【6】




「ランプの精!」


 少しだけ嬉しそうだったのは、気のせいではないだろう。アリババも自覚があったらしく、少しだけ恥ずかしそうにした。シンドバッドは敢えてそこには触れずにアリババの言うランプの精という可能性を考えてみた。
 確かに、古びたランプを擦ると飛び出す魔神の昔話はある。古いランプに住みついているという魔神の物語だ。ランプを擦ると現れて、三つだけどんな願いも叶えてくれるという。シンドバッドも冒険物語を作るにあたって、参考にしたのでよく知っていた。
「なるほど。ランプの精の仕業だとして、何故願いごとを三つ叶えるために俺の前に出てこないんだ?」
 迷惑なことに、変な場所に飛ばしただけ。だが、白い煙といいあまりにも、いかにもであった。
「ランプの精かはさておき。ランプが関係しているのは間違いない。では、そのランプは何処へ行った」
 アリババはまた考える顔つきになった。真剣な顔もいい。じっとシンドバッドがみつめていると、アリババがまた閃いたようだ。
「ランプはここにあるんじゃないか? ランプをみつけて、元の場所に戻るよう願いながら、ランプを擦れば戻れるんじゃ……そんなわけないですよね」
 ははは。と、アリババは笑う。
「いや、アリババくんの言う通りかもしれない。今は、具体的に関係しているとわかるのがランプだけだ。とにかく、ランプを探そう」
「え、本当に?」
 アリババは自分で言って自分で信じていなかったようだ。シンドバッドは、そんなアリババの頭をくしゃりとやった。
「アリババくん。冒険というものは、ありとあらゆる有り得ない可能性を追求することで先が開けるものなのだよ」
「シンドバッドさん……!」
 なんて頼もしいと言っているかのように、名を呼ばれた。シンドバッドは、嬉しくなってアリババを引き寄せた。細い腰を引き寄せ、アリババを腕に閉じ込めた。華奢なアリババは、すっぽりとシンドバッドの腕の中に収まり、柔らかな髪の毛がシンドバッドの顎のあたりをくすぐった。
 このまま、何かしちゃおうか。そんな風に一瞬思ったが、今ここで泣かれても困るので、シンドバッドは己を誤魔化すように、アリババの髪の毛を撫でる。アリババの髪の毛は、柔らかくとても触り心地がいい。
「シンドバッドさん。なんだか師匠みたいなことばっかしてますよね、さっきから。俺、そんなに子どもですか?」
 思わず、というようにアリババが言った。今、聞き捨てならないことを言わなかったか。
「アリババくん、シャルルカンはいつもこうなのか?」
「へ? はい。師匠はいつも俺の頭をガシガシするんですよ。止めてくださいって言ってるんだけど」
 あの野郎。シンドバッドは笑顔のままアリババの髪の毛をもっとぐしゃぐしゃにした。シャルルカンの思い出など消してやるというように。しかも、今の姿が師匠みたいというならば、抱き寄せてもいるのか。シンドバッドのアリババを腕の中に閉じ込めているというのか。
(油断した!)
 あいつは、正真正銘の女好きだと思っていた。剣の実力ならば、申し分ないし女好きだからアリババにちょっかいは出さないだろうと、アリババの師につけた。だというのに、あの男。
 好きな相手に剣術の稽古を見せていつもドン引きされているが、アリババなら尊敬の眼差しでみてくれるのがポイント高かったのか。そうなのか。
 だが、シャルルカンよ。残念ながら、その想い踏みにじってくれる。と、シンドバッドは決心した。アリババは、シンドバッドのものである。


「……アリババくん、戻ったらシャルルカンには俺の方から言っておこう。こういうことは俺だけがしていいものだとね」
「え? そういうことじゃなくて……」
 アリババが何か言っているが、シンドバッドには聞こえてはいなかった。シャルルカン、久し振りに手合わせといこうじゃないか。もちろん、手加減はしない。
 シンドバットは、物凄くいい笑顔を浮かべた。
「アリババくん。君の貞操は俺が守るよ。まずはそのまえにランプを探そう」
「は、はぁ?」
 アリババの微妙な返事を気にもせずに、シンドバッドはアリババを連れて歩きだした。これはもう一刻も早くここを脱出して、アリババをシャルルカンの魔の手から救出する必要がある。


 そうこの密室から出て……。
密室?



「!!」
「シンドバッドさん?」


 突然立ち止まったので、アリババが怪訝そうに声をかけた。だが、シンドバッドはそれどころではなかった。

今、気が付いた。
そして、今。気が付いてよかった。

(密室ってことは、ここでは邪魔が入らない?)



 と、いうことはつまり。ランプがみつからない限り、アリババと完全な二人きりではないか。
 なんてことだ。シンドバッドは喜びのあまり思わず飛び上がりそうになった。
 アリババと二人きり。ここでは、どんな邪魔も入らない。マギの無邪気を装った邪魔も入らない。と、いうことは口説きたい放題。いちゃつき放題。最後までいったとしても、誰にも非難されない。こんな美味しい状況を何も進んで壊す必要はないではないか。
 あながちアリババの言ったランプの精という説は間違いではないのではないか。だって、シンドバッドの願い事を叶えているではないか。
 シンドバッドは、ゆっくりとアリババを見た。アリババは、不思議そうにシンドバッドを見守ってる。
(汚れのない目をしている。俺が、君に口づけをしたいとか、もっと先の事までしてみたいとか。そんな風に思っているなんて欠片も思ってないだろう。アリババくん、許してくれ。俺は、ずるい大人なのだ)
 ランプは探す。遅かれ早かれ、シンドバッドは何としても帰らねばならない。おそらく、時の経過とともに王がアリババと共に消えたと城でも騒ぎになる。ヤムライハあたりがどうにかして探し出してくれるだろうし、何の根拠もないがシンドバッドにはあのランプが頃合いを見計らって出てきてくれるという確信があった。その頃合いとはなにか。
(ランプの精は、ランプを手に入れたものの願いを叶えてくれる。俺の願いはアリババくんとの仲の進展。これは、そういうことに違いない)
 物語通りだとすれば願いは三つ。おそらく一個目は使った。二つ目は、まだ。三つ目は当然決まっている。
「シンドバッドさん?」
 アリババが心配そうに声をかけてきた。シンドバッドは、異様に爽やかな笑顔を向けた。
「大丈夫だよ、アリババくん。ちょっといいことを思いついてね。大丈夫、ランプはみつかる」
「本当ですか!」
 頷きながら、シンドバッドの頭のなかでは二つ目の願いをどう有効利用しようかということでいっぱいだった。
(そうだな……)
 シンドバッドは空を見上げた。それから、一つ頷き笑顔を浮かべた。



(もし本当にランプの精だとするならば。ランプの精よ、聞いてくれ。二つ目の願いは……)



 これでわかるはずだ。シンドバッドはわくわくしながら、ひたすら地面を凝視していた。


 





 初出:2012.10.21.〜2012.11.04.Pixivにて公開
 サイト掲載:2012.11.10.