【5】
冒険。
それは、シンドバッド自身にも随分と久しい響きを持つものであった。かつては冒険ばかりだった。だが、七つのジンを従えた今、シンドバッドは冒険とは程遠い生活になってしまっている。国を守り、育てることがシンドバッドの全てとなってしまったことに後悔はなかったが、やはり冒険というものは格別である。
二人は、まずは庭園の中央部までやってきた。改めて周囲を見回す。特にこれといって、特筆すべきことはなかった。森があって美しい花畑があり、小川が流れ、そして池がある。空は青空で白い雲がゆったりと流れ、太陽の光が燦々と降り注ぎ、昼寝にはもってこいの場所である。ここでアリババがすやすやと眠っていたら、さぞかし絵になることだろう。目覚めのキスを捧げたくなるに違いない。と、やや思考が終わっている方向へ流れかけたシンドバッドを現実に引き戻したのは、やはりアリババであった。
「シンドバッドさん。俺たち、こっちから来ましたよね?」
アリババが歩いてきた方向を見て呆然として言う。
何事かと振り返れば、そこには二人が入ってきた窓はない。あるのは、森だけだ。森なんて、さっきはあの場所にはなかった。これは、どういうことか。
何者かが、シンドバッドとアリババをここに閉じ込めようとしているのだろうか。どちらにしろ、情報が少なすぎた。
「この庭園はやはり何か意志を持っているか、何者かの意志が働いているようだ。消えたものは仕方がない。アリババくん、ここはひとつ進んでみようじゃないか」
コクリ。と、アリババは頷いた。二人して周囲を警戒しながら進んでいく。だが、相変わらず生物の気配はなかった。どんどん進んでいくと、やがて景色は森に代わり、森を越えると……。
「行き止まりか?」
景色は続いているというのに、先へ全く進めなくなってしまった。
アリババが横に並んで、ぺたぺたと進めなくなった場所に触れていた。そこは空気しかないただの空間のはずなのに、壁がそこにあるかのようにぺたぺたと触れることができるようだ。実際、アリババは不思議そうな顔つきのまま、その場所に触れていた。
「壁っぽいですね。石みたいな感触が」
「石……確かに、これは石か煉瓦のようなものと似ている。と、いうことはやはりここは室内」
腕組をして思わず唸った。と、いうことは、だ。先ほどの背後の景色が変わったが本当は何一つ変わってはいないということになる。ならば。
「シンドバッドさん?!」
シンドバッドは、視えない壁に張り付いた。やはり、全体的に壁になっていることがわかる。そのまま横に移動してゆく。
「アリババくん。もしも、ここが壁だとしたらどこかに出口か窓があるかもしれない」
「そうか。俺たちは窓から入って来たから」
さすがシンドバッドさんと、アリババも張り付いた。二人して、横へ横へとガニ股で移動してゆく姿はとてつもなくカッコ悪かったが、そんなことは構っている場合ではない。二人で黙々と作業を進めた結果、わかったことがあった。
まず、この場所はそう広くはないこと。二手に分かれた方が効率はよいが、危険かもしれないと一緒に進んだというのに、かなり早い時間で一周できてしまった。つまり、ここはかなり狭い空間ということになる。二つ目。どんなに回って行っても、扉らしきものに出会わなかったということ。ここが密室状態であることがわかった。最後に三つ目。窓はあった。それは幾つもみつかった。たぶん窓であろうという窪みが何箇所か存在したのだ。だが、そこから外を覗くことはできなかった。何かやはり壁のような冷たいものに当たって出て行くことを阻まれた。つまり、この窓は外からは入ることが可能だが、出て行くことは不可能ということになる。
つまり、要するに。
「脱出不能ということですね」
「ああ」
身も蓋もない言い方をすると、そうなる。シンドバッドとアリババは顔を見合わせた。ほぼ同時に、ため息をついた。
再び部屋の真ん中に戻った二人は、すっかり強張ってしまった太股を解しながら、今後のことを話し合った。
「出るだけなら、俺がこの壁を強引に吹っ飛ばせばいいだけなのだが……」
「ここに侵入する前に居た場所から考えて、得策ではないですね」
ここに侵入したとき、この場所がものすごく高い場所にあったことを考えて、破壊したらまっさかさまに落下ということになる。シンドバッド一人ならば、問題ないのだが、アリババが万が一怪我でもしたら後悔してもしきれないので、それは駄目だ。
「ああ、そうだ。俺たちは、たぶんとても高い場所にいる。もし、壁を壊してこの建物自体が衝撃に耐えきれず崩れるなんてことがあったら、少々面倒だ」
「でも、脱出不能なんておかしいですよ。絶対に何かある」
「アリババくんの言う通りだ。何かある。そこで順序立てて考えてみようと思うのだが、まず俺たちはどうしてここにいる?」
アリババが少し考えて言った。
「シンドバッドさんの宝を俺が見ていて、そこで変なランプをみつけた。それをシンドバッドさんに渡して……その時に何かが起きた」
「そうだ。俺は、君の手についた汚れを取ろうとした。片手では、上手く拭ってやれなかったからランプを片手に持ったまま両手で拭ってやろうとした。そのとき、俺は確かにランプを擦った」
「あ!」
アラジンが立ち上がった。アラジンの髪の毛がぴょこんと跳ねた。その顔は何かを思いついたようである。
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