■心の欠片■

 四


沖田が率いる一番組の巡察に同行した千鶴は、かねてから監察方が内偵をすすめていた枡屋と偶然接触し店主枡屋喜右衛門と名乗る長州藩の間者、古高俊太郎が捕縛された。新選組としては、まだ泳がせていたかった相手だと知り、千鶴はずいぶん落ち込んだ。なんだかの形でお詫びをしたい。そう思うが、その古高から引き出された情報は悠長に待っていられるものではなく俄かに慌ただしくなった屯所内で千鶴はただ迷惑をかけぬようにと小さくなっていることぐらしかできなかった。
(討ち入り・・・と、いうことは皆さんが斬り合いをするということ)
千鶴は、初めて新選組の皆と出会ったあの日の夜を思い出して少しだけ顔を強張らせた。
怖い思い出であった。
でも、あの日。斎藤に助けられなければ千鶴は死んでいたに違いない。
目で慌ただしく隊士に指示を飛ばす斎藤を追った。


斎藤さん。


はじめは怖いと思った。土方も怖いし沖田も怖いが、斎藤も千鶴は怖かった。土方や沖田への恐怖はわかりやすいものであるが、斎藤への恐れは少しだけ複雑なものだった。
彼は守ってくれたけれど、無表情で言葉少なく任務に忠実でたぶん・・・命令とあれば千鶴などなんの躊躇いもなく斬れるひとだと感じた。故に、恐ろしかった。
けれど、接するうちに変わった。斎藤は、やはり命令があれば千鶴を斬るだろう。でも、それは決して何も感じないというわけではないだろうと思うようになった。
不思議である。最初に思った通り、斎藤が千鶴を命令があれば迷わず斬るであろうと思うのに、今は怖くない。それどころか、斬られる自分にきっと落ち度があって迷惑をかけることが申しわけなくさえ思うのだ。
だから、そうならぬように自分は努力しなければならない。
どうしてそんな風に思うのかよくわからないけれど、一生懸命千鶴を守ろうとしてくれる斎藤の誠実な態度へ報いるためには大事なことだと千鶴は思った。

そうつらつらと千鶴が考え事をしているうちに隊士たちの出立の準備は整い、隊士たちは出て行った。もちろん斎藤もだ。
彼らを見送り、一度部屋に戻る。
大変な夜になりそうだったが、千鶴にできることは何一つなさそうである。自然、ため息がくちからこぼれた。
これからどうしようと思っていたところに屯所に残っている山南から呼び出され千鶴は彼とともに待機を命ぜられた。それからしばらくしてから山崎が本命だと思っていた四国屋で浪士たちの会合があるのではなく池田屋と報告してきた。そこで伝令に走ることになったのだが、山南の命令で千鶴もまた伝令に走ることとなった。



*******




息が続かないのか、とぎれとぎれに話す千鶴の様子に斎藤はただ驚いていた。
山南が千鶴を伝令につかったことにも驚いた。彼女は客分であり、隊士ではないのだ。
だが、総長にはなにかしらの意図があってそうしたにきまっている。だが、斎藤はなぜか釈然としなかった。なぜか。千鶴に信頼が置けないわけではない。彼女の日常をよく知っている斎藤には、彼女が屯所から出してもらった途端、裏切りに走ることなどないとわかっている。だから人選としては間違ってはいない。彼女は、言いつけを守るだろう。必死に我々に伝令を伝えようと駆けてゆくだろう。だが、雪村千鶴は少女なのだ。
かよわい存在だ。こんな夜に一人で敵が潜んでいるかもしれない夜道を走らせるなどということは・・・。
そこまで考えて斎藤は愕然とした。
総長の決定に異議を申し立てるなど、今までの斎藤にはなかったことだった。斎藤は土方を尊敬している。だが、同じように山南のことも尊敬しているし、彼の判断を疑ったことなどない。
千鶴が伝令役になったのは、いい判断なのだ。それは、わかる。でも。
どうやら途中まで山崎が同道してたようだが山崎は敵と交戦中らしいことを聞いても、斎藤はまだ納得がいかなかった。だが、今は池田屋へ急行することが大事。千鶴に土方か斎藤達どちらかに同道するように言うと、千鶴はしっかりとした声で、斎藤達についてくると申し出た。
その瞬間、斎藤の胸のうちに広がったもをむりやりひねりつぶした。


池田屋に到着したとき、すでに戦いは終盤へ向かっていた。千鶴を伴って中へ入るとすぐに永倉と合流できた。千鶴に救護を命じる。彼女が医者の娘でよかったと斎藤は思った。これならもしかしたら少しだけだったとしても、怪我をした隊士は苦しまずにすむのかもしれない。
しばらくして戦いは終焉を迎え、今は撤収するために後片付けをしている。昏倒していた沖田は気になるが彼に必要なのは、医者であって自分ではない。
土方や近藤に命じられた仕事をこなしながら、池田屋の庭で応急手当に奔走する千鶴の姿が目にとまった。
「大丈夫ですか。少し、痛みますよ」
てきぱきと処置をする彼女に斎藤は、目を奪われた。
普段は、どちらかというとおとなしく控えめな娘である。だが、医療となると別のようだ。
今の千鶴はみていてなんだか頼もしい。怪我をした隊士たちにもそれは伝わっているのだろう、誰もが土方の小姓であるはずの千鶴の指示におとなしく従っている。
(山南さんは、ここまで考えておられたのだろうか)
医者の娘である千鶴が、父の手伝いをしていたとは前に言っていた。
(いや、それはあるまい)
動かせる駒が千鶴以外になかったのだ。体調を崩した隊士と屯所を守る最低限の人員。
問題は、そこだたったのだろう。
山南が千鶴に命じたのは、彼女が裏切らない。ただこの一点。


また少しだけ気分がよくなかった。こんな風に千鶴を連れ出していいはずがない。先ほど、自分で寝覚めが悪いなどと酷いことを彼女に言ったが、本当は違う。
こんなところに彼女がいていいはずはない。もっと安全なところで大事にされているべきなのだ。
千鶴は、本当に普通の少女なのだ。ここ数日千鶴と共にいる時間が多かった斎藤にはそれがよくわかっている。
(だが、あれだけ役立ってしまえばこういう機会は増える)
新選組にとって、信頼のおける人物というものは意外に少ない。内外に敵が多すぎるのだ。平隊士には常に間者の影が付きまとう。外には、味方であるはずの幕府さえ自分たちには協力的ではない。そんな中で、千鶴は役になってみせてしまったのだ。
もう前には戻れない。ならば、守るしかない。
斎藤は再び千鶴を見た。彼女は、必死に看護をしている。その姿は、たぶん他の隊士たちの目にも印象強く残ることだろう。
(守る)
もちろん隊務として斎藤にはその義務がある。けれど、それだけではないことは自分でもわかっていた。
(情がわいたか)
長くそばにいすぎたのかもしれない。
だが、なぜか離れなければとは思わなかった。






明け方、ようやく屯所に戻ってきた。
斎藤が撤収の作業に追われようやく一息ついたのは太陽が高くのぼったころのことだった。
千鶴は、土方の命令で屯所に着くとすぐに強制的に休まされていた。
手伝えると言い張る千鶴に、土方は彼女を半分抱きかかえるようにして部屋へ引きずっていったのであった。彼女は今でも部屋にいるはずだ。土方が、おまえは昼まで寝ていろ。そのあとは、部屋でおとなしくしていろ。と言われたのだから、千鶴の性格からいって部屋からでることは考えられない。
今は、緊急事態だ。おそらく千鶴の部屋に見張りに言っているものはいないだろう。
今屯所は落ち着きをなくしている。賊が入り込むには今が格好の時。
その時。斎藤の頭によぎったのは、原田のあの懸念だった。今は、幹部が全員忙しい。しかも、千鶴は平隊士もいる前で土方に部屋で休むように命じられていたから彼女が今一人なのは誰もが知っている。
しかも、大きな捕り物があったあとだ。奴は、一番組で元気に屯所へ戻ってきている。
危険なのかもしれない。
何かあるわけがないとは思うが、一度様子をみてくるか。と、斎藤は千鶴の部屋へと足を向けた。
廊下を曲がり、最奥にある千鶴の部屋。昨日は、仲間が心配なあまりに少し物言いがきつくなってしまったからどう、接したらいいだろうか。と、考えながら部屋のそばまできて、斎藤の目つきが鋭くなった。
部屋の障子が開いている。あいているだけならいいのだが、なにやら様子がおかしかった。
気配を殺してゆっくりと近づいてゆくと、聞きなれない男の声と千鶴の声がする。

「いやっ!!」
「!!」

明確な拒絶の言葉に、はじかれたように斎藤は走りだした。と、同時に誰かが慌てて部屋から飛び出した。
追いかけようとして、斎藤は足をとめた。
「雪村・・・、腕が痛いのか?」
千鶴が、部屋の隅に座り込んで手首を掴んで震えている。逃げ出した男が気にはなるが、今は千鶴の怪我の有無を確かめるべきだろう。どのみち、足を止めてしまった時点で男にはもう追いつけまい。
千鶴の部屋に入り、斎藤は千鶴に近寄ってしゃがみこんだ。
千鶴は顔を上げない。
「雪村?」
手を伸ばして彼女が押さえている手首に触れようとすると、手を跳ねのけられた。
「どうし・・・」
言葉が続かなかった。
顔をあげた千鶴は、泣いていた。押さえている左手首は少しだけ赤い。おそらく男に強く掴まれたのだろう。
息もうまく吸えないのか呼吸が乱れている。千鶴は今、恐慌状態にあるようだった。
体の震えは、たぶん。怖かったのだ。
大きな目が潤んで、涙が流れる。何をされたのか心配になったがとりあえず彼女を落ち着かせなければならない。斎藤はどうしたらいいか迷いながら、そっと千鶴の頭に手を置いて優しく撫でてやる。
「もう、大丈夫だ」
何度か撫でてやっていると、千鶴の強張った表情が緩み、同時に左手首から右手が離れた。
赤くはれているのが痛ましい。
「斎藤・・・さん?」
「ああ、そうだ」
「・・・・だい・・・っ」
大丈夫ですからと続けようとしたのだろう千鶴を斎藤は引き寄せた。千鶴が身を堅くする。ゆっくりと背中に手を当てて、撫でてやる。すると、千鶴が小さく息を吐いた。
「大丈夫だ」
なんどかそうってやると、千鶴が泣き声を殺しながら顔を斎藤の胸に埋めてきた。



  




 急展開です。
池田屋事件はさらっと流しました。斎藤さんルートだと絡む場所に悩むので、混ぜ込んでみたりしています。
次回で終わるかな・・・と、思います。