■恋文騒動■

 1


拓磨と珠紀が変な恋文を貰って数日後。学校内で流れる噂を耳にした。
どうも、恋文に似せた怪文書が流行っているらしい。恋文を貰ったと興奮した男子生徒たちが大挙して、グラウンド傍のイチョウの木の下に集結したことから騒ぎが広まったそうだ。
大挙して集結というあたりに、笑いがこみ上げるのは拓磨だけであろうか。いや、自分だって人のことは笑えない。
あんなにも……あんなにも心躍らせて出かけた過去はそんなに遠いものではない。
だが、その怪文書。話をきくと、どうも拓磨と珠紀が貰ったものに似ているらしい。拓磨が思わず珠紀の顔を見ると、珠紀も拓磨の方を見ていた。
「お前、同じこと思ったろう?」
「拓磨も? だって、それって……」
互いになんとなく気恥ずかしくて顔を赤らめた。冷静になって考えてみれば、互いに何か期待してあの場に行ったことは確かであった。拓磨は言うまでもない。珠紀からの恋文に大興奮だったことは間違いない。認めたくはないが、その先々まで考えてもっている雑誌という雑誌をひっかきまわし、こんな時のためにと書きつづったノートを読み返し練習をしてから行ったなんてことは……珠紀には知られてはならない事実であった。
どれだけがっかりしたと思っている!
悪戯をした奴を見つけしだい復讐してやると密かに誓ったのもそう遠くない過去の話であった。
ともかく、その文章が似ているのだ。ただ、違うことは拓磨と珠紀は一対一で。他には誰もいなかったということだ。彼らは、全員男で……たぶん心躍らせて出かける辺り普段からそっち方面は寂しい奴らということになる。
だからといって、何かがわかるかと言われれば、何もないのだが。
「な、何が目的なのかな。私と拓磨の時は、二人だけだったよね?」
「ああ、しかも何も起きなかった。今回も、何も起きたようには思えない」
あやかしやカミの仕業だったとしても、それにしては呼び出された男どもは皆元気だ。あやしい気配もない。もっとも、拓磨はそういう気配を探るのが苦手だったので、見落としている可能性はあるが珠紀が嫌な感じがしないというのだから違うのだろう。
「悪戯じゃないのか? 」
「そうだね」





ちょうどホームルームが始まる時間となり、珠紀も拓磨も席についた。拓磨は、教師の話を聞き流しながらポケットに突っ込んであった珠紀と拓磨のラブレターを取り出した。ひどくくしゃくしゃになったそれは、昨日のまま拓磨のポケットに収まっていた。なんだというのだろうか。悪戯なのだろうが、何となく気味が悪い。拓磨は、何の気なしに手紙を開いて目を大きく見開いた。思わず立ち上がった。
「鬼崎、どうした?」
「あ、いえ。何でもありません」
慌てて着席した拓磨にクラスメイトは大笑いをした。
教師も、朝一番のホームルームで寝ぼけるなよと笑いながらいって伝達事項の続きを話し始めた。



(絶対におかしい)


昨日、確かにここに収めた時、この手紙には文章だけが記されていた。珠紀が宛てたかのように偽装された呼び出しの手紙だ。絶対に見間違えでも記憶違いでもなかった。同じように、珠紀から没収した手紙には拓磨が珠紀に宛てたかのように偽装された呼び出しの手紙だったはずだ。白い紙に黒い文字で書かれていただけだ。

なのに。

拓磨は、そっと手紙を再び開いた。その二枚の紙は。
真黒に塗り潰されていた……。





「どういうこと?」
昼休み。いつものように、弁当を食べに屋上に上がった珠紀に拓磨は、例の手紙を見せてやった。真黒に塗り潰されたそれをみた珠紀は、驚いたあと拓磨の仕業かと訊いてきた。
「違う。俺は、お前からこれを預かって俺のと一緒に制服のポケットに突っ込んでおいた。あれから朝、ホームルームになるまで開いてない」
「つまり、勝手に黒く塗りつぶされたってこと?」
「そんなわけないんだが……、昨日はすぐ家に帰ったし、制服も着替えてからずっと俺の部屋にあった」
「誰も触ってないってこと?」
「ああ、俺の部屋に侵入した奴がいない限りはな」
そういいながら、拓磨は珠紀の弁当にあったおいしそうな卵焼きを横取りした。
「あ、ちょっと。美鶴ちゃんの特製卵焼きなのに!」
「いいだろ、少しぐらい。まだもう一個あるだろ」
珠紀が怒る。その膨れ面もかわいいなぁと思いながら、拓磨が珠紀とじゃれていると、横からにゅ。と、手が伸びてきて残り一個の卵焼きは奪われた。
「その恋文。こんな文章ではなかったか?」
「私の卵焼き!!」
本気で落ち込む珠紀に仕方がないなぁと拓磨はあとでたい焼きを買ってやろうと思いながら、祐一のいった言葉が引っかかった。
「貰った……んですか?」
「ああ、昨日な。だが、こんな手紙に心当たりはない。かといって無視するのもなんだ。どうしたものかと思っていた」
拓磨は祐一のそれは本物なのではないかと思った。美形の彼に想いを寄せている女子は当然いるだろう。珠紀も同じことを思ったのだろう微妙な顔つきをしていた。だが、当の祐一は本当に心当たりがないようで。
「しかも、この差出人貴方のマよりとある。生憎そのような知人はいない。変わった名だ」
「マ……?」
変な書き方だと、珠紀と二人して手紙を覗き込んだ。確かに書いてある。しかも、いつも図書室で静かに本を読むあなたに想いを寄せてとかあって、ずいぶんと情熱的だ。これは、本物ではないのか。と、拓磨の顔が少しだけ赤くなった。隣を見れば珠紀も顔を赤くしていた。


「あの、祐一先輩。これ、本物だと思います……」
「そうなのか?」
真顔で返されて、珠紀が言葉を失った。どうしてわかるんだというような感じだったので、拓磨も頷いた。
「俺もそうだと思うっすよ」
「そうか、本物か。では、行って断ってくることとしよう」


祐一は去って行った。残された二人は、顔を見合わせた。
「ど、どんな人かな」
「お前、見に行くとかするなよ」
「し、しないよ」
そういいつつ、二人してそわそわしてしまうのは、仕方がなかった。二人して、なぜか慌てて弁当をしまい立ち上がった。
互いに黙って、互いを見つめた。
「拓磨、急いでどこに行くの」
「お前こそ急いでどこに行こうとしてるんだ?」
互いに顔をひきつらせた。
「拓磨、先に行っていいよ」
「いやいや、お前を置いていけないって」
互いに気になることは一つだったが、追いかけては駄目だろうとは思うのだ。ただ、なんとなく落ち着かなくて弁当を片付けただけであるので、非常に気まずい。
気まずかったので、何も考えずに拓磨は珠紀の手をとって歩き出す。
「拓磨?!」
いきなりの行動に珠紀が驚いて声をあげた。
「黙ってついて来い」
珠紀がまだ何か言っている。彼女の顔は赤い。たぶん、自分も赤いのだろう。珠紀の手は小さく柔らかい。その手を握ったまま、何も考えずに引っ張って来たけどどうすればいいんだと拓磨は思っていた。
(とりあえず、話題を逸らそう)
それがいいと思ったところで、拓磨は珠紀を連れたまま玄関までやってきたことに気がついた。
いつの間に、教室も通り過ぎたのだろうか。悩みつつも、ようやく拓磨は珠紀の手を離し彼女と向き合った。
「あのよ、もしあの手紙が俺たちと同類だったら?」
「誰かもう一人呼び出されている? ん?! マ?!」
「どうした?」
突然珠紀が叫んだから、拓磨は驚いた。だが、珠紀は考えることに忙しいようでブツブツ言っている。まさかそんなわけないよね。え、でもそれは本気の方なの?とか、いやいや違うわよねとか言っている。
「おい?」
肩を叩こうとした時だった。



「なぁぁぁぁぁにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!」



よく知った声の絶叫が響き渡った。その声に我に返った珠紀が驚いてバランスを崩したので拓磨は彼女を抱きとめた。柔らかな珠紀の感触についうっかり幸せを感じかけた拓磨だったが、次の瞬間そんなことは吹き飛んだ。





「俺は信じんぞ、祐一。俺のゆうちゃんがお前だったなんて!!!!!」
「安心しろ、俺も信じたくない。お前がここにある貴方のマだとは。気持ち悪い冗談だ、いますぐ訂正を望む」
「それはこっちの台詞だ。俺のときめきを返せ!!」
「無理だ。諦めろ」



よく知っている声が二人言い合いをしていた。
「……」
「……」
本物だって言った手前どうしたらいいんだろうかと拓磨は天を仰いだ。
同じように珠紀が遠い目をしていた。
「あの、その。本物だって言ってごめんなさい……?」
「いや、俺も同意して悪かったっていうべきか?」


その後。怒りに駆られたまま玄関まで戻ってきた真弘が玄関で呆然と抱き合う二人を目撃して、見せつけるなと怒り狂い宥めることに必死で文のことなどすっかり忘れさられていた。
その文のことを思い出させてくれたのは、放課後になって合流した祐一であった。
「あの文。不可解だ」
「不可解なんてもんじゃねぇよ! なんだよ、あれ。何が楽しいんだ」
「確かに、真弘先輩の一喜一憂は面白いかもしれませんが、祐一先輩は元々モテるから冷静で面白くないっすよね」
「どういう意味だ、拓磨!」
「まぁまぁ……。とにかく、何か変だよ。拓磨と私もやられたし。手口が一緒なのに、それでどうにかしたというわけじゃないんだよ」
「そうそう、お前らとい……何だって?」
珠紀が説明した。綺麗に二人で慌てまくった下りはなかったことにして。すると、祐一が考え込むようなしぐさを見せたあと、言った。
「つまり、何ものかが俺たちをそこに集わせて何かさせようとしているということか?」
「だが、学校の他の連中も似たような手紙をもらっているってのが不可解だ。あいつらなんの力もないぜ?」
「悪戯なのかな」
「悪戯だろうよ。ったく、たち悪ぃぜ。なんだって相手が祐一。しかも、男!! おい拓磨、なんでテメェは偽だったとしても相手が女なんだよ! 後輩のくせに生意気だぜ」
「知らないっすよ。そんなこと」
ぎゃぁぎゃぁと騒ぐ拓磨たちを眺めていた祐一がふと足を止めて、拓磨を凝視した。拓磨と真弘は驚いて動きを止めた。


「祐一先輩?」

珠紀が声をかけた。すると、祐一は視線を珠紀の方に向けて緩く首を横に振った。
「何でもない。気のせいだと思う」
それっきり祐一も何も言わず、拓磨たち4人はいつも通り珠紀を送り届けた。珠紀が家の中に完全に消えてから、祐一は静かに口を開いた。


「拓磨。お前、何か拾わなかったか?」


唐突に言われた言葉に、意味がわからず拓磨は首を傾げた。だが、祐一はじっと拓磨の影を見つめている。
つられるように影を見た。だが、妙なものは何もない。
「祐一先輩?」
「いや、たぶん気のせいだ」



それっきり、祐一は何も言わなかった。二人と別れた拓磨は、首を傾げ続けた。何か拾わなかったか。
いや、何も。
だが、なんだかそれが今回の騒動の原因のような気がして酷く落ち着かない気持ちになっていた。



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  更新が遅くなりまくりでした。続きです。ほんのジョークで不幸になってもらってごめん真弘。
2012.06.13.サイト掲載