■秘める恋■

 二



近頃、視線がまとわりつく。それも一人ではなく、複数。
特に、雪村千鶴と共にいるときにそれを感じる。今だってそうだ。
まったく鬱陶しい。
斎藤は、小さく溜め息をついた。
すると、隣にいる千鶴がビクリとした。自分が何か斎藤の気に入らないことをしたのだと思ったのだろう。だが千鶴に非はない。
これは、何か言うべきだろうか。
しかし、何を。視線を感じる等と告げれば、いたずらに彼女を怖がらせるかもしれない。
だが何か他に気の効いた言葉が浮かぶわけもなく、斎藤は千鶴に何でもないとただ告げて歩き出した。
すると再び、視線がつきまとう。
「いい加減に・・・」
「いい加減に?」
斎藤の呟きに千鶴が小首を傾げた。その仕草が小動物のようで斎藤は思わず視線を逸らして咳払いをした。「何でもない」
「そうですか?」
そうは見えなかったけど。と、言う千鶴に斎藤は苦笑いを浮かべながら、彼女の頭にぽんと手を乗せた。原田がよくやる動作であったが、最近は幹部皆がよくするようになったものでもある。何故だか千鶴にこうすると自分達が和むのだ。
「気のせいだ・・・っ?!」
「斎藤さん?」
何だ、今のは。
なにか突き刺さる視線が一斉に桃色にならなかったか。
これは・・・。
斎藤はザッ。と、振り返った。すると一斉に視線を二人に向けていた者たちが逃げ出した気配がした。
「斎藤さん?あの?」
戸惑う千鶴の手を斎藤は引く。そのまま廊下を足早に過ぎ、千鶴を彼女の部屋に押し込めた。
「雪村、しばらく部屋で大人しくしていろ」
「は、はぁ」
未だよくわかっていない千鶴を部屋に押し戻した斎藤は、険しい顔つきのまま何かを考え込むようにしながら足早に先ほど“見学者”たちが消えた方向に向かって去っていった。



*******



「伊東の野郎が何かを配り歩いているらしい」
そんなことを聞いたのは、数日前のことであった。それを探れと命じられたことは記憶に新しい。
(まさか、俺が間者だと早くも知れたのか)
まさか。
まだほとんど行動も起こしてないというのに。
しかし、相手はあの伊東参謀だ。ないとは言い切れない。
まずは事実を確認しなければならないと斎藤は山崎に頼み込み、自分を観察していた奴等を突き止めた。
山崎の報告によると、古参ではなく伊東らと同時期に入隊してきた平隊士が主らしくその事実が斎藤に事態は深刻なものだと認識させた。
これは一刻も早く何が起きているか知る必要がある。数日、念入りに相手の行動を観察した上で斎藤はある若い隊士の荷物にあらためることに決めた。 あまりマメなたちではないらしく、ものをなくすという彼ならばすぐに何かがが消えたとしても奪われたとは考えまい。そんな平隊士だ。
この隊士の荷物から、裏切りの証拠が出た場合どうするか。
迷うところである。


と、かなり深刻に真剣に考えた斎藤に罪はない。
誰だって・・・土方だってそう考えるに違いない。


誰だって。
こんな。


こ・ん・な!



「・・・千鶴はいやいやするように首を横に振った。だが、彼のその細い腰を土方は強引に抱き寄せた。一さまが好きなのと告げる千鶴の唇を・・・なんだっっ、これは!!」


ぺいっ。と書状を投げ捨てた斎藤にやはり罪はない。
密書にしてはやけに分厚いとは思っていた。文ではなくもはや書物であるといった方が相応しい厚みである。それに隠し方が中途半端だとも思った。春画本を隠すように隠されていたソレは・・・ソレは。



美少年小姓雪村千鶴と美青年副長土方、そして二人の間に間男的役割で登場した部下の斎藤。三名の三角関係を描いた恋物語だった・・・。



「も、桃色衛士」


作者は偽名だが、アレに違いない。間違いなく他にはいない。 ほほほ。と、彼の笑い声を思い出すとなんとなく顔が引きつってしまうあの方に間違いなかった。それ以外、この新選組にこのような文才と突飛な妄想を持つ人物はたぶんいない。いや、たくさんいては困る。
無意識に斎藤は後ろを振り返った。幸い人の気配は、ない。
何故だかそのことに彼は、ほっとした。
「これをどうするか・・・だが」
斎藤の内なる理性はこれを燃やせ。土方に報告しなければと叫んでいる。
普段の斎藤ならば、迷わずそうしただろう。
だが・・・。
この物語の主人公が雪村千鶴なことが斎藤を迷わせた。
「間男・・・」
この一点が激しく気に入らないが、続きが気になって仕方ない。 斎藤と千鶴はどうなるのだ。
読みたい。ものすごく、読みたい。
斎藤の脳内に、伊東のふふふ笑いが響き渡った。
「・・・・!」
その時、斎藤は閃いてしまった。彼はそれを懐にしまうと代わりといってはなんだが沖田より頂戴した最新の土方の俳句(没作品)を同じ場所にしまっておいた。
(み、身を切られる思いだが、アイツはこれを読み副長への敬愛の念を深くするべきだ)
大事にするがいい。と、祈りを捧げ斎藤は懐に秘める恋をしまい、部屋をあとにした。