【13】
「アリババくん、どうだった?」
「昔話は、ランプの精がランプを擦った人間の願い事を三つだけなんでも叶えてくれる。それで過去に王さまになった人もいれば、大金持ちになったひともいた。ですよね?」
「うん、そうだ。じゃぁ、愛の力に関する昔話はわかるかい?」
アリババは少し考えているようだった。
「えっと……」
アリババは、言葉を詰まらせた。カァ。と、顔を赤くしながらモゴモゴと何かを呟く。たぶん、アリババが思い出したのはシンドバッドが考えていた昔話と同じだろう。だが、それを口に出すのは恥ずかしい。そんなところか。
「どうしたんだい?」
アリババの耳に顔を近づけて言う。すると、アリババは赤くなったまま身を捩った。くすぐったいようだ。
「なんでもないっすよ。ただ、その話は昔話だし」
「その昔話、俺も知りたいんだが」
「シンドバッドさん、絶対に知って!」
勢いよくアリババが振り返った。耳に口を寄せていたから、危うく唇が触れそうになった。アリババが驚きに目を大きく見開いたまま硬直した。その直後、見事としかいうしかないほど彼の肌の色が桃色に染め上がった。
「アリババくん、教えてくれ」
アリババの腰に手を当て、もう片方で彼の顎を掴んだ。形のよい小さな顎は男のくせに滑々でそこを舐めたいとシンドバッドは思った。だが、そうはぜずにシンドバッドはそのまま顔を近づけて、アリババの額と己の額を合わせた。
「アリババくん?」
名を呼ぶと、アリババが小さな声で、ようやく口を開いた。
「……ある姫が魔女の呪いで眠り続けていて、それを王子が目覚めの、キ、キ」
「キが何だい?」
意地悪にもそう問うと、アリババがむぅ。と、頬を膨らませた。尖らせた唇を塞いでやりたくなるが、シンドバッドは、にやり。と、笑うだけに止めた。
「キじゃわからないよ、アリババくん」
「シンドバッドさん、絶対知ってるっすよね! キスですよ、キス。それで姫様が目覚めるっていう話」
半分やけくそという風にアリババは言った。
「キス。そうか、昔話では愛の力とは口づけなんだな? と、いうことはつまり……」
シンドバッドは、そこで言葉をきった。アリババと目を合わせると、アリババは恥ずかしそうに目を伏せる。少し赤みがさした頬に、赤い唇。その唇からは、緊張しているのか多少荒めの吐息が漏れている。
「アリババくん、俺はね」
シンドバッドは、アリババの腰をいきなり掴むと、くるりと体勢を入れ替えさせた。向かい合わせになるように自分の体を跨がせるように坐らせた。そうして、彼の腰を引き寄せた。
アリババが、動揺したように視線を彷徨わせ、ついでにどこを掴んだらいいのかわからないように手をバタバタさせている。シンドバットは笑って、彼の手を取り、その手を自分の肩に乗せさせた。
「あ、あ、あ、あのシンドバッド、さん?」
酷く落ち着きを失くした様子でアリババが名を呼ぶ。彼だってわかっているだろう、シンドバッドが何をするつもりかぐらいは。
「うん?」
だが、待ってやる。本当は、すぐにでもアリババのかわいらしい唇を塞いで、それ以外も味わってしまいたい。だが、それをすればアリババは泣くかもしれない。いや、我慢するだろうが傷つける。
アリババの心の整理を待つ。少年は、何か色々葛藤しているようだった。真っ赤になったり、ぶんぶんと顔を振ってみたり、恥ずかしそうにシンドバッドの太股の上で身を捩ってみたり。シンドバットによって導かれ、肩に置かれた手をどこか違う場所に避難させようとして、他の場所に触れて驚いたように万歳をしたり。非常に忙しそうだったが、最終手段であるはずの逃げるを選択しないあたり、アリババの気持ちを雄弁に語っているように思えた。
本当に、かわいい。このかわいいアリババのためなら、多少辛くても我慢できるとシンドバッドは思った。実際、シンドバッドは我慢している。本当はアリババがシンドバッドの上で動くたびに襲いかかりたい衝動に駆られているのだ。けれど、彼はかわいいから我慢した。
我慢の甲斐があったのか、ようやく心の整理がついたらしいアリババが、おずおずとシンドバッドに視線を合わせてきた。ほんのりと赤い顔が非常に艶めいて見えるのはシンドバッドの贔屓目ではないだろう。
「シンドバッドさん、えっとその」
「なんだ?」
顔を少しだけ近づけた。するとアリババの顔がさらに赤くなる。元々、色白だからそれは薄暗いこんな地下道でもはっきりとわかる。今は、耳も首も赤い。もしかしたら、布に覆い隠された肌全体が赤く染まっているのかもしれない。
「俺、その。こういうの初めてで、あの……」
小さな声でごにょごにょと言ったことは、非常にかわいらしいことだった。
要するに、経験がない。それを恥ずかしいことだと思っているようだった。
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