【10】
二人分の足音が、地下道に響く。地下道はシンドバッドとアリババがやってくると次々と、燭台に灯りが灯る仕組みのようだった。景色は、最初といくらもかわらなかった。どんなに進んでも、十字路が見えるだけ。しかも、シンドバッドは目印もつけていかないので、同じ場所なのか違う場所なのかそれすらもアリババにはわからなかった。
「次は、左!」
シンドバッドは、躊躇わずに進んでゆく。アリババは、そんなシンドバッドの背中を追いかけた。
何を根拠にあんなにも自信満々なのだろうと、思うがシンドバッドの冒険を読む限り、いつもシンドバッドは自信に溢れていた。逆に自信がないシンドバッドというもののほうが、アリババにとっては想像がつかない。ともかく、シンドバッドが傍にいる以上なんとかなる。アリババはそう信じていたし、なんとなくシンドバッドがいうランプの精説が正しい気がしていた。
(迷宮へは、確かシンドバッドさんはもう入れない。だから、ここは迷宮じゃないことは確かだ)
だが。ここは限りなく迷宮と近い性質のところだった。普通に考えて、いきなり窓が見えなくなったり、なかったはずの場所に忽然と変な看板や地下へ続く階段が現れたりはしない。しかもかなりお茶目だ。呼ばれて出てきてジャジャジャジャーンってなんだ。確かに、昔話で彼が登場するときは、これで出現しているが。
ともかく、魔法による力が作用しているのは、アリババにもわかる。それに、これも何となくなのだが全く危険な感じがしなかった。モンスターどころか、生き物の気配もしない。それはシンドバッドも言っていたが、トラップの気配もないのだ。落とし穴だとか、壁から矢が飛んでくるとかそういったものはない。あるのは、延々と続くこの地下道のみ。
(もしかして、これが罠?)
だとしたら。無限に続く地下道を走り続けていつかは、二人して倒れこみ、餓死なんてことになるのか……。え、それはちょっと待って。アリババは焦った。まだやりきれていないことがたくさんある。
まず、第一に。決心したことが何一つ大成されてない。それは、困ると言うか何がなんでも避けたい。
第二に……。これは、声を大にして言いたいけれど恥ずかしくて言えるわけがないが。一度ぐらいお付き合いしてみたい。好きな人と告白しあって、いわゆる恋人というものをぜひとも手に入れてあわよくば……その……そういうことも体験したいというか、しないまま死ねるか。と、いうか。
第三に、その恋人をみつけるためには、恋をしなければならないわけで、これまでの短い人生、本当に女縁がなかったアリババにとっては、そこが最大の問題であった。妄想は、した。お姉さんの店にも行った。結果は、世にも恐ろしいものを目撃しただけだったけれど。と、とにかくまだ死ぬわけにはいかないのだ。
(よし、頑張ろう)
アリババは、決意した。シンドバッドとこうやって、冒険っぽいことをしているというだけで心は躍るのだし、最終的にシンドバッドだってアリババと二人きりでひっそりとここで人生を終えるつもりはないだろう。
そこで気づいた。
そうか、二人きりなんだ。
アリババは、改めて前を走るシンドバッドを見た。長い髪の毛が、なびいている。アリババよりもずっと逞しい体をしているシンドバッドは、背中からみてもやっぱりかっこよかった。
彼が身につけているのは、数々の冒険で手に入れた精の金属器たち。まさにシンドバッドは生きる伝説だった。
(つい最近まで、物語の登場人物だったのによ)
彼のようになりたいと思ったけれど、所詮相手は物語の登場人物だった。実在の人物だとわかっていても、やっぱりシンドバッドはアリババにとっては遠い人間で、ただ漠然と憧れているだけの存在だった。だが、運命は不思議なもので、アリババとシンドバッドを引き寄せ、縁を繋げた。色々な偶然が重なって、アリババは結局シンドバッドに食客という名の保護をされて現在に至る。シンドバッドは、なにかとよくしてくれている。アリババが剣の上達を望んでいると知ると、師匠を紹介してくれた。師匠は凄い剣士だ。多少、スキンシップが激しいがアリババは師匠がシャルルカンでよかったと思っている。マスルールだったら、会話が続かない。ちょっとだけ、アラジンが羨ましいなぁと思ったことはあるが、ヤムライハはなかなか怖いのはこの目で目撃したので、やっぱりシャルルカンでよかったと思う。少なくても、師匠はアリババをボコボコにしたりしない。
(そういや、さっきシンドバッドさんが師匠のこと怒っていたな)
抱き付いてくることについて、だいぶ怒っていた。正確にいうと、笑顔のまま怒ってた。ジャーファルみたいだと思ったのは、シンドバッドにもジャーファルにも内緒だ。
でも、何故怒ったんだろう。アリババは、今度は真直ぐを選択したシンドバッドを追いかけながら考えた。
師匠の悪ふざけが過ぎるとか。いや、シンドバッドだってやってたし、これは俺だけがしていいことって……。
「?!」
アリババは、衝撃のあまり立ち止まった。いやいやいや、待て。違うだろ、それはあまりにも突飛すぎる考えだろう。でも、そう考えると色々思い当たることがある。
さっきの手の繋ぎだって、俗に言う恋人繋ぎではないか。シンドバッドは女性慣れしすぎているから、手を繋ぐイコール恋人繋ぎなのかもしれないが、男相手にあれは普通なのだろか。更に、シンドバッドは、事あるごとにアリババに触れたがる。その触れかたがその……、恥ずかしくなってしまう触れかたをするのだ。アリババを大事に大事にしているようなあの触り方。とても、ドキドキする。師匠では全くと言っていいほど感じない。師匠のは、がさつでシンドバッドのは、繊細だ。
(うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!)
アリババは、シンドバッドを抜き去り、彼の視界から一瞬でいいから消えたくなった。恥ずかしい、自分の考えが一番恥ずかしい。これじゃまるで、シンドバッドがアリババのことを好きみたいじゃないか。そして、そんなシンドバッドの行動にアリババがときめいてしまっているようではないか。
実際問題、赤面してしまうのでときめいてしまっていることは否定できないのだが、これは大事件である。なぜなら。今、アリババはシンドバッドと二人きりなのだ。
そう考えると、急に目の前のシンドバッドの背中を正視できなくなった。妙に、恥ずかしい。
そういえば、あの腕のなかにここにきてから何回閉じ込められただろうか。シンドバッドの腕のなかは、とても暖かかくて、安心できて、どこか安心できなくて……。
(違う、やめろ! 俺!!)
アリババは、何もない空間を腕でぶんぶんと切り裂いた。シンドバッドはあくまで憧れであって、別にキスしたいとか、その先とかそういう対象ではなく。
(その先?)
アリババは、一瞬で茹でダコのようになった。想像するな、俺。と、ブンブンと頭を振るが、なかなかシンドバッドが裸で自分に迫る映像を振り払うことができなかった。
普段からあの服装であれば、想像に難くないわけで、一度脳裏に浮かんでしまったものにアリババは一人大混乱に陥った。
「違うッッ!」
アリババは、煩悩よ去れ。と、いうように思わず叫んだ。
「アリババくん?」
当然、それは前を行くシンドバッドにも聞こえて、彼は足を止めて振り返った。
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