【7】





(出ろ。俺は願ったぞ。もし、ランプの精が俺の願いを叶えてくれると言うならば、出してくれ。俺とアリババくんの愛の巣を!)



 シンドバッドは祈った。もうこれ以上ないというぐらい、神様に祈った。もしかしたら神様に祈りを捧げたのは生涯初めてかもしれない。
「あの、シンドバッドさん? さっきから地面を凝視してどうしたんです?」
「少し待つんだ、アリババくん。間もなく現れる」
 多少鼻息荒く答えてしまったところ、アリババが怪訝な顔つきをしたまま首を傾げた。
「何が」
「俺たちのあ……なんでもない。とにかく、ランプの精だったら、俺の二個目の願いを叶えてくれるはずなんだ」
 危ない。本音が漏れるところだった。愛の巣なんて突然口走ったら、アリババはシンドバッドがおかしくなったと思うだろう。だが、アリババが気にしたのはそこではなかった。
「二個目。って、ことは、すでに一個目は叶えてもらった?」
「そ、そうだな。この状況を望んだわけではないが、叶えてもらったように思う、たぶんそんな気がする」
 まさか、アリババとの仲を進展させたいと無意識下で願っていたとは言えない。まだ、早い。アリババにとっては、まだシンドバッドは親しいとは言えないのだ。
「……そうか! シンドバッドさんは冒険を望んでいたのか!」
 うんうん。と、勝手に納得してしまった。確かに、冒険は大好きだ。一瞬、この部屋は冒険の匂いがするとワクワクしたことは否定しない。まぁ、そう思ってくれていてもいいか。シンドバッドは敢えてアリババの勘違いを訂正しなかった。
「で、地面に何が……」
 地面を凝視どころか、しゃがみこんで覗き込んだままのシンドバッドに倣って、アリババもしゃがみこんだ。二人して、静かに地面を眺める。


「……」
「……」


 しばらく経った。ここは、生物がいないようなので、静かなものだ。沈黙が段々と痛くなってきた。本当に、何も起きない。魔神は何をやっているのだ。二個目の願いを叶える気がないのか。ランプの精のくせに、職務怠慢だ。それとも、シンドバッドの邪な願いはきき入れたくないということか。ランプの精なら願い事の吟味はいけないだろう。そうは思わないか、ランプの精よ。と、シンドバッドが、内心焦っていると、アリババが疑わしそうな目でシンドバッドを見た。視線が、痛かった。
「アリババくん、風が気持ちいいね」
 にっこりと笑うと、アリババが小さくため息をついた。風なんて吹いてもいない。それは、シンドバッドもわかっていた。
「シンドバッドさん、やっぱりランプの精はいないんですって」
「いや、いる」
 きっぱりというと、アリババが何故言いきれる。と、いう顔つきをした。
「ランプの精はいるような気がするんだよ」
 シンドバッドは、なおも地面を凝視した。
(ランプの精よ。早く叶えないと、アリババくんが君の存在を否定してしまうよ。それでいいのか? 君は、存在しないものと片付けられて、最初あんなにも君がいるかもしれないと喜んだ彼を失望させるのかい?)
 呼ばれて出てきてジャジャジャジャーン。なんて、どこかできいたような出現の仕方は望んではいない。ただ、いるということを証明さえしてくれればいいんだ。シンドバッドは祈った。だが、地面に変化はやはりない。



 やはり、違うのか。この二人きりという状況は偶然の産物なのか。短い夢だった。と、シンドバッドは思った。だが、少しの間でも夢をみさせてくれてありがとうとも同時に思った。
さようなら、ランプ。
さようなら、ランプの魔神。
大人しく、ランプを探して脅してでも必要なら破壊して、木っ端微塵にしてでも城に帰るとするよ。アリババくんとの仲は、この状況を脱することで尊敬を勝ち取り、その上で彼を手に入れる事にする。と、シンドバッドが思い直した時、突然アリババが言った。
「何、あれ」
「ん?」
 アリババが、シンドバッドの背後を指差したまま、固まっている。何か出たのか。シンドバッドは、ゆっくりと振り返った。そこには、自己主張たっぷりのものが出現していた。やはり、ランプの精はいるらしい。しかも、シンドバッドの願いを叶える気にもなったらしい。
その登場は、ちょっと予想外であったが。








「呼ばれて出てきて、ジャジャジャジャーンって文字で言われてもな」
「ツッコムべきところは、そこっすか?」
「まずは、そこだと思うぞ。見ろ、アリババくん。その立て看板の横。小さくランプの絵があるじゃないか」
「確かにありますけど……」
 二人は、それに寄って行った。シンドバッドが看板の前にしゃがみこみ、その後ろからアリババがのぞく。木製の看板には、先ほどシンドバッドが内心で思った言葉そのままのセリフが書かれていた。その文字の斜め下あたりに、ランプとそこから白い煙が出ていてそれが魔神の形になっているようにみえる絵が添えられていた。力いっぱい、ランプの精は自己を主張しているようだ。木っ端みじんに怯えたらしい。
「ランプの精なんですかね」
「ランプの精さ。やっぱりあのランプは、彼の住まいだったんだ」
 やたらと薄汚いランプだったのは、擦ると魔神は飛び出して仕事をしなければならないからだ。ランプの精は、たぶんランプを磨かれるのが嫌であんなに汚れてしまったのだろう。あの汚さにも理由があったようだ。要するに、職務怠慢なランプの魔神だったというわけだ。
そのランプの精は、どうやら二番目の願いも叶えてくれたようだ。シンドバッドは上機嫌で、その立て看板のすぐ脇をみた。
「ほら、俺の願いが叶っている」
「シンドバッドさんの願い?」
 アリババもシンドバッドに倣って見た。立て看板のすぐ脇には、降り口ができていた。さっきまでそんなものはなかった。地面にぽっかりと空いたそこは下へと続く階段が見えた。きっとその下に、シンドバッドが望んだ愛の巣があるに違いない。でかした。と、シンドバッドはランプの精を心の中で褒め称えた。
「休憩場所さ。行こう、アリババくん。せっかく本物のランプの精が用意した空間にいるんだ。こんなこと滅多に体験できないぞ。だったら、少しぐらい楽しんだって、罰はあたらないよ」
 さりげなく、シンドバッドはアリババの肩に自分の手を乗せて、彼を引き寄せる。すると、アリババは顔を上げるが嫌がったりはしなかった。やはり、先ほどからの触れあいで慣れたようだ。
 シンドバッドは、にっこりと笑った。
「さぁ、アリババくん。ランプの精が作った第二階層へと降りようじゃないか」
「はぁ」



 





 初出:2012.10.21.〜2012.11.04.Pixivにて公開
 サイト掲載:2012.11.10.