十.



佐助がいなくなって、ようやく屋敷内のあやかしたちは落ち着きを取り戻した。皆、ばらばらになって散ってゆき、翌日にはいつものようなのんびりとした空気が屋敷内には流れている。政宗は左手に一葉、右肩に黒助を乗せたまま縁側で胡坐をかきぼんやりとしているように見えた。政宗の手の上で時折、一葉が身体を揺らしているから、何か話をしているのかもしれない。
自分にも早くあやかしたちの言葉がわかればよいのに。
ここに来て何度思ったかしれないことを幸村は考えた。


「時に、政宗殿」
「何だ」
幸村は、あやかしと仲良く日向ぼっこをしている政宗の隣に腰を下ろし、じいっと政宗を見つめた。いきなり見つめられたことに多少の戸惑いを覚えたらしい政宗が眉をひそめた。
「貴殿は、出仕せずとも良いのか? 前々から気になっておったのだが」
政宗は、俗にいう下級貴族であるときいた。いくら下級であっても宮中に参内する義務があるのではないのか。そう思って問うと、政宗がああそんなことか。と、いうようにぼんやりとした顔のまま答えた。
「義務は……たぶんあるんじゃねぇの? だが、俺が出仕したところで同僚は怖がる。あやかしは、俺に集まるから俺がいる場所全てで怪異が起きる。それに、欲しくもない歌だとかを頂戴した挙句、嫉妬されるなんざ御免だね」
「……左様でござるか」
なにか、今。さらっと凄いことを言わなかったか。入る場所全てで怪異が起こるだとか、いらない文を貰って嫉妬されるとか。
「互いに、出仕しない方がいいのさ。ところで、そんなこと聞いてどうする?」
「別に。ただ、貴殿は何故人に手厳しいのかと思って……」
政宗が片眉を器用に持ち上げた。


「人は、裏切る生き物だからな」
そう言って、政宗は手の上にいる一葉を撫でた。一葉が気持ちよさそうに目を閉じた。
「そのようなことは」
「アンタは……ないだろうな」
コトン。と、政宗が一葉を脇に置いた。そして、幸村の方に身を乗り出してくる。顔を覗き込むようにしてきたのでびっくりして顔を引こうとした。すると。
「アンタは……不思議だ」
「ま、政宗殿」
すっと差し出してきた手が幸村の頬に触れた。カッ。と、顔が赤くなった。思わず幸村は目をそらす。
すると、政宗がフッ。と、笑った。
「俺が人間に興味を持ったのは、アンタが初めてだ」
「え?」
驚いて政宗を見ると、至近距離にある政宗の顔が綻んだ。
「なぁ、真田幸村。アンタ、責任取ってくれるか?」
「な、何の」
政宗は答えない代わりに、彼はそっと顔を近づけてきて。



「朝っぱらから見せつけてくれるぜ」



突然聴こえた声に、幸村は驚いて政宗を突き飛ばした。政宗は油断してたのか、後方に倒れかけて、慌てて傍にいる一葉を掴み難を逃れた。
「テメェ、少しは空気を読みやがれ」
一葉を安全そうな場所に置き直した政宗が怒り狂った目で乱入してきた男を睨んだ。
「人間の空気なんぞ、読むに値しねぇなぁ」
邪魔されたくなかったら、室内にこもってやれよ。と、男はニヤリとした。
朝日に照らされた髪は銀。半裸のような格好に利き手には大きな銛。そして、片目は眼帯で隠されている。政宗が昨晩告げた鬼そのものであった。
「おうおう、この屋敷。ずいぶんとお仲間さんがいるじゃねぇか」
男は、幸村にかまうことなく辺りを見回した。おそらくお仲間というのはあやかしたちのことであろう。
「アンタ、本当に人間か?」
「人の屋敷に無断で侵入しておいて、名乗りもしないとは、鬼はずいぶんと礼儀知らずだな」
政宗は面倒そうに立ち上がって庭に下りた。幸村も慌てて庭に降りる。二人の人間を前にして、鬼は何を思ったのかドカリ。と、その場に腰を下ろした。
「俺は、長曾我部元親だ。アンタは、伊達政宗っていったな。そこの、迫られてた方は?」
「迫っ……そ、某は真田幸村でござる」
へぇ。真田ね。と、鬼は呟くように言った。
「藤影について話があるんだろう?」
政宗が言う。すると、鬼はニヤリ。と、笑った。
「おうよ。だが、その前に。その、一葉っていう奴と会わしちゃくれねぇか?」
鬼、元親はそういって政宗を見た。政宗は、小さくため息をついてから一葉をその場に連れてきた。
「一葉だ」
一葉は、鬼の前に置かれるのが嫌だったのか必死に政宗が地面に置こうとするのに抵抗しているようであった。
「……わかった。嫌なら仕方がねぇ。ほらよ」
「ぬっ。何故また某の頭ッッ」
「落ち着くんだとよ」
政宗が真顔で幸村の頭に一葉を乗せたものだから、元親は笑い崩れた。
「あ、アンタ。幸村。人間の癖してつくも神の台なのかよ。こりゃぁいい」
「わ、笑いごとではッ……わ、揺れるでない。落ちるぞ!」
笑う元親に憤慨していると、煩いとばかりに一葉が頭上で揺れたものだから、慌てて幸村は一葉を押さえつけた。
このままでは埒があかないと幸村も元親にならって、地面に腰を下ろした。そうして、彼の正面に座り込んで一葉と対峙させる。
「政宗殿、これでよろしいか」
政宗は静かに頷いた。






「つまり、一葉。お前がその藤影っつう奴の安否を心配してるだけなんだな?」
一葉は頷いたようだ。政宗が幸村にもわかるように補足してやる。
「一葉は、あの藤棚から離れては長く生きれないであろう藤影を心配して探して欲しいと俺に依頼した。そこで、浮上したのが元親、お前だ。どういうことか説明してもらおうか」
元親は、なるほど。とかなんとか言っている。
「藤影は無事だ。今は、野郎共と一緒に船の上にいる」
「船?!」
思いもよらない言葉に幸村は呆然とした。政宗も同じだったようで元親の言葉の続きを待っているようだ。
「土佐に連れてゆく。理由は……弱いあやかしを守るためだ」
「どういう意味でござるか?」
藤影は攫われたわけではないのか。疑問をそのままぶつけると、元親はアンタらならいいか。と、呟いてから顔をあげた。
「この屋敷は、政宗の気配が濃厚だからよっぽど強い力を持つ存在でないと、介入することはできないだろうから心配はいらねぇが。あんたら、最近。様々なあやかしの住処が徹底的に払われているのを知っているか」
「!」
政宗の目つきが鋭くなった。
「やっぱり。知っていたか。あれはな、普通の術者の仕業じゃねぇ。尋常ならざる力の持ち主によるものだ。しかも、一度払われてしまうと十年そこに戻ることができない」
「そんな馬鹿な。祓うという行為はそんなに長続きできるものではないぞ」
「アンタ、あやかしと会話はできないが、知識はあるようだな。そうだ。どんなに腕のいい術者でももって一年。短くて数週間。それが、普通だ。だが、そいつの出た場所は違う」
「何者だ」
「さぁな。どっかの高僧とかじゃねぇの? ただ、やり方が酷い。悪も善もなにもかもいっしょくたに祓っちまうから始末におけない。困ったあるあやかしが、鬼である俺のところに助けを求めてきた」
それまでは、人間と関ること無く鬼は海を渡り歩き宝探しに明け暮れていたそうだ。


「正義感にかられでもしたのか」
「いや、気に入らねぇと思ってよ」
人間のためだけに、住処を追われるあやかしたち。しかも、綺麗に祓われた後は住めないどころか、それで存在を消滅させられる弱い者たちもたくさんいる事実も気に入らない。ただ、彼らはそこに生まれそこで静かに暮らしているだけだ。だというのに、そんな風に乱暴に存在を消されていいわけがない。と、元親は言った。
「それで、連れ出した……のでござるな」
「ああ」
それは、咎められるようなことではない。なぜ、それを他のあやかしたちに伝えなかったのだろうか。疑問に思って問うと、元親ではなく政宗が教えてくれた。
「もし、それが人間に知れたらどうなると思う」
「……そうか、理由は関係なく鬼を祓いに我ら武田のような者たちが派遣されることになる」
「Yes。その通りだ。アンタは、武田の出だからあやかしには悪いものとそうでないものがいると当り前のように学んでいる。だが、大体の人間は違う。人間にとって脅威なのは、自分以上の力を持ち自分たちに似ている存在だ。つまり、鬼は脅威そのものだ」
「だが、そのせいで一葉殿は」
「ああ、確かにこいつは寂しく思い、悲しんだ。だが、藤影は消えちゃいない。ちゃんと元気にやっている。一葉、それでいいな」
一葉は、コロン。と、幸村の胸の方に転がって来た。慌てて受け止めると、一葉の顔が濡れている。一葉は泣いていた。
政宗が一葉を自分のほうに引き寄せて、着物で一葉の顔を拭いてやった。
「よかったな、一葉」
一葉は、頷くようにコトコトと身体を揺らす。それを黙って見ていた元親が口許を緩めた。
「アンタらは、人間でも悪かねぇな。……ここにいる奴らは、好きでここにいるんだな。そして、アンタも」
元親が見たのは、幸村である。幸村は頷く。


「某は、あやかしが見えるだけの役立たずにござる。ここで、政宗殿と共にあってあやかしたちと言葉を交わせるようになりたいと思いここに置かせていただいておるのだ。だが、今は。術のためではなく彼らと交流したく……話ができるようになりたいと思っておる」
ここに来て、知ったことは多い。あやかしは、人間と同じく感情のある生き物なのだ。彼と共に悪いものを祓う仕事に将来つくはずの自分に必要なことは、彼らを人間と同じように信頼し愛するということなのかもしれない。政宗とあやかしたちを見ていてそう思う。
「武田……あの術者集団か。しかし、悪い感じはしねぇな。ところで、藤影については俺は話したぜ。そろそろアンタの話を聞こうじゃねぇか。伊達政宗」
元親は立ち上がって、屋敷に勝手に上がり込み、寝転がりながら言った。
「政宗殿の話? 藤影殿のことではないのか」
不思議に思って問うと政宗は、小さくため息を吐いた。
「俺の話は藤影についてだったんだが……ないこともない。元親、アンタの話の中にあった、なんでも祓う存在だが。目星もついてねぇのか」
「……そこに着目するってことは、アンタ何か知ってるのか」
元親が起き上る。政宗はゆっくりと首を振った。
「何も。ただ、気になることはある」
政宗は、一葉を床に置いて幸村を振り返った。
「猿が変なことを言っていたな。ある貴族が鬼に負けたと。だが、相手は鬼ではない。だが、武田が動くってことは、なにかしらの瘴気に当てられたと考えてもおかしくはない」
「確かに、あれは人の仕業であるというようなことを言っておったな」
「どういことだ。人間になんざ、俺は手を出してねぇぞ」
政宗は、元親に説明してやった。佐助という武田の者の話を。事実と政宗の推察を混ぜてされたそれは、幸村も疑問に思ったことが組み込まれていて分かりやすい。
「要するに、今回の一連の出来事と俺の存在と人間の都合が全て一つに繋がっているってことかい」
「たぶん、な」
「では、鬼を武田に退治させようとしたのも」
「別の理由だ。おい、鬼。アンタ、この件。俺たちと解く気はあるか」
元親が変な顔をした。
「人間が何故だ」
すると、政宗は少しだけ自嘲気味に笑った。
「人間だからこそだ。気に入らねぇ」
幸村にはわかる。政宗がどれほどに友であるあやかしたちを大事に思っているかを。
「政宗殿。某、一度武田に戻り、お館様に此度の鬼の件。報告すると共に、どのような依頼であったのか詳細をお伺いしようかと思うが、よいであろうか」
「ああ、武田の頭領であれば事実を既に把握してるかもな。頼む。俺は、だいたいそういったくだらねぇことが起きるのは、宮中と決まってるから参内することにする」
「参内……しかし、怪異が起きたり文が、嫉妬が」
「そうだな、起きるな。だが問題はねぇ」
政宗は不敵に笑った。
「狙いはそこだからな」
「は?」
意味がわからず首を傾げるばかりの幸村に、政宗はあとで説明してやるとだけ言った。
「じゃぁ、俺は。この家を守ってりゃいいってことか?」
「よくわかったな」
「当り前よ。政宗がいるから、この家は安全だ。だが、アンタがいないとなると危険だからな」
いいぜ、ここは気に入った。と、言いながら元親はまた寝転がった。そうすると、今まで隠れていた黒助や他のあやかしたちが、わらわらと元親の周りにあつまりおっかなびっくりの様子で観察を始めた。
「おう、おめぇら。今日から世話になるぜ。俺は元親っていうんだ。言ってみろ。モ・ト・チ・カだ」
あやかしたちが顔を見合わせて、何かを言ったようだ。元親がニカっと笑った。
「おう、名前を覚えてくれてありがとうよ」
すると、黒助がぽん。と、元親の腹に乗った。元親は、嬉しそうに笑って頭を撫でてやっている。一匹、二匹、三匹とあやかしたちは鬼にすり寄って来た。
「お前ら、いいコだなぁ!」
すっかりなついてしまったらしい彼らに、幸村はむぅっとする。すると、ぽん。と、政宗の手が幸村の頭に乗せられた。
「妬くな。元々、鬼は人間よりあやかし寄りだ。それに、俺がアンタを気に入っている。それでは足りねぇか?」
「な、い、いや」
優しく言われて恥ずかしくなる。俯いているとまた元親が大声で言った。
「だから、お前ら。いちゃくつなら、屋内でしろって」
「!!!!」
違う。と、幸村は声にならない叫び声をあげて、恥ずかしさのあまり駆けだした。
「あまりからかうな」
「いや、ついな。面白くてよ」
二人分の笑い声が、響き渡る。






「そ、某は断じていちゃついてなど!!」


幸村が、からかわれたと気づくまでにはだいぶ時間がかかりそうであった。


 


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極道な方を出すまで進みませんでした(嘆)このお話の後半部分にやっとさしかかってきました。
この二人。いつになったら、チューまで進めるのか。ある意味そこも作者の私が一番不安に思ってます(笑)
ここまで読んでくださってありがとうございました。

2012.5.20.サイトに掲載
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