかったのだが。しかし、彼女とはこの村にやってきたその瞬間から関りがあるわけで。
(こ、これはそういう意味……なんだよな?)
珠紀は、実は最初に常世に連れて行かれそうになった彼女を守った拓磨に惚れてしまい、その後も拓磨のことをそういった対象として見ていたということだろうか。
それは、要するに自分のことが好きということになり。更には、男女交際なんてものを求めているということか。


ドキドキしてきた。
こんなことをしている場合ではないのはわかっているのだが、やはりここは年頃の男としてはドキドキせずにはいられない。まして、相手は珠紀である。最初はただの守ることが義務である相手としか思っていなかったが、今は何よりも大事な存在である。そう、つまり拓磨は珠紀のことが好きな訳で要するにこの恋文は願ったりかなったりなわけである。
「いやいや、まだ決めるのは早い」
相手はあの珠紀だ。何か日本語の使い方を間違っただけかもしれない。ぬか喜びにならぬようにここはひとつ平常心で。と、拓磨は大きく深呼吸をした。傍から見ればかなり怪しいが、ここに拓磨以外はいない。
とりあえずは、明日行ってみることである。
拓磨は、一度クシャクシャにしたそれを綺麗にたたみ直し制服の胸ポケットに大事に収めた。それから立ち上がって、弁当を持ち上げて気がつく。
「弁当、途中だったな」
箸折れてるが、手づかみでいいか。と、拓磨は再び腰を下ろし弁当のふたを開けて食事を再開した。





翌日。鞄その他を教室に置いたまま帰っていしまった拓磨が学校へ行くと、珠紀がそわそわしているように見えた。やはり、これは放課後のことで緊張しているに違いないと拓磨は嬉しくなってしまった。そのまま一日を過ごし、待ちに待った放課後。用事があると言い張って居残る珠紀に俺が付き合うと周りには告げて、拓磨は意気揚々と指定の待ち合わせ場所へ向かった。そこにはやはり珠紀が立っている。
「よぉ」
「た、拓磨……」
互いに黙ってしまった。珠紀は俯き加減になっているが、顔が赤い。これはいよいよ本当に告白なのだろうかと拓磨はドキドキしてきた。
「あの、ね」
「あの、な」
互いに声が被ってしまい、互いにどうぞとやって黙ってしまう。珠紀を盗み見すると、彼女はなにやら手紙のようなものを握りしめていることに気がついた。
(昨日の手紙?)
なんで、そんなものをこの場に持ってくるんだろうか。訝しく思っていると、珠紀も拓磨の胸ポケットの辺りを凝視している。互いに手紙に目が止まった時点で、珠紀が意を決したように口を開いた。
「あの、ね? 拓磨、この手紙なんだけど……」
「手紙?」
珠紀が胸に抱いた手紙を差し出した。差し出すということは読んでもいいのだろう。拓磨はそれを受け取り、開いて愕然とした。



 
 春日 珠紀 様

 いつもお前だけを見ている。
 こんな風に手紙でしか想いを伝えられなくて、悪い。
 明日。放課後、校庭傍の大きなイチョウの木の下で待ってる。必ず来て欲しい。

 鬼崎 拓磨





「なんだ、これは?」
「なんだって、拓磨がくれたんだよね?!」
「いやいや、俺はこんなもの書いてないって。お前こそ、これ書いただろう?」
拓磨は、珠紀に例の手紙を渡した。珠紀もそれをみて驚愕する。彼女の顔が更に赤くなり、違うよ。と、必死な様子で否定してきた。
「俺はてっきり、お前からのラブレターかと」
「私も拓磨からのラブレターなんだって」
互いにがっかりした様子で言ってしまってから、はっとする。
「い、いやいやいや。そ、そんなことわかってるよ。拓磨がこんなことするはずないって」
「お、俺だってわかってる。い、今はそれどころじゃないんだって」
「今は?」
珠紀が拓磨の言葉に引っかかりを覚えて首を傾げた。
「忘れろ。高速で忘れろ。いいな。なんだかわからんが。これは俺たちをハメようとした何者かの陰謀だ」
「拓磨と私にこんな手紙を送ってどうするつもりなんだろう」
「さぁ」


なんだかよくわかんらいうちに、二人は疲れを覚えて帰ろうか。と、言う話になった。
珠紀を送り届けて家へと向かいながら、拓磨は手の中にある二通の手紙を開く。
「同じ内容で同じ筆跡、か。一体何が目的だったんだ?」
なんだか気持ち悪いと思いながら、拓磨はそれをくしゃりと握り潰して制服のポケットに押し込んだ。
拓磨は家路を急ぐ。読みかけの時代小説があったことを思い出し、今日はそれを読んで気分をすっきりせようと思った。そんな拓磨の足元。夕日が作り出す拓磨の影が、何か妙な形に一瞬だけ歪んだことに拓磨は気づかない。
二人を誘いだしたこの恋文が思いもよらない事件の始まりだとは、拓磨が知ることはなかった。



  


新連載です。ちょっとした事件のお話です。時間軸は特にありません。お付き合いいただけると嬉しいです。
2012.05.15.サイト掲載


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