■秘める恋■



 十


(腰……。千鶴と俺が泣くぜとはどういうことだ?)
斎藤は動揺した。土方のあの尋常ならざる様子を心配して、忍んでみたまではよかったが。今の会話はなんだ。
まず千鶴が泣くなどどういう状況でそういった事態になるのだ。
しかも、腰。



腰!!




土方が腰を痛めることによって、隊務に支障はでるはずだ。だが、そこで千鶴が泣くかというと話は別である。ある意味、心配して泣くかもしれないが。なんて健気なんだろうか。
だが、原田が泣くとなると違う。絶対に、ない。そんなことが起きたら、天変地異の前触れとしか思われない。
では、どうして原田が泣くのか。
原田と言えば、大人の男。色男。今まで数々の浮名を流し、色街ではダントツの人気を誇るという。
そう新八にきいた。
女にモテる男ということは、女を泣かせる……文字通りのなかせるではなく色ごと方向に……ことも得意だろう。
そんな原田が土方の腰を気遣っている。しかも、千鶴もときた。


これは、まさか。土方と二人して、よくない遊びを千鶴に教え込もうとしているのか?!



斎藤は動揺のあまり、勢いよく立ち上がり激しく頭を床板に打ち付けた。物凄い痛かった。頭がクラクラしながらも、斎藤の顔は完全に強張っていた。
(原田、腰、千鶴泣く)
この言葉で導き出される言葉は一つだった。



千鶴が、副長と左之に犯される!!!


こうしてはいられない。斎藤は、痛む頭をかばいつつ、床下を進んだ。原田は千鶴の部屋に直行したのだとしたら一大事だ。千鶴の貞操は俺が守る。というか、千鶴となんて何て羨ましい。いやいや、そうではない。守るのだ。
男としてそこは譲れない。
斎藤は、そこでちらっと過ったある方向を却下していた。千鶴が泣くのは土方が腰を痛めたとなると……という部分だ。千鶴にとって、土方の腰が大事ということは……とまで考えはしたが、斎藤にはそこまでが限界だった。


腰。

そんなに好きならば、喜んでこの斎藤一の腰をくれてやろう。そんなことすら思った。即刻、違う!! と、激しく否定してみたが不安は残った。とにかく何か恐ろしいたくらみが行われていることは確かであった。
今や、頼れるのは己のみ。斎藤は、蜘蛛の巣を祓いながら進む。良く考えなくても、忍んで盗み聞きせねばならない理由などこの場合完全に正義であろう斎藤にはどこにもなかったのだが、そんなことに気づく余裕は彼にはない。
斎藤は、ようやく千鶴の部屋の真下までやってきた。すると、原田の声が聴こえてぎょっとした。
思わず刀に手がかかる。いざとなれば、下から刺す!!と、斎藤は上を睨みつけた。



*****



「千鶴、いるか?」
「はい。どうぞ」
かわいらしい千鶴の声が聴こえた。原田は、千鶴を本当に自然に褒めて彼女を照れさせているようだ。
なぜ、そこまで自然なのだ。恐ろしい男である。
「そんな、原田さん」
「いやいや、千鶴。お前もすっかり年頃だ、な。見ていて眩しいぜ。時々な、お前が嫁さんだったなぁって思うことがある。美味い飯作ってくれて、夜は夜でって……お前にはまだ早い話か、悪い、口が滑った」
「ええっ?!」
「お、なんだ。顔真っ赤にして。まんざらでもねぇか?」
はははは。と、笑う原田に殺意を覚えた。


なんてことを言い出すんだ、この男は!!


あまりのことに卒倒しそうだったが、ここで倒れてはいざというとき床下から原田を刺すという崇高な任務がまっとうできなくなるではないか。
気合いを入れ直し、斎藤は床下で殺気を送り続けた。
それでも原田はしばらく堂々と、千鶴を口説き続けた。
そうしてようやく立ち上がった気配がした。斎藤は内心ほっとした。今日は何事も起こらなかったらしい。


「千鶴。さっきのこと……半分本気だからな?」
「は、原田さん?!」


じゃぁな。と、去ってゆく原田の足音と奇声のような声をあげてしゃがみこんだらしい千鶴声を床下できいた斎藤は、呆然とした。
恐ろしい男だ。姿を見たわけではないが、たぶん自分の魅力というものを最大限に生かして千鶴に迫ったに違いない。
あの男は、変に艶っぽいのだ。
危険すぎる。


こうしてはいられない。千鶴の無事を確かめねば。と、斎藤は思いたち、急いで床下から這いだした。そして、高速で汚れを落とし千鶴の部屋の傍まで来た。その時だった。
「千鶴。いるか?」
とてつもなく艶っぽい声が聴こえて斎藤は凍りついた。


土方だ!!!


襖を開いた千鶴に土方は魅力的な笑みを向けた。千鶴はそれだけで真っ赤になった。
「お前の顔を見たくなって、な?」
「え?!」
声に艶が含まれていて、斎藤は激しい恐怖に駆られた。なんなのだ、何が起こっているのだ。
知りたいと思う反面、知りたくないとも思う。そう思いつつも、斎藤は様子を探ろうと千鶴の部屋の隣に忍び込んだ。







その様子を遠くから観察する目が一つ。
「ふふふ……ドロドロしてきましたわね!!」
機嫌よく走り去る人物の背後から、もう一人姿を現す。


「分かりやすく、飛び付くよな。伊東も、斎藤も……しっかし、土方さん。ありゃ、やりすぎじゃねぇのか?あの人、自分の顔と声の威力わかってんだか」

原田がぼやいた。







作品の展開を斎藤さんが読むまでいきませんでしたが、更新です。もう敬愛する副長呼び捨てですよ、斎藤さん。
この壊れ連載はまだまだ続きます。よかったらまたお付き合いください。読んでくださってありがとうございました!
サイト掲載2012.06.13.
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