【4】




 窓から侵入した場所は、綺麗な庭園だった。咲き乱れる花は様々な色をしていて、そのバランスがとてもよい。まるで絨毯のように敷き詰められた花々の上を歩くのは忍びないほどに素晴らしい眺めであった。その花が咲き乱れる地面の向こうには、ほどよく生えた木々がある。青々と茂った木々。そして、室内だというのに天井は青空であるようにみえた。
(どうみても、魔法が使われているようにしか見えんな)
 シンドバッドとアリババ以外の生物の気配はない。これだけ美しい植物があるというのにそれを享受する昆虫も小鳥もない。ここはまるで、切り取られた絵画の中のようであった。
要するに、自然にできたものではないということだろう。



「シンドバッドさん、ここは」
「わからん。だが、自然に出来たものではないことは確かだろう。とにかく、ここがどこかを探らねばならない。行こう」
 シンドバッドは、アリババに手を差し出した。アリババは、あまりに自然な動作だったので本当にうっかりシンドバッドの手を握ってきたようだ。すぐに、弾かれたように飛び退いて、大丈夫ですから。と、焦ったように言った。これは、どっちの反応だろうか。シンドバッドは、アリババの様子を密かに観察しながら、口を開く。
「残念。せっかくアリババくんと手繋ぎデートができると思ったのだが」
「そんなもんは、女性と楽しんでください」
 そう言いつつ、赤くなるアリババにシンドバッドの頬は緩みっぱなしである。やはり、ここ最近毎日毎日そういう意味を含んでアリババに触れてきたせいか、無意識だろうがシンドバッドを意識するようになっているようだ。いい傾向だ。なおもニコニコしていると、アリババは馬鹿にされていると思ったのか、むぅ。と、頬を膨らました。ますます子どもっぽいのだが、かわいいのでシンドバッド的には満足だ。膨らませた頬を突いてみたかったが、これ以上からかうとアリババが本当に臍を曲げてしまうだろうから、この話題はこの辺できり上げるべきだろう。シンドバッドは、話題を変えようとゆっくりとこの庭園のような場所を進みながら、天井を見上げた。



「アリババくん。俺たちは、この上から窓に飛び込んだ。だが、見ろ。空がある」
「ええ、でもここは室内ですよね。まるでアモンの迷宮みたいだ。アモンの迷宮でも空がありました」
 アリババも割合落ち着いているのは、迷宮攻略者だからか。
魔法の知識なしにこんな場所に放り込まれたら、よっぽど肝が据わっていない限り、動揺するだろうにアリババにはそれがない。
「アリババくんは怖くはないのか?」
 怖がるアリババもかわいいのだがと、かなり駄目なことを考えながらシンドバッドは質問した。すると、アリババはきょとん。と、した顔をしたあと笑いながら言った。
「だって、シンドバッドさんと一緒なら大丈夫でしょう? 俺一人なら、不安で押しつぶされそうになったかもしれないけど、シンドバッドさんと一緒なら心配ない」
「アリババくん……」
 七海の覇王と一緒なんて心強すぎです。と、言うアリババの目は、シンドバッドへの信頼で満ちている。
シンドバッドは感激した。これほどに、アリババは自分を信頼しているのか。その愛にまっすぐ答えようと言ってしまってもいいだろうか。このまま、アリババを抱き寄せたいというか、このまま押し倒したりしてもいいだろうか。そんな風に思う自分は本当に汚れた大人だなと思いながらもシンドバッドは、それを欠片も出さずにただ、アリババの髪の毛をかき回した。
「褒めても何も出てこないぞ」
「やめてくださいって、髪がぐしゃぐしゃに」
 そのまま肩を掴んでアリババを引き寄せた。アリババは、抵抗せずにむしろ嬉しそうに笑っている。
 やはり、無邪気。意識していないから、シンドバッドにくっついても平気なのだ。少しは、意識していると思ったが、まだまだらしい。
シンドバッドは、手を出したくてうずうずしているというのにこの差は何なのだろうか。何となく面白くなくて、シンドバッドはアリババをぎゅと抱きしめた。
「ちょ、シンドバッドさん!」
 苦しいのか、アリババが暴れる。
「あ、すまん。力が入ってしまったな。さて、冗談もこのぐらいにして、ここがどこか探索してみることにしよう。久々の冒険だ」
 シンドバッドは、アリババを手放した。するりとアリババが腕の中から出て行く。彼の体温を感じられなくなって少しだけ寂しく思ったが、今はまだいい。アリババがもう少しだけシンドバッドに慣れて、シンドバッドに好感を持ってくれればいい。まだ、先は長いのだ。シンドバッドだってそこまで年寄りではないし、アリババは若い。事を急いて、アリババを怖がらせるようなことはしたくない。なにせ、彼はまだまだ子どもなのだし。
そう無理矢理納得して、シンドバッドは顔を上げた。


 





 初出:2012.10.21.〜2012.11.04.Pixivにて公開
 サイト掲載:2012.11.10.