十一.
久し振りの参内は、驚愕と動揺で迎えられた。わかってはいたが。ここまであからさまに怯える必要はないのではないか。と、政宗は歌を詠み恋をし、実にふわふわとした生き方の同胞たる貴族たちを見て思う。
笑おうとして、引き攣った頬は実に醜い。
それだけではなく、何か知らない姫君と噂になったらしく憎悪の目でみる者もいる。
なぜ、いつも勝手に政宗がその姫君とやらを手に入れたことになるのだろうか。誰か自分の名前を騙ってやしないかと思うのだが、そのうわさの出所は判然としない。やはり、政宗の特殊な事情が噂を生み出すのだろう。そのことに関しては、政宗にとってはどうでもよいことだったので放置を決め込んで久しい。しかし、煩い。よく動く口である。
(武官になりたい)
政宗が出仕してからずっと願っていることだった。誰だって、政宗が武官であるほうが世の中の役に立つであろうことはわかっている。政宗は剣の腕が立つだけではなく、あやかし相手にも尋常ではない力を持っていることは有名だ。
あやかしに関しては、公然の秘密というやつではあるがとにかく、こんな文官どもと一緒にいるのは好きではない。
だから、自分の本当の父親にもそう言ったのだが、聞き入れてもらえないどころか、ロクに出仕もしていないのに毎年身分だけは少しずつ上がっているという不思議さであった。
他人からみたら羨ましいことこの上ないのであろうが、政宗にとってはありがた迷惑である。
だが、出仕しなくてもいいのは政宗にとっては都合がよい。そんなわけで、ずっと宮中から遠ざかっていたが、今回の事件。
絶対に、宮中が発生元なのは確実だろう。嫌なのだが、仕方がない。
誰にもわからないように小さく政宗はため息をついてから、部屋の隅にいる存在に目をやった。
(前より、質のよくないモノが増えた)
宮中は、昔からあやかしが最も寄りつく場所であった。だからこそ、帝を守るために陰陽師達は常に目を光らせ悪いモノを祓ってきた。あやかしは、悪いモノだけではない。普通にこの場所に生まれ存在したあやかしたちに害はない。そのような存在がたくさんいるだけの外朝であったはずだ。
(陰陽師や坊主はどうした)
さきほどから、性質の悪いあやかしが政宗に纏わりつこうとして酷く邪魔だった。政宗は強い力を持つ人間だったから、この辺りに集まっている小物では触れることもできやしないのだが、目ざわりではあった。
政宗は、表情を変えること無く進み、そのまま出仕するべき場所に向かった。
普段仕事をしていない政宗がすることはない。怯える同僚に冷たい目を向けながら政宗はただ、ひたすら黙って坐していた。
午前のみの出仕は間もなく終わる。怪異は小さなものなら先ほどから起きている。
それをみた同僚たちは、先ほど逃げ出してしまった。一人残された政宗は、自分に寄ってくるそれらを指で弾きながら、考え込んでいた。
(京では、完全に祓い清められた地が増えつつある。それに対し、宮中が澱んでいる。定期的に清められているはずのここが祓いきれていないというのはどういうことだ)
元々、ここはあやかしが寄りつきやすいのはわかっている。人間の欲深さと憎悪が渦巻いているのが宮中だ。その負の感情を糧とする存在にとって、ここは格好の餌場である。だからといって、この状態は普通ではない。確実に何か起こっていた。
政宗が敢えて怪異を起こす必要がないほどに異変はすでに起きている。
「怪異を起こせば、向こうからやってくると思ったんだがな」
「あなたらしいお考えですね」
独り言に返答があり、おや。と、政宗は顔をあげた。
そこには、武官の姿がある。頬に傷のある男であった。政宗は彼の姿を認めると、ニヤ。と、笑った。
「久し振りだな、小十郎」
小十郎と呼ばれた男は、かしこまって頭を下げた。もう主従ではないというのに、律儀な男である。未だ、政宗を主君といってはばからないこの男は、政宗が羨む武官である。
「政宗様、お久しゅうございます。ところで、他の方はどうなされたのですか」
「逃げたな」
あっさりと言うと、小十郎は頭が痛いというようなため息をついた。別に政宗が追いだしたわけではないが、特に政宗も反論はしない。
「……左様ですか。ところで、何が怪異を起こせばなのですか」
宮中で滅多な事を言うものではないと、顔が語っている。小十郎は顔だけで脅しが効く男だった。その強面の男が、渋面を作り額に手を当てていた。政宗は、相変わらず真面目な男だと片眉を跳ね上げる。
「小十郎、ここ数カ月。この宮中でおかしなことが起こらなかったか?」
「政宗様、危険なことはこの小十郎にお任せください」
「返答になってねぇよ。なにが、この小十郎に、だ。お前より、俺の方が適任だ。答えろ、何が起きた?」
すると、小十郎は左右を見渡した。人の気配がないことを確認してから、すっと政宗の前にやってきて腰を下ろした。
「……何も。と、申し上げるしか。逆にいえば、何も起きていないのがおかしいですな。政宗様も気づいておられたと思いますが、悪しきモノが跋扈しているというのに、陰陽寮は何もしようとせぬのでございます。さらに、皆なぜか瘴気にやられて人が倒れてもそれが見えないかのような反応を」
「じゅうぶん、おかしいじゃねぇか。何もないんじゃなくて、何か起きてるってほうが正しい」
「はい。ですが、何も起きてはいないのです。少なくとも、何か妙な術で操られている様子もないのです。その痕跡が感じられません故」
「そうか。帝は」
「帝については、俺のような武官が知りえることはありません。それよりも、気になることが」
小十郎が話したのは、鬼の元親が話したことと一致した。
「俺は、直接は見ていませんが、その男。妙な仮面をした男だったそうです」
「仮面?」
「はい、目元を隠す仮面をしていた見目麗しい男だとか」
「人なのか、それは」
「わかりません。ただ、わかることはその者の力はあやかしを一掃するだけの力があるということだけ。それから、」
小十郎は続けた。
「ここ一ヶ月。この宮中から武田の者が消えました。どうも、出入を禁止された様子。有力な寺の坊主も同じように出入を禁じられています。どうも陰陽寮が何かを隠している様子です」
「そうか……thank you、小十郎。あいつらが、隠し事をするときは、最悪の出来事を収められない時だ。それがわかっただけよしとするか。俺は、屋敷に戻る。小十郎、お前は何か新しいことがわかったら屋敷まで来てくれ。俺がいなくとも、鬼がいる」
「鬼、ですと?!」
「Yes。元親という鬼がいるから、そいつに話せ。いいな」
小十郎は、不安げな顔をした。その顔には、この小十郎もお連れください。と、書いてある。政宗は、小十郎に笑いかけた。
「お前は、ここで俺の目となれ。いいな」
「……承知いたしました」
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不定期連載すぎますね。話が核心に近づいてきました。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
2012.10.17.サイトに掲載
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