六.


部屋に連れて来られたのはいいが、政宗は黙ったままである。
居心地悪くその場に幸村もまた黙って座っていると、政宗が幸村の方をみて首を傾げた。


「何でござるか」
「いや。ちょっと、な」
おかしいよな。と、言うように政宗は首を振った。何を真剣に自問自答しているのかわからなかったが、幸村にとっては落ち着かないことこの上なしである。だから、幸村は立ちあがって部屋の障子戸を開いた。爽やかな風が入り込んできて幸村の前髪を揺らす。もう秋が近いのだなと思いながら、空を見上げた。空は夏の頃よりも高く、秋の到来を実感させた。
そういえば。皆はどうしているだろうか。幸村は武田一門の皆を思い浮かべた。敬愛するお館様である信玄。修行のために伊達政宗の元へ行くと告げた時、一人だけ大反対した佐助。何故あれほど反対したのかと今でも謎であるが、佐助も今の幸村を見れば認めてくれるかもしれない。なにしろ、自分はあやかしが見えることはおろか、こうやってあやかしたちと交流まで持てているのだから。……まぁ、たぶん皆が期待する方向にではないことはわかっているけれど。
「幸村、アンタ。あやかしが嫌ではないのか?」
庭の景色を眺めながらつらつらととりとめもない事を考えていた幸村に政宗が背後から話しかけてきた。幸村は体を庭の方に向けたまま、半身を捻って振り返す。
政宗は、柱に体を預けて腕組みをしている。



「嫌とは……、意味がよくわからぬ」
「普通、アンタたちみたいな連中は、あやかしを祓うのが仕事だろう?」
そういうことか。それならば、答えは簡単である。
「ここのあやかしは、悪い存在とはとても思えぬ故。覚えておられるだろうか。それがしが初めてここに参った時に、あやかしが見えぬと言っておった時に、政宗殿だけではなくあやかしたちまでもが親身になってくれた。そんな彼らを悪く思えるはずもないし、政宗殿が……」
言いかけて口を噤んだ。
「俺が、何だって?」
政宗が立ち上がった。幸村は表情を見られまいと、慌てて庭の方に向き直った。だが、政宗は足を止めることなく近寄って来て幸村が自分の身一つ分だけ開いた戸を大きく開き隣に立った。風が政宗の前髪を揺らしている。普段は長めの前髪が邪魔してよく見えないその顔立ちはとても端正であった。
政宗が眩しそうに目を細めた。そのまま幸村の方を見ずに呟いた。
「秋だな……」
まだ気温は高いのに、政宗は秋だと言った。同じように空を見上げている。その目には、幸村には見えない何かが映っているのだろうか。
「空が、高くなったでござるな」
しばらく二人して空を眺め続けていた。政宗は先ほどの問いをもう一度言ったりはしなかった。じっと待ってくれている。言いたくないならば、いい。と、言ってもらえているようだった。この人は、不思議だ。でも、優しい。そう考えると、自然と幸村の口から言葉が零れ落ちた。
「それがしが、あやかしが嫌ではないのは。政宗殿があまりにも彼らに優しいからでござるよ」
「俺が?」
意外そうに政宗が言った。自覚がなかったのだろう。幸村の口元に微笑が浮かぶ。
「そうでござるよ。政宗殿は、人間と相対するときの数倍、あやかしたちと話すときは優しいでござる。口調も態度も何もかも。大切しているのが見ていてよくわかる。だからこそ、ここにはたくさんのあやかしたちが集うのござろう。それがしには会話は聴こえぬ。だが、彼らが政宗殿を慕っておるのはよくわかる。故に、嫌わぬ」
「そうか……」
政宗がふわっと笑った。初めての表情に幸村は息を飲んだ。本当に幸せそうな笑みだったからだ。なにかこう心の臓がぎゅうっと、するのは何なのか。よくわからないまま幸村は目を逸らした。
「アンタ、変わってるな。普通、俺みたいのは嫌われて当然なんだぜ?」
「そのようなことはない!」
断言してから、言った言葉に恥ずかしくなった。なにやら、ひどく恥ずかしいことを先ほどから口にしているような気がする。誤魔化すように幸村は、庭に飛び出した。そうして振り返る。室内に残った政宗を見上げて言った。



「用件とはそれでござるか。ならば、それがしはあやかしが嫌ではない。故に、政宗殿の屋敷に住まう皆が嫌いではない。だからこそ、お手伝いをするのでござる。さ、参ろうぞ。一葉殿のご友人をさがすのでござろう?」
一気にまくしたてるように言うと、政宗が小さく笑った。
「そうだな。アンタの言うとおりだ。もうそろそろ、誰かが何かを掴んできたかもしれねぇな。アンタの部屋に戻るか」
政宗がさっさと部屋を出ていく。裸足のまま外に飛び出してしまったからまた上がるのに抵抗を感じたが仕方がない。慌てて室内に戻った幸村は政宗の後を追った。


「待たれよ。なにゆえ、それがしの部屋が集合場所でござるのかっ?!」
幸村の叫びが聞き入れられること無く部屋には再びあやかしたちが集まって来ていた。 






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次回話の転換期になります。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
2011.9.4.ブログに掲載