■秘める恋■


秘める恋 十一




(男の人の色気って恐ろしい)

千鶴は身を持って体験した。甘い声で入室してきた土方に、心臓を止められるかと思った。
なんとかやり過ごし、さっき土方は帰って行った。



最近、何か変。
千鶴は、渋面を作ったまま首を傾げた。どこがどうというわけではないのだが、なんだか皆変だった。
斎藤は、なんだか挙動不審だし千鶴に会えば何故か無表情のまま頬を赤らめる。
頬を赤らめるという行為自体は、なんだか恥ずかしが嬉しいと思う千鶴だが、斎藤の場合完全なる無表情だったので、それが照れのために赤いのか憤りのために赤いのか人生経験の少ない千鶴には計りかねて少々困っていた。
しかも、だ。斎藤にそれとなく尋ねようとしても斎藤は逃げる。
いつだったかは、何でもないのだ。と、言いながら後ろの下がって行って、そのまま柱に後頭部を強打し、悶絶していた。あまりのことに千鶴は呆然としたが、斎藤は何でもない痛くはない故、心配するなと言いながら、かなり痛かったのだろうふらふらとしたまま去って行ったことさえある。何やらとても必死だったので、千鶴としては大丈夫だろうかと心配にはなったが、声をかけれる空気ではなかった。


「斎藤さんが、変になったのっていつからだろう」


千鶴は、一人呟いた。斎藤が千鶴の手を取ったのはいつのあとだったろうか。あの時を思いだして、千鶴は一人赤面した。斎藤の手は、自分の手とは全然違った。千鶴の手よりもずっと大きく、皮膚は硬かった。ひんやりとしたその手は、骨ばっていてそして剣蛸があった。男の人の手だなぁとあとで感触を反芻して思ったものだった。
(反芻って)
いやだ。恥ずかしいと千鶴は一人恥じらった。嫁入り前の娘が、男性に手を握られるなど本当はよくないのだろうが、嬉しかったのだから仕方ない。
そう、千鶴は嬉しかったのだ。
他の誰でもない斎藤に手を握られたことが。


なのに。千鶴の心は浮かれるどころか、困惑でいっぱいだった。
何か、変なのだ。斎藤は、任務第一でおそらく千鶴が抱いているような淡い恋心なんてものは邪魔以外の何物でもないことは千鶴も理解している。だが、問題はそこではない。
斎藤が変になってから、土方も変なのだ。
土方は、何かとてもお疲れのようだった。見ているこっちが気の毒になるほど憔悴してみたり、いきなり千鶴の手を取って、お前の貞操は俺が守るとか言い出したかと思えば、千鶴俺はどうしたいいと思う。と、訊いてみたり。挙句の果てには、父の名前を連呼して謝り倒したり。本気で心配だった。
遠回しに尋ねてみると、いつもはっとしたように土方は何でもないという。
「でも、土方さん。明らかに悩んでるっぽかったし。私に、どうしたらいいなんて聞くとか、土方さんかなり参っている証拠だと思うんだよね」
お茶を持って行くたびに、何かを隠してるし。さらに、さっきは何故か色気全開でやってきて千鶴にしたら、少々刺激が強すぎた。それを思いだして真っ赤になる。
更に、原田までもおかしくなった。
突然、あんなふうに接してきて千鶴はどうしたらよいかわからなかった。
ただでさえ、原田は色っぽいのだ。その原田が色気全開で千鶴の隣で、あれやこれや意味深なことを言うから、恥ずかしくて顔があげられなかった。


どうして。あの二人が。よりによって、新選組二大色男が千鶴にあんなふうに接し始めたのか。
心臓がいくつあっても足りない。
「どう考えても、土方さんも原田さんも本気で言っているようには見えないんだよね」
そうなのだ。いくら甘い声で囁かれても、触れられても。一向に千鶴の心には響かないのだ。あの二人は、何かを待っているようだった。それが何なのかは、千鶴にもわからなかったが何かとても大事な用件で千鶴に迫っているようにしか見えなかった。



「まさか、重大な任務なのかしら」


千鶴に迫ることでどんな任務があるというのだ。即効で千鶴はそれを否定した。
だが、土方のことを考えて何かがひっかかった。
あった。確かに今回のことの前に土方と二人でいたときに。


そう。


千鶴の脳裏に、あの高笑いが聞こえてきて実際にいるわけでもないのに鳥肌が立った。
忘れもしない。あの庭でのできごと。伊東参謀が、よりによって土方と千鶴の仲を疑っていたあの日。
あの時、純粋になにか恐怖を覚えて千鶴は怯えていたが土方がそんなことで怯えるはずはない。
土方は、彼を探しにきた斎藤の手に千鶴の手を乗せてなんと言ったか。
そうだ、斎藤の千鶴と言ったのだ。

「?!」

あの時は、伊東のあまりの濃さに呆然としてたから流してしまっていたが、あの時土方はとんでもない爆弾を投下していたのだ。
しかも、千鶴自身は常に自分が女であると思っているので伊東の勘違いもなにもかもただの邪推だと思っていただけだったが。
千鶴は、対外的には。



男。



つまり、土方との仲というのは。男と男。
「!!!!!!!」
千鶴は、気絶しそうになった。まだ、男性と恋に落ちたこともない千鶴だ。淡い恋心なら現在進行形で持っているけれど、まだお付き合いもしたことがないのに。
まさかの男同士の恋愛に巻きこまれているのだろうか。
これは、よく思いださないと。千鶴は、居住まいを正し眉間に手を当てて考え込む。


「えーと、最初は土方さんと一緒の時に伊東さんがいらして……恋仲とか言われて、土方さんが全力で否定していて。その途中で斎藤さんがやってきて、斎藤さんの……も、もの……こ、こほん。とにかく土方さんが変なことを言ったら、伊東さんは異様な空気をまき散らしながら、いなくなってよかったと思わず思っちゃって。でも、そのあとあたりから斎藤さんが変になって、手を……握ってくださって……それからどんどん斎藤さんが変になっていって、土方さんが倒れて、原田さんが変になって……あれ、繋がってる?」
千鶴は震撼した。一連の出来事は繋がっているような気がする。それは、どこか千鶴が知ってはいけないような気がするのはなぜだろうか。
どう考えても、事の発端は伊東のような気がする。
伊東参謀……。そういえば、最近やけに見かける。この間はは勝手場で食事の用意をしていたら、物陰から覗いていて、目が合ったらふふふ。と、笑われた。思わず怯えていたら、山崎が千鶴の視界から伊東を消し去ってくれた。
それからそれから。この間、平隊士の皆さんと洗濯物を干していた時。これも物陰から伊東が覗いていた。恐怖のあまり凍りついていると哀れに思ったのか、義憤に駆られたのか平隊士たちが、千鶴を急いでその場から連れだし、山崎に千鶴を引き渡してくれた。
昨日のこと。永倉の破いた隊服を縁側で直していたら、伊東がフフフ笑いをしながら近づいてきたので、千鶴は今度は逃げ場がないと大いに慌てた。すると、どこからともなく山崎が現れて……。



「山崎さん!!」



千鶴は立ち上がった。山崎ならば、何か知っているかもしれない。
教えてくれないかもしれなかったが、わけもわからずにいるよりはいいだろう。千鶴は勢いよく部屋を飛び出した。
「おっと。どうしたの、千鶴ちゃん」
沖田にぶつかりそうになり、沖田が千鶴を捕まえた。
「沖田さん!!」
千鶴は、沖田の腕を掴んで彼を見上げる。
「山崎さんはどこですか!!」
「なんで、山崎君なの。僕じゃ駄目なの?」
「山崎さんはどこですか!!!!」
千鶴は、叫んだ。沖田が少し目を丸くしてから、つい。と、横に視線を流した。千鶴も釣られる。そこには山崎の姿が。千鶴は、沖田にぺこり。と、頭を下げて猛然と走り出した。


「千鶴ちゃんが、珍しい」


沖田が目を丸くするが、そんなことにも気づかず千鶴は山崎めがけて一直線に走った。
「山崎さん!!」
「ゆ、雪村君?!」
抱きつくように山崎を捕まえた。千鶴は必死だった。だから、周囲の目というものを全く気にしていなかった。
山崎に抱き付いた場面を目撃して驚愕に目を見開いたあと、凶悪な笑顔を浮かべた沖田がいたとか、千鶴の部屋の隣から飛び出した斎藤がそれを目撃し、衝撃のあまり立ち尽くしている姿だとか。
ただ、目の前の山崎をまっすぐみつめ千鶴は尋ねた。
「皆変なんです。山崎さんなら、何か知っておられますよね?」
山崎の目が泳ぐ。そうして、山崎は何かを見つけ顔をひきつらせた。
山崎は、本当に珍しくうろたえたような表情を浮かべて、千鶴をそっと引き離す。それから、そっと一歩ずつ後ろに下がりながら、すまない。と、小さな声で言った。そうして、再び口を開く。



「雪村君、許せ!!」


山崎の叫びに近い謝罪に千鶴が呆然としているうちに、山崎は脱兎のごとく逃げ出していた。





千鶴ちゃんが、ようやく異変に気づきました。どうやら、色男たちは色々やりすぎたようです。
しかし、彼らの本命は斎藤さん。そして、山崎さんが不幸。
サイト掲載2012.10.21.
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