■秘める恋■
五 「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ!!!!」 「副長、落ち着いてくださいっ!」 大事な証拠を破りかねない勢いで、泣く子も黙る新選組副長土方歳三はその美しい顔をこれでもかというほど歪めていた。 叫びたくもなる。 この世で一番あってはならないことが起きてしまった。 あの伊東よりも性質が悪い。あれで最上級かと思ったら、上には上があったとは。 なんだ、これは。 こんなおぞましいものが存在していいはずがない。 そうだ、これは夢だ。 夢に違いない。 夢ならば…。 「滅せ……」 「副長っ、証拠を破壊なさろうとしないでくださいっ」 引き裂こうと世にもおぞましいソレの左右を引っ張ろうとした時点で山崎が土方に飛びつくようにしてソレを奪い去った。 (ちっ) 血走った眼でそれを睨みつけて土方は舌打ちをした。 山崎が見事に持ち帰ったそれを開くまでの様子をぼんやりと土方は思い出していた。 確かに、山崎の様子はおかしかった。 何故、本当に読みますかなどと尋ねられたのだろうとは思った。 更に、手渡したあと自分とやけに距離を取るなとも思った。 だが、全ては些細なこと。内容を吟味し今後の対応を練る必要があると開いたあの時の自分はまだ幸せな世の中で暮らしていた。 たとえそれが血塗られたものであったとしても、幸せだった。 そう……こんな……。 ある組織の副長とその小姓の愛と、部下である組長の横恋慕による三角関係。 登場人物がすべて男とか!!! あぁ……。 声を大にして言いたい。この世には男と女がいて、恋愛と言う者はこの異性間で行われるべきものである。これは子孫繁栄という意味でも大変重要であり、最も自然で違うことの許されないものであるはずだ。 それがなんだ、美少年をめぐる青年たちの争いは。美文だけに土方は、恐怖のあまりに震えた。これなら、本当に短筒の前に丸腰で立った方がましである。 おぞましさに虫唾が走った。 し か も ! ! その副長とは他でもない。 (俺かよ!!) 相手が雪村千鶴なのはいい。彼女はかわいいから、まだ許せる。創作のなかでのことだ。あの子を土方自身がどう思っていようと関係のない話である。 しかし、その雪村千鶴が少年となると話しは別である。 土方は、幼少時からのある心の傷故この手の話が死ぬほど嫌いだった。その主人公に自分がなっていることは例え物語だったとしても許し難かった。 「こいつを持っていた隊士は誰だ、山崎……根性を叩きなおしてくれる……」 地を這うような声に山崎が慌てて土方を引きとめた。 「副長、これを持っていた隊士を責めても意味がありません。大本を叩かねば」 「大本…そうか」 そうだ、この腐ったものを書きやがった馬鹿がいるのだ。 この屯所内に! 即刻見つけ出し排除せねば。土方は鳥肌の立った腕をさすった。 「山崎。探せ。探し出して……死よりもおそろしい報復をしてやるぜ…なぁ、山崎。そうだよなぁ?」 クククク。と、笑うと山崎の顔が引き攣った。だがすぐに山崎はいつもの表情に戻って、書物に目を落とす。 「これ、どうしますか?」 「お前が持っとけ」 これを持っているなど絶対に嫌だ。間違って沖田あたりに見らりでもしたら、土方は真剣に生きてゆけないと思った。 (だが、これで合点がいったぜ。だから千鶴といるときに視線を感じるのか。そういう目でみてやっがのかよっ。冗談じゃねぇ。千鶴は女だ。男じゃねぇ!ここは大事だ、間違えるな!) 土方の魂の叫びを聴く人がいたとすれば、そこが問題ではないのではないかと思うかもしれないが、とにかく問題なのだ。誰が何と言おうとそこが。 あまりのことに息が乱れた。ふり乱した髪の毛を掻きあげながら、土方はもう一人の不幸な被害者のことを思い出した。 「で、斎藤は知ってるのか?」 「それは…副長。俺が思うに…知っているのかと」 山崎は理由を説明した。斎藤の言動がおかしくなったのは、この任務を土方が授けてからであることと、この書物の発見が容易であったことから斎藤がみつけていないとは思えない。ではなぜ黙っているのか。 導き出される答えは一つだった。 「まさか……愛読者?」 「その、まさかかと」 「あいつ、千鶴が相手だからとかいわねぇよな? ちょっと待て。登場人物は全部おと……言いたくねぇ!」 だが、あの男。とんでもない場所で信じられない行動を取ることは土方も承知していた。 土方は、頭が痛くなってきたような気がして米神を揉んだ。 「あのよ、山崎。ちょっと……斎藤の持ち物……調べてこい」 「……命令ですか?」 山崎は実に嫌そうに言った。 「命令だ」 「……わかりました……」 項垂れるように出ていく山崎を見送りながら土方は、天井を見上げた。 (山崎。すまねぇ、お前の犠牲は無駄にはしねぇ) → |
どんどん変な話になってます(汗) ここまで読んでくださってありがとうございました! |