【1】





 それは、ある偶然から始まった。



「師匠、容赦なさすぎ……疲れた……」
 アリババは、くたくたの体を引きずって中庭までやってきていた。最近のお気に入りの昼寝の場所である。花の匂いが強く付くと、モルジアナには嫌がられるが、その花の匂い自体もアリババは嫌いではなかったし、なによりもここは、暖かいし、風が気持ちいい。ここで大の字になって寝ることが日課になりつつあった。
今日もアリババは、中庭に辿りついたあと、ばったりと倒れ込むようにしてそこに寝転んだ。
 草の匂いと花の匂い。それから、土の匂いもする。やっぱりモルジアナに怒られそうだなぁと思うが、空から降り注ぐ日差しは柔らかいし、風が心地よい。
 こんな好条件で寝転がらないなんてないだろう。なぜならば、アリババは眠たかった。剣術の稽古のあとは、いつもこうだった。体力の限界まで動かされて、今は指の一本すら動かしたくはない。うつぶせに寝転んだまま、アリババはふぅ。と、息を吐いた。
(ねむ……)
あっという間に瞼が重くなり、アリババは体もどこか重くなってくるのを感じた。眠りへと引きずり込まれてゆく。この瞬間は、とても心地よく何物にも代えがたいものであった。
 アリババは、小さく欠伸を一つした。寝がえりを一つ。それから、大地に寝転んだまま体を丸めるようにして寝入った。





*******





 シンドバッドが、その姿を見つけたのは太陽が少しだけ傾いた頃であった。政務をなんとかやりきり、ジャーファルの魔の手からようやく逃れることに成功したシンドバッドは、ふらふらと王宮内を彷徨い歩いていた。
探すものは、一つ。今、シンドバッドが執心している少年である。
 自分でもどうかしているとは思っている。どこにでもいる少年……とは言い難いが、特別すぎる少年というわけでもない。だが、その少年にいい年をシンドバッドが恋しているというのは、本当の話だ。アリババには、未だにその想いを告げたことはない。たぶん、アリババにとっては青天の霹靂みたいな話しだろうと思うし、なによりまだ時期早々だからだ。まだ、アリババにとってシンドバッドというのは、身近な存在ではなかった。彼にとって、シンドバッドは大好きな物語の作者で、伝説上の男で、シンドリアの王様というだけである。アリババが、シンドバッドに憧れを抱いているのはわかっている。だが、それは誰でも抱くような憧れであって、シンドバッドが望むようなものではなかった。それがわかっているからこそ、シンドバッドはアリババとの距離を少しずつ詰めることに決めていた。
 なるべく二人だけで会って、アリババの警戒心を解く。そうしつつ、スキンシップ過多気味にして意識をしてもらおうと思って目下実践中である。
 よって、今日もアリババと二人きりになるべく、アリババを探しているわけであった。
彼の姿を探してあるいて中庭に差し掛かった時であった。何かが、花に埋もれていた。一体何であろうと目を凝らして見てみると、それは何か金色をしている。ふわふわと風に何かが揺れていた。
「あれは」
シンドバッドは立ち止った。あの柔らかそうな髪の毛、見間違えるはずがない。アリババだ。
シンドバッドは驚いてその場所へ駆け寄った。


「アリババくん!! ……寝てるのかい?」
 一瞬、倒れているのかと思い焦ったシンドバッドだが、すぐにそれは杞憂であるとわかった。アリババは、まるで猫のように身を丸くして実に気持ちがよさそうに寝息を立てていた。


 文句なしに、かわいい。


 花の中に埋もれるようにして眠るアリババは、超絶かわいかった。色とりどりの花弁の中に白いアリババの顔が映える。すぅすぅと寝息をたてる唇は、少しだけ開いていて、思わずそこに自分の唇をくっつけたくなるほどに魅力的だった。
シンドバッドは、自分の口元が緩んだのを感じ、慌てて手でそれを覆う。まったく、どうしてこの少年はこんなにかわいいのか。
 もう少年期は終わりを告げようとしている年齢だというのに、どういうわけかもっと年下のはずのアラジンのほうが大人に見える。やはり、アリババが色白で華奢であるという一点に尽きるのかもしれない。
 ともかく、何度もさっきから繰り返し思っているがアリババはかわいかった。このかわいらしい姿をこのままいつまでも永久に眺めていたい気持ちは山々であるが、ここは中庭である。
 もう太陽は傾きつつあるから、いくら南国とはいえやはり冷えてくる。このままでは、シンドバッドの大事なアリババが風邪を引いてしまう。それはそれで看病をするという楽しいイベントが発生するかもしれないが、苦しんでいるアリババを見るのは、忍びない。しかも、起こさずにアリババの寝姿を眺めていた結果、アリババが風邪を引いたとジャーファルが知ったら怒られる。煌帝国から戻って来たら、ジャーファルは完全に三人の子どもたちの母親の気分になっていた。男なのに母っぽい。と、この間言ったら、本当にシンドバッドを主人と思っているのか疑問なほど本物の殺意を込めた目で睨まれたので、二度と言う気はなかったが。
 シンドバッドとしても、様々な理由によりまだ死にたくはなかったので、泣く泣くアリババを起こすことにした。




 





 初出:2012.10.21.〜2012.11.04.Pixivにて公開
 サイト掲載:2012.11.10.