■秘める恋■



 一



「土方さん、あの」
「馬鹿野郎。一人だけ逃げようなんざ、この俺が許すと思うか? 耐えろ。気合いをみせやがれ」
「む、無理です・・・!」
非情な土方の一言に千鶴は泣きそうな顔になった。
そんな千鶴の顔から土方は目を逸らした。
自分は、千鶴に酷なことを強いているのはわかっている。
わかってはいるのだが。



「まあ!お二人とも仲の良いこと」
うふふ。と、意味深な流し目を寄越す男・・・性別的には間違いなく男・・・と一人で相対したくはなかった。
なぜ自分は、こんな相容れない輩と平和ボケしたような会話を繰り広げねばならないのか。
相手が、参謀などという幹部でなかったら全力を尽くして消えてもらうところだ。と、土方はなぜなんだと先ほどから心のなかで不毛な質問を己に対して投げかけ続けていた。
何が、妬けるだ。
何が、仲のよいだ。
そのたびに、土方の隣にいる千鶴の顔が引き攣っていっていることに気づかないのか。
頼むから、気づいていただきたい。
だが目の前の男は笑顔のまま。楽しそうにしているだけだ。
「土方さん、額に青筋が立ってますよ」
「うるせぇ、テメェだって見た目にわかるほど小刻みに震えてるじゃねぇか」
「だ、だって」
「だってもクソもねぇよ。我慢しろ、これも試練だと思え」
「試練って・・・」
先ほどのやり取りも今のやりとりも小声の為、伊東には幸いなことに聴こえてはいないようだった。
(しかしなんだってこいつは、一番しちゃならねぇ勘違いをしてやがんだ!!)
土方は喚きたかった。
声を大にして違うと言いたかった。もう武士の体面だとか男の面子だとか副長という立場だとか全部かなぐり捨てて、全世界に向けて違うと叫びたかった。
千鶴は女の子だから、前提からして間違っていると言いたい。これなら女の子である千鶴と勘違いされたほうが遥かによかった。いっそのこと告げてしまおうかとさえ、一瞬考えてしまった。
だが現実にはできるはずもなく、土方は渋い顔つきのままこの妄想万歳の天敵を睨み付けるだけである。
「何が言いてぇんだ、伊東さんよ」
「あらあら。わかっていてよ。この伊東、決して他言はしないわ。秘める恋。なんて甘やかで切ない響きなのかしら! 美少年と美青年の恋。あぁ、なんて美しい。よくってよ、皆まで言わないで。近藤局長には黙ってあ・げ・る。応援しましてよ!」
「思いきり、言ってんじゃねぇかっ! 違うって言ってるのがわからねぇのか」
「ま、ムキになっちゃって。冷静沈着な土方副長が、小姓のことにだけは冷静ではいられないのね」
ほほほ。と、伊東は笑った。斬りたい。刀に手を伸ばした土方を誰が責めようか。少なくても古参の幹部には誰もいないだろう。
(最初から気に食わねぇやつだった。何故俺は総司を止めたりしたんだ? ひと思いにやっちまった方が世のため人のためじゃねぇか)
今、沖田が斬っていいかと問えば間違いなくやれといっただろう。
それぐらい非常に困っていた。
そもそも、土方はこういう方面の話は大嫌いだった。自分の容姿の問題もあって幼少のころからそれはそれは嫌というほど聞かされてきた、それ。
ようやくそんなものとおさらばして久しいこのごろ、すっかり忘れ去っていたというのに。
よりによって・・・・よりによって。



小姓との恋
つまり。
衆道を疑われるというか、全力で応援されるとは!!!
土方は、虚ろな眼差しで隣の千鶴を窺った。千鶴は、何に衝撃を受けたのかわからぬが怯えた顔つきで伊東を見ている。
たぶん、衆道を疑われたことよりも純粋に伊東が不気味なのだろう。
千鶴に事態を打開する力は、ない。ここはどうしようかと土方は悩んだ。
千鶴をいっそのこと突き放すか。
そんなことをすれば、千鶴を傷つけることになる。土方としてもそれは避けたかった。ではどうするか。
この目の前で、妄想広げてものすごいいい笑顔のへんた・・・参謀殿を諦めさせる何か。
説明なんて無駄だろう。
この男、説明をすればするほど『秘める恋』とやらの想像の翼を広げてゆく。
危険すぎる予想に、土方は身震いした。
「副長。ここにおられましたか。雪村をみませんでしたか」
「斎藤!」
「?」

お前、勇者だ。空気を読むこと無く、間に割って入った勇気に感服する。
土方は、思わず斎藤を呼ぶ声が上擦った。
いた。いたではないか。こんなところに適材適所。
もうこうなったらやぶれかぶれである。土方はニッコリ笑った。元々綺麗な顔立ちなので、一瞬。伊東と千鶴が見惚れた。その隙をついて、土方は千鶴の手を引いて斎藤の手をとり、二人の手を重ね合わせた。



「すまなかったな、斎藤。“お前”の千鶴を借りたままで」
「・・・は?」
「まぁ!! あらあらあら!!!」



伊東の目が輝いた。なにか桃色のような紫のような空気が、伊東の体内から噴き出したように思えるほど彼の反応は凄まじかった。
らんらんと輝く両目は、斎藤に釘付けで何か値踏みするように頭から足先まで観察して。
「・・・・真実の秘める恋ですわねっっ」
ぐっ。と、握り拳をして大変ですわ。と、自室に向かって走り出した。
縁側からあがるときに、くるり。と、振り返り。
ふふふ。と、袖口で口元を隠して斎藤に笑いかけた。
斎藤の頬が僅かに引き攣ったのを土方は見逃さなかった。



伊東が去り、残されたのは呆然とする斎藤と千鶴。
すがすがしい笑顔の土方である。
「副長。話が見えないのですが」
千鶴の手を取ったままの斎藤が問う。
「ん? まぁ・・・気にするな。千鶴、いつまでぼんやりしている塩持ってこい!」
「は、はい・・・って、え?」
「お清めにきまってんだろうが、早くしろ」
「はい」
「副長。お話がよく・・・」
自分の疑惑を晴らしたいばかりに、その場しのぎで斎藤を犠牲にした土方の行動がのちにとんでもない騒動となることはまだ三人は知る由もなかった。



  

  新連載スタートです。
土方さん、アンタ酷い人だよ(笑)