千鶴ちゃんと愉快な狼たち・1



鼻歌でも歌いだしそうな満面の笑みで近藤は、屯所の門を潜る。
自室へは戻らず、そのまま広間へ顔を出した。きょろきょろと目的の人物を探すが、ここにはいないようだ。
近藤はすぐに回れ右をする。今度、彼が向かったのは何と勝手場である。局長自ら顔を出すなど平隊士が知ったら驚きのあまりに声もでないかもしれない。などということは彼は考えない。気軽な気持ちで、そこをひょい。と、覗き込んでここにも目的の人物がいないことにちょっとだけがっかりした。だが、すぐにその顔が明るくなる。
何を思ったのか、自ら湯を沸かし茶の用意をはじめた。副長の土方あたりが見たら怒りそうではあるが、そんなことは考えもしない。
今、近藤の頭の中を占めているのは楽しい時間を過ごすためのあれこれ。これのみである。
気持が悪いほど上機嫌で茶の用意を済ませた近藤は、二人分の茶を盆に載せ明確な目的を持って再び移動を始めた。
この間、幸いにも誰にも会わなかったことに彼はいたく満足していた。
(なにせ、二人分しか用意しなかったからな)
再度、目的の部屋に辿りついたとき近藤は、辺りに人がいないことを確認した。
別にやましいことなど何ひとつないのだけれど、幸せな時間を過ごす権利は彼にもあるのだ。
(うむ。首尾は上々)
一つ、頷いてから咳払いをする。
「雪村君、いるかね?」
「はい」
少年にしても甲高い声が応える。やはり部屋にいたようだ。近藤はさらに笑顔になった。
「お邪魔するよ」

千鶴の部屋は、こじんまりとしていて物がほとんどなかった。
江戸から旅をしてきて京に辿りついてすぐに新選組に連れてこられたから物がないのも当然である。だが、旅支度として持っているはずの物も千鶴は少なかった。聞けば、旅費の足しにと売り払いながら旅をしてきたのだという。
近藤にとって、こんなに小さな少女が一人で江戸と京を旅したということ自体が事件だった。
よく何事もなく京へやってきたものだと思う。それについては、千鶴の幸運に心から感謝した。だが、その千鶴の運は京へきて途切れてしまったようで今は、こんな小さな何もない部屋に閉じ込められるという不運に見舞われているのだが。
ちらちらと部屋の中を確認する。
朴念仁が多すぎる。と、近藤はため息をつきたくなった。
何故自分が贈った物以外にあるのが、土方が千鶴にやった小物のみなのか。少女を閉じ込めているのは新選組の機密に触れたからであり、監視は彼女が万が一逃亡を図った場合にそれを阻止するためではある。
建前上は。
だが、それにしたってこれはないんじゃないのか。
近藤も土方も態度で【千鶴は捕虜ではなく大事な預かりもの】だと示したつもりだ。少なくても近藤はそうだった。
だからわざと幹部の前で千鶴に菓子を与えたり、広間で皆と食事をさせたいといった話に大賛成をした。
みんなみんな、千鶴が大事な預かりもののお嬢さんであることをわかってもらいたかったからである。
まぁ・・・単純に千鶴がかわいかったという話もあるが。
それに幹部たちにしても、千鶴をかわいがっている。もしくはかわいいとは思っている様子だというのに。
(トシがうるさいのか?)
いやいや。土方は千鶴に甘い。
これは本人がどう否定しようが事実である。心配なあまり、外に出せないことを知る者は少ない。だが、近藤はそれを知っていた。
そんなわけで千鶴の綱道探しはいつになってもはじまらないのである。
確かに、女性だと悟られるようなものを目に付く場所に置くのはまずいのかもしれない。
だが、自室ぐらいもっと華やいでもよいのではないかと近藤は思った。

(不憫だ)

千鶴は、こんなにかわいいのに。
自分たちの都合で強制的に男装させ不便な思いをさせている。本当に申し訳なく思う。
本来なら、花のように美しい年齢であるはずだ。嫁に行く娘もちらほら出てくるような年齢である。
それを袴を穿かせて、男装などとは。
だから近藤は暇をみつけては千鶴ぐらいの娘が好みそうな小物を扱っている店を覗くようになった。少しでも心が慰められればとしまっておける程度のものをこっそりと贈っていた。
高価なものは千鶴が喜ばないだろうから、さほどでもないがかわいらしいものを。
さらに監視がついているのはさぞかし心に負担がかかるだろうと、土方が大坂に行っているのをいいことに見張りもなくしてしまっていた。
土方が帰った時にいう、言い訳を考えておかねば。と、ぼんやりと考えた。
だが、今は千鶴との楽しい時間を過ごすほうが大事である。近藤は、気持を切り替えて、千鶴に笑いかけた。
「雪村君、甘い味は好きかね?」
「はい、好きです」
にっこりと笑う千鶴に、近藤は意味もなくうんうんと、頷いた。
近藤がこの度買ってきたのは、今。都で話題らしい饅頭である。
千鶴と並んで二人、お茶を飲みながら饅頭を頬張る。
近藤にとっては少し甘すぎる味ではあるが、千鶴はお気に召したようだ。嬉しげな顔に近藤も上機嫌である。
饅頭がいくら甘かろうがいいのである。千鶴が気に入りさえすれば。
(雪村君のような娘がいたら、さぞかし自慢であろうな)
局長として忙しくしている身であるから、あまり顔を合わす機会もないのだが、それでも千鶴の父。綱道がどれほど娘を大事に育てたかよくわかる。千鶴は、ひねくれることもなく世間擦れもしていない。人を疑うことを知らない、真っ白な心の持ち主だからだ。
こんな娘を閉じ込めていることは、近藤にとって今までの人生で類をみないほど痛恨の出来事である。
できれば、いますぐに江戸へ返しさらに、綱道を見つけ出し彼も江戸へ送還して千鶴には心安らかに暮らしてもらいたかった。
そしていい縁談をもらってそれなりの家へ嫁ぐ。千鶴にはぜひそういう幸せな人生を歩んでもらいたい。
近藤にとって、本当の娘のように大切にしたい存在であった。
近藤の子どもにしては、千鶴は少し大きすぎるのだがそこは問題ではない。
文句なしにかわいいのだから仕方ない。

「雪村君、ここでの生活は・・・・もちろん窮屈だろうが、辛かったり怖かったりしてはいないだろうか」
もし、千鶴に害を為す隊士がいるのならば、厳罰に処す。
「はい、大丈夫です。近藤さんがこんな風にお心を砕いてくださったり、斎藤さんが気にかけてくださったり。みなさん、本当に優しくしてくださってますから」
斎藤という名前がちょっと引っかかったが、ふんわりと笑う千鶴の様子に近藤は、目を細める。
(本当に、いい子だ)
本当は、心細いだろうに。頭を撫でてやりたくなって近藤は誤魔化すように茶を口に含んだ。自分のような武骨者が不用意に触れれば千鶴を驚かしてしまう。
隣に座る千鶴は、お饅頭美味しいです。と、笑顔だ。
しつこいようだが、こんな娘がいたら自慢に思うなぁ。と、綱道が羨ましくなった。同時に、腹も立つ。
千鶴には言えないことであったが、綱道の失踪は自主的であるという見方が強まってきているのだ。聞けば、父一人子一人だというではないか。
親戚もいないという千鶴にとっての唯一の肉親が何をしいているのだ。と、思う。
本当に自主的ならば、綱道はみつからないかもしれない。みつからなければ、千鶴は天涯孤独の身になってしまうわけだ。
(こうなった以上、雪村君を我々がしっかり保護しなくては)
決意を新たにする。
そうなると気にかかるのが、千鶴の日常に関ることになる幹部たちである。
幹部といっても、試衛館組と言われる近藤の側近といってもいい面々の者たちだ。人物に、間違いはない。だが、千鶴にはまだ彼らの良い面が見えていないかもしれない。
ここはひとつ彼らのことを教えてやらねば。
千鶴が心安らかに日常を送るためには、必要なことである。

「雪村君。君と関りのある幹部たちのことをどう思うかね」
「どう・・・とは?」
千鶴が戸惑った顔をした。しまった。言い方が悪かったか。
「いやいや、堅苦しく考える必要はない。彼らの印象をだね教えてもらえんか。簡単でいいんだ」
「はぁ」
そうですね・・・・。と、千鶴は湯呑を手に持ったまま、虚空に目を止めてじっとしている。脳裏に幹部たちを思い浮かべているのだろう。
少し、こちらから話題を提供する必要があるか。
近藤が思いついたのは、先ほど千鶴の言葉に出てきた斎藤であった。