八.



佐助が説明するところによると、その銀髪の鬼は必ず怪異があった場所で目撃されているのだという。半年前に突然京に現れたそうだ。特に人間に悪さをするわけでもなく、ただ鬼は京の闇にまぎれてあやかしを連れ去るらしい。
「目的は不明だけど」
武田としては、人間に仇なす存在でもないため静観していたのだが、ここにきて黙っていられなかった奴がいたらしい。ある上級貴族の次男坊だそうだ。この次男坊、身の程しらずにも鬼に勝負を挑み、ものの見事に負けて今も瘴気にやられて床に臥しているそうである。
「要するに、その馬鹿坊ちゃまの尻拭いを武田が請け負ったわけか」
「迷惑な話だけどね。んで、色々調べたわけ。俺様はどっちかっていうとそっちが専門だからね。そうしたら、妙なんだよね」
「妙とは?」
幸村が尋ねると佐助は、んー。と、言い淀んでから片眉を跳ね上げた。
「なんて言うのかな。あの鬼さんは、どうにも世間で言うところの恐ろしい鬼に見えないんだよね。どうも、あやかしを喰う為ではなく別の目的で攫っているようなんですよ」
何となくなんだけどさ。と、佐助は続けた。
そうだとしても、依頼を受けた以上鬼を倒さねばならないのは変わりがない。その辺を尋ねると、佐助はそうなんだけどねぇと煮え切らない様子で口を開いた。
「そこの旦那が言う様に、任務である以上遂行するしかない。けどね、どうもこの事件。裏があるみたいで。だから、ここに俺様が来たってわけ」
政宗は目を細めた。今まで幸村のことを放置していたくせに、突然すぎる出現は妙だとは思ってはいたが。軽く睨むと、佐助はおお怖いという様な顔をした。ふざけた様子に騙されるような政宗ではない。彼の眼は少しも笑ってはいなかった。
「佐助、どういう意味だ。政宗殿も何故佐助を睨んでおられるのだ」
一人よく飲み込めていない幸村がおろおろとしている。
「幸村。アンタの従者は要するに、武田にきた依頼をこちらに丸投げしようとしているんだよ」
「まことか、佐助!」
そのようなことがあってよいものか。と、言い募る幸村に佐助は困ったような顔をした。
「言い方がちょっと悪くない? 俺様は取引したようと思ったの。武田としては、その鬼の退治についてまだ本腰を入れたくない。だが、鬼の情報は握っている。旦那たちは、行方不明のあやかしを探している。場合によっては鬼と接触してもかまわないが鬼の情報はない。だから、欲しい。どう、互いに利害は一致していない? 武田は鬼が悪しき者かどうかを知りたいが、刺激したくはない。旦那たちは、鬼からつくも神の友人の行方を聞きたい。どう?」
「うむむ……確かにそうではあるが」
幸村が政宗を見た。政宗は腕組をしたまま動かないでいた。




確かに、利害は一致している。こっちはようやく銀髪の鬼の情報を得たばかりだ。つながりがあるかわからないが、何かの突破口になる可能性が高かった。接触できるにこしたことはない。だが、何かが引っかかる。
まず、なぜ武田が躊躇しているのか。鬼が善い鬼であるかもしれないという理由だけではないはずだ。もっと人間の側に理由があるはずだ。話のなかで何かなかったか。あるとすれば、その貴族の次男坊とやらだが情報が不足していた。しかし、裏があるというのは人間の問題だろう。
その次男坊が本当に鬼に挑んだのか知りたいところだが、きっと教えてはくれないだろう。
次に、その話を政宗の元に持ってきたのはなぜか。
幸村が文にあれこれと書いたのかもしれなかったが、武田はそもそも幸村があやかし相手にはほぼ無力なことを知っているはずだ。確かに政宗には力はある。そのことを知っていても不思議はないが、同時に政宗がこういったことに絶対に手を貸さないことも知っていたはずだ。政宗が手伝うのは、あやかしのみだ。人間に手を差し伸べたのは幸村が初めてである。そこに問題があったのかもしれない。
やがて一族を束ねるはずの若い後継ぎがなぜか、下級貴族のそれもあやかし屋敷の主の元に転がりこんで、政宗を気に入っている。しかも、どうやら政宗自身がぼんやりと感じたり想像していることについて確信をもっているようだから、彼らは政宗を見極めようとしているわけだ、たぶん。
政宗が思うに、気が進まなくても武田ならば穏便に事件を解決させることは難しくないはずなのだから。



政宗は佐助をまっすぐ見つめた。
佐助も見つめ返す。表情は全く読めなかった。
だからこそ、自分の推測が外れていないことを悟ったと同時に諦めた。
政宗は、大きくため息をついた。
「政宗殿?」
「OK、わかった。情報を寄越せ、鬼と会う」
そうこうなくっちゃ。と、佐助はにっこりと笑った。


そう、仕方ない。


要するにこれは、幸村を得るための試験みたいなものだ。
手放したくないなんて少しでも思ってしまっている以上、受けて立たないわけにはいかないのだ。




「一葉、悪いな。ややこしいことになって」
つるりと撫でると、一葉は不思議そうな顔をする。だから政宗はもう一度撫でてやった。
「だが。お前の友はみつけてやる」
その呟きは、自分自身に言い聞かせているかのような口調であった。








-------------------------------------
お久しぶりすぎて読んでくださっている方がいらっしゃるか不安でなりませんが第八話です。
まだ話の転換部分です。はやくラブラブにさせたいのですが、道のりは遠い・・・。
読んでくださってありがとうございました。

2011.11.27.ブログに掲載