七.



あやかしたちは、本当にいろいろな情報を手に入れてきていた。そのほとんどがまったく役に立たないものであったが、忘れられた影である月華がもたらした話に興味をひかれた。
「鬼だと?」
古今東西、鬼にまつわる伝承は多い。その多くが眉唾ものであることもまた有名である。
「どういう内容なのでござるか」
「鬼があやかしを喰らっているらしい」
まさか。そのような怪異が京であれば武田が動かぬはずがない。そう伝えると、政宗は首を横に振った。
「人間に害がなければ、怪異にはならねぇよ。とにかく、あやかしがあちこちで行方知れずになっているらしい。そのあやかしたちと一緒に銀髪の片目を覆い隠した鬼を見たという者がいる。アンタ、鬼の伝承を知ってるか」
「鬼でござるか。某が知っておるのは、鬼は魂を喰らうということだけ。言葉巧みに人を籠絡しその魂を得るのだと。故に、鬼は必ず滅せなければならない。そのためには様々な呪いが必要となるときいておる」
残念ながら、あやかしたちの間での伝承というものは知らない。そう言うと、政宗は小さく頷いた。
「こいつらが言うには、鬼というものは自分たちと違う存在らしい。あやかしではないが、人間でもない。最もおそるべき存在だという。鬼は、あやかしを食ってしまうらしい。故に、鬼が祀られた場所にはあやかしは決して近づかないそうだ」
「では、鬼は実在すると?」
「Yes、実在する。ただし、目撃したものはいない」
幸村は月影を見た。月影は首を横に振るだである。
「なにゆえ、目撃したこともない鬼であるとその行方知れずになったあやかしと一緒にいた者を断定できるのであろうか」
すると、月影が政宗に説明を始める。政宗はそれをきいてまた頷いた。
「あやかしでは絶対になかったそうだ。それなのに、人間の匂いもしなかったと言っている」




人間ではない人間のような存在。
それが、鬼。


その場の空気が重苦しくなった。
「とにかく、その銀髪の男が鍵を握っている可能性があるな。で、そいつを探す必要があるわけだが……」
途中で言葉をきって、政宗が幸村を見た。それから、天井を見上げた。




「このあやかし屋敷に忍び込むとは命知らずだな」




はっ。と、して幸村も見上げた。確かに何者かの気配がある。政宗が片膝をついたまま傍に置いていた、太刀を持ち上げた。貴族でありながら武芸に秀でているらしい政宗が日頃から太刀を傍に置いている。太刀を天井へと向けた。その時、天井からバタバタという音がして、何か黒い塊が降って来た。
「ちょ、ちょっと待ってよ。別に曲者じゃないってば。ちょっと俺様の主がちゃぁんと修行しているか様子を見にきただけだって。ほらほら、その危ないものをしまってくれません?」
派手な模様がついた緑を基調とした装束に身を包んだ男は、慌てて言った。
「佐助ではないか!」
「知り合いか?」
政宗が太刀を引っこめた。それを見て佐助があからさまにほっとした様子で息を吐いた。
「左様。某の従者でござる」
「アンタの従者は、わざわざ主の様子を見るのに赤の他人の屋敷に忍び込むのか?」
「そ、それは……佐助、なにゆえこのような無礼」
思わず睨むと、佐助はいやぁぁぁ。と、頭をポリポリと掻いた。




「だって、さっき。こんにちはーって行こうとしたところで、殺気飛ばされちゃって。いやぁぁぁ、驚いた。この俺様の気配を読むその鋭さもさることながら、本気で殺る気だったことにね。更に、旦那に遅すぎる春が訪れたとあれば俺様がつい忍んじゃったとしても仕方のないはなしですよ」
相手が男だから油断してたわ。と、突然真顔になった。
「春? 今は、秋でござるが?」
何を言っているのだろうと思って言うと、佐助は政宗を睨んだまま言った。
「そう簡単には認めないからね」
「ほう」
政宗も佐助を睨む。何が起きたのだろうかとオロオロしていると、突然佐助が幸村の方を向いた。
「ところで、旦那。銀髪の鬼の話していたでしょう?」
「アンタには関係ない」
入ってくるなとばかりに政宗が顔を顰めると、佐助がにっこりと笑った。
「そんなこと言っちゃっていいの? 俺様その銀髪の鬼を知ってるのに?」


「なんだと?!」
「なんと!!」


「どうしようっかなぁ」

嬉しそうに勿体ぶる佐助に政宗は額に青筋立てたまま。
「月影」
と、言った。すると、月影はするりと佐助の影の中に入って行った。
「えっ、ちょ、ちょっと何これ。俺様動けないんですけど?!」
佐助が叫んだ。
「絞めろ」
政宗の命令で、佐助の影に溶け込んだ月影が佐助の影をぎゅっと絞った。
「イイタタタタタタタッ。ちょ、マジで絞まってる。痛ッッ。わかった、わかったから。話す、話しますって!」
佐助の降参に気を良くした政宗は、さきほどの佐助の笑顔に劣らぬ実にいい笑顔をした。幸村は思った。
(気をつけよう)
佐助の犠牲は無駄にはしない。そう心に刻んだ幸村であった。






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あの時代の家屋に天井がちゃんとあったのか実は知らなかったりしていますが、佐助のためにあったということで(笑)
空気だけ平安なので、刀ではなく太刀にさせていただきました。なんとなくそのほうが合うかなと。
ここまで読んでくださってありがとうございました!
2011.9.14.ブログに掲載