【8】




 あまり乗り気ではないアリババを引っ張るようにしながら、意気揚々とシンドバッドは進んだ。階段は石造りで、二人が並んで歩くことができるぐらいの幅がある。そこを下って行くと、最初は元いた場所の明かりが射し込んでいたが、段々と薄暗くなってゆく。
「暗くなってきましたね」
「何かあって離れ離れになってもいけない。アリババくん手を繋ごう」
「は、はい」
 手を差し出すとアリババは素直に手を繋いできた。彼の手をしっかりと指を絡めて握る。すると、隣でアリババが焦ったように息を飲んだ。
「どうしたのかな?」
「な、何でもありません!」
 薄暗いのがもったいない。きっと、アリババは顔を赤くしているのだろう。ただ手を繋ぐのではもったいないと指を絡ませてみたのだが、ここまで反応があるとその表情をしっかりとみたかった。
 本当に、初心。
(かわいいな、本当に)
 繋いだ手が少しだけ緊張で汗ばんでいる。暗いので、アリババの表情はよく見えないがたぶん恥ずかしいのだろう。だが、シンドバッドの手を振りほどかないことにシンドバッドは、満足する。
(意識されていないと思っていたが、少しは意識しているようだ)
 アリババなりに、少しずつ前進しているわけか。これは喜ばしいことである。ここは、もう少し前進しておきたい。できれば、初接吻までは言っておきたい。アラジンとジャーファルがいないこの場所で。こんな好機は二度とないかもしれない。
やはり、二個目の願い事は正しかったとシンドバッドは確信した。




 シンドバッドの願いは、大きめのソファで男が二人ギリギリ並んで座れないぐらいのものがある部屋で、アリババと二人ゆっくりとしたいというものだった。
 もちろん、ただゆっくりするだけでは駄目だ。何故、二人ギリギリ並んで座れないものを指定したか。もちろん、アリババが自分の上に座るしかない状況を作るためだ。膝の上に坐らせて後ろから抱きしめることが主な目的である。ごく自然にその形にするために、それをシンドバッドは所望した。頭がわいているとか、終わっていると言われようが気にしない。アリババを愛でられるなら、シンドバッドに躊躇いはなかった。
 愛の巣で、アリババと二人でイチャイチャと時を過ごす。もしかしたら、抱き合ったり、頬に口づけぐらいはできるかもしれない。願わくば、やはり初めてのくちづけもできたら最高だ。
アリババが望むなら、いくらでも冒険譚だって話そう。その合間に、彼の耳に愛を囁き続け、甘い声に蕩けてもらうことだって可能なはずだ。それだけは、自信がある。場数だけは踏んでいる。
 彼の望むこと全てを叶えてやってもいい。そうして、ほんの少しだけシンドバッドの望むことをしてくれさえすればいいのだ。そう、ほんの少しだけ。もちろん、嫌々では駄目だ。あくまで、アリババの意志で行ってもらわなければ困る。そのための下準備をここでしたい。最終的には、シンドバッドの寝所でアリババの全てを手に入れられるように。
それがシンドバッドの狙いだった。


 そんな爛れた大人の願望と欲望まみれの願いごとで作られた通路とも知らずアリババは進んでいることになる。
かわいそうに。
彼にとっては、災難なのかもしれない。少年は、普通に女性に恋することを願っている。それはシンドバッドも知っている。だが、それは叶えてあげられそうにないのだ。シンドバッドにとって、アリババの淡い恋への憧れは、自分に向けてくれなくては困る。彼の初めては、全部シンドバッドがもらう気であった。
その願いの第一歩が、今。はじまろうとしている。だからシンドバッドは遠慮する気など毛頭なかった。なぜならば、ここはそのために用意された二人きりの密室なのだ。大いに利用しない手はない。何となく、アリババはシンドバッドのことを好きになるような気がするのだ。だったら、躊躇う必要はどこにもない。
 そんなことを思いながら、進んでいくと階段が途切れた。辺りは相当暗い。互いの顔がよく見えないぐらいになっていた。
「前方に扉か。もしもがあってはいけない。アリババくんは下がっていろ」
 アリババが躊躇う気配がした。だが、大人しく下がってくれる。
(たぶん何も出ないとは思うが、万が一ということもある)
 シンドバッドの心の中を読み取ったと思われる時点で、敵の罠という線は一気に薄くはなったが、たまたま一緒のことを考えた可能性もなくはない。
 それに……。
 シンドバッドは、扉の取手に手をかけながら考える。
 なぜ、ランプの精はすぐ先に愛の巣を用意しなかったのだろうか。もっというならば、何故わざわざ冒険を匂わせるような、本当に匂わせただけだったが、そんな面倒な場所を作って二人と放り込んだのか。こう、何かがズレていやしないかと感じるのは気のせいか。魔神的に愛を深めるというのは、人間とは異なった感性で動いているのだろうか。色々と不安が尽きなかった。
(まぁ、開けてみればわかるか)
 シンドバッドは、一気に扉を開いた。
「……これは」
 シンドバッドは笑いそうになった。


 





 初出:2012.10.21.〜2012.11.04.Pixivにて公開
 サイト掲載:2012.11.10.