四.




消えた藤影の手がかりを探しに二人は問題の寺にやってきていた。当然、もののけが出ると噂になったせいか人影はない。政宗の話によると、そんなものを気にしない物盗りですら近寄らないという。当然目撃者などいるわけがない。人間がいたとしても、あやかしが見えなければ意味がないのではあったが。
政宗は何を探しに来たのだろうか。幸村は、隣を歩く政宗を窺うが彼は涼しい顔つきのまま辺りを見回している。その政宗に抱えられた形の一葉は、不安そうな顔つきであたりをきょろきょろと見回している。
(本当になにもないな)
寺だったということがわかるのは、建物の感じが寺というだけで、取って行けるものは皆持ち去られてしまって亡くなってしまっていた。お堂になければならないはずのものもない。そんな寺の敷地内の庭は当然、雑草が覆茂り手入れなどされてはいない。その庭の奥にひっそりと残っているものがあった。藤棚の残骸である。植物はとうに枯れてしまっていた。





「藤影はこの藤棚に棲んでいた」
いつのまにか政宗がその藤棚に近寄って行って、そっと触れた。それは、ちょっと触ってしまっただけで崩れてしまいそうなほど傷んでいる。幸村は、なんとなく自分が触ると壊してしまうような気がして、触らないでおいた。
「この藤棚に咲く藤の花の影がここに取り残されてしまった。それが藤影だ。一葉は花挿しのつくも神だったから、この藤棚に取り残されてしまった藤影のことに気づいたらしい。ちょくちょくここに連れて来てもらっては藤影とお話をしたそうだ」
「連れて来てもらった?」
一葉と目が合った。一葉は花挿しだったから頷くなんてことができないが、そうだと言っているように思えた。
「仲間の二本足で歩いて移動できるあやかしたちにだ」
「なるほど」
もっとも顔で頷いてみたものの、いまいちピンとこなかった。人間的に言えば友人に担いで連れてきてもらったようなものだろうか。とにかく、一葉はここに来て藤影とお話をした。そのお友達が消えてしまったから悲しいということだ。
「政宗殿は、なぜここに?」
「あやかしの目撃者がいないかと思ったんだが」
「おお」
言われてみれば。
人間の目撃者がいなくても、この辺りは怪異続きと噂の場所である。あやかしの一匹や二匹いてもおかしくはない。そう思って、周囲を見回す。しかし、それらしい影はない。
「おかしいな」
「影がおらんでござるな」
一葉が政宗の懐に潜り込んだ。何か嫌なことがあったかのような様子に、政宗が片眉を持ち上げた。
「それがし、影が見えぬ場所は神域以外では初めてでござるよ」
そうなのだ。幸村が最近まで影だと思っていたものたちは、皆あやかしだ。それならば、幸村はその影たちを見なかったことがほとんどないのである。信玄についていった朝廷でも、寺でも神社でも。神の棲む地と言われる神域以外では必ずといって見てきたものが、ここにはない。だが、ここは決して神域ではない。加護するものが消え失せたただの廃寺である。と、なると可能性は一つである。





「一度、祓われたのだな」
だが、ここは人に見捨てられた場所だから気が淀み一度清められた場所もまた淀んでゆく。それで一葉は嫌がる程度で済むのだろう。
「しかし、政宗殿は祓われてなどおらぬと」
「Yes、そう言った。だが、俺が訪れたときと状況が変わっている。この場は俺が来た後に清められている」
と、なると結論は一つ。幸村は政宗の懐に視線を注いだ。だが政宗は首を横に振った。
「一葉が言うには、藤影が消えたときは他のあやかしたちは普通に暮らしていたそうだ。第一、一葉がこの場が清められていたら入れなかったはずだ」
そうだった。では、藤影が消えたあとにこの場が清められたことになる。
「では、何者かはわからぬが力のある誰かがこの場を祓い清めてしまった。それで藤影以外のあやかしはいなくなったのでござるか」
「それが一番しっくりくる結論だな」
しかし、そうなると手がかりはゼロになってしまう。幸村が政宗がどう出るのかと思っていると政宗は、嫌がる一葉を連れたままさっさと寺を出ていった。幸村は慌てて追いかけた。
「政宗殿?」
「他にもあやかしが消えている。なにか共通した事柄がねぇか探したほうがいいかもしれない。屋敷に戻って、あいつらに頼んでみようぜ。あやかし同士のほうが情報が得られる可能性が高いしな。一葉、悪いな。すぐには解決してやれそうにない」
懐の一葉に触れる。政宗の懐の中で一葉は気にしないでというように目を瞑った。





やはり、伊達政宗はあやかしに優しい。幸村からみるとちょっと意地悪な政宗だが、あやかしが絡むと政宗は優しい。あんな穏やかな顔をできるのだなと感心することがよくある。普段はちょっと斜に構えた笑いを浮かべるというのに。
(だが、それがしの願いを聞き入れてくださった時点で本来はとてもお優しいのかもしれぬな)
 そうでなければ、幸村など摘まみだされて終わりだったに違いない。


「Hey、幸村! どうした?」
「な、なんでもござらぬ」


ほら、こうやって気にかけてくれる。やはり優しい方なのだ。幸村は政宗の背中を追い掛けながらそんなことを思った。






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たいして進展してなくてすみません(汗)
次回。ちょっとだけ進みます。


2011.6.17.更新

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