三.





伊達政宗殿は、非常に不思議である。



これが、半月ばかり共に暮らした幸村の正直な感想である。政宗は下級といえど貴族である。その彼の暮らしは、幸村のものとはずいぶんと違っていたが、不思議なのはそこではない。
政宗は、毎日あやかしたちに囲まれているのだ。彼はあやかしに愛されているといってもよかった。幸村が最近までシミと思っていたのはあやかしだと知ったばかりであるが、敬愛するお館様の信玄からあやかしには人と同じくいいものもいれば悪いものもいると聞かされていた。幸村たち武田の者は悪いものを退治するのが生業。それを手助けしてもらうのに良いあやかしたちである。その手助けしてくれる彼らを式神として使役するのが武田の者。だが、幸村にはあやかしが見えず……今は見えていたことが発覚したが言葉は交わせないのでそれはいない。故に、政宗の傍にいて少しでも会話できるように修行をと思っているのだが政宗は空気を吸うように彼らと会話をしている。あやかしも政宗を慕って、彼のまわりに集まってくる。政宗が特になにかを与えている様子はない。それにも関わらず、政宗の周りであやかしを見ない日はなかった。政宗によると、彼らは幸村を受け入れてくれているらしい。まことにありがたいことである。最近は、身ぶり手ぶりで少しだけ彼らと交流をもつことができるようになってきていた。


(やっぱり政宗殿は不思議だ)
武田のものでさえ、どんなに善良なあやかしだったとしても長く一緒にいれば体を病んでしまうという。だが、政宗はあれほどに一緒にいても全くそういったことはなさそうだった。それは幸村もである。もしかしたらこの家は、不思議な磁場になっていてそれゆえに害を受けないのかもしれない。だが、それにしたって政宗はあまりにもあやかし相手に無防備だ。以前それを問うと政宗は笑った。
「こいつらは、大丈夫だ」
何をもってそういうのか幸村にはわからない何かがあるのだろうが、朝廷に顔を出す陰陽師よりも政宗のほうがよっぽどすごい術師であると思う。
「なにゆえ、陰陽師になられなかったのだ」
そう問うと、政宗は非常に嫌な顔をした。
「こいつらを狩る立場になんぞ興味はねぇな。アンタだって、朝廷の陰陽衆どもの生臭さ知ってるだろう。坊主とどっこいどっこいだぜ」
俺は嫌だね。と、鼻を鳴らした。確かに、彼らのそういった部分は幸村も好きではなかった。だが、この才能はもったいないと思うのは幸村だけではないはずである。
「それよりも、アンタ。ここに住んで少しはあやかしと話せるようになったか?」
「……いや。だ、だが。意志疎通はだいぶできるようになり申した」
「そうか。そいつは僥倖だ。ならアンタにも手伝ってもらっていいか……
「手伝う?」
「Yes。前に言っただろう。俺はこういう生活しているからあやかしから頼まれごとをするって」
「おお!」
言われた記憶がある。だが、それ以降政宗がこの話題を振ることもなかったのですっかり忘れていた。
「まぁ、そのまま忘れてくれてもよかったんだが。その頼まれごとなんだがな。アンタ、この京のはずれにある小さなお堂を知ってるか?」






政宗が床の上を四角くなぞった。京ということらしい。その東北東あたりに指を置く。そこは知っている。
「あの怪異続きと噂の廃寺がある場所でござるな」
「ああ、そこにな。一匹のあやかし者が住んでいた。名を藤影という。こいつは何の悪さもしないあやかしだったんだが、ある日突然消えた」
「ちょっと待ってくだされ。確かあの場所は、祓い済のはず」
政宗は顔を顰めた。その政宗の膝の上によじ登ったのは花挿しの一葉である。政宗は安心させるように一葉を撫でてやりながら続ける。
「そうらしいな。だが、奴は祓われたわけではない。代わりに何を追っ払ったかしらねぇがな。藤影が消えたのは、陰陽師だか修験僧だが知らんがそいつらがお祓いをした直後だ」
政宗が一葉を持ち上げた。一葉は悲しげな目で幸村を見ている。
「一葉と藤影は友達だったそうだ。一葉は、藤影が消えてしまった理由を知りたいと言っている」
「しかし、そのあやかし。自ら消えたのだろう?ならば」
もう、戻らないのでは。一葉があまりに悲しそうだったので最後まで言えずに言葉をつぐむと政宗が一葉を再び膝の上に置いた。
「藤影は弱いあやかしだ。それゆえに、自分の縄張りから自らでることは殆んどない。その藤影が消えた。他にも、いくつか消えてしまったあやかしたちがいる」
その全員が、陰陽師や修験者。つまり人間が、お祓いをしたときは平気で、そのあと跡形もなく消えているいるという。
「やはり調伏されてしまったのではないか?」
「No。実はな……、俺もその現場を見ていた。奴らは、確かに何もない場所に向かって祈祷している。あやかしたちは皆逃げ出していてその場所にはいない。そのあとも清められて住めなくなったとかいうならわかる。だがな」
まったくもって問題ないという。穢されたわけでもなく、浄化されたわけでもなく。そのままだったようだ。それなのに、消えた。友人である一葉に告げることもなく。
政宗の膝の上の一葉は、何かを政宗に訴えていた。
「一葉は、いなくなったのではなく消えた。攫われたと言っている」
「妖怪を攫う」
そんな馬鹿なと思ったが、一葉は真剣である。縋るような眼差しで政宗を見上げる。政宗は、一葉に視線を落とすと安心しろというように目元を和らげた。大事そうに一葉を撫でてた。
(あやかしには、優しいのでござるな)
人間相手。特に同じ貴族たちのことを話す顔つきとは全く違う。この人は、人間が嫌いなのかもしれない。なぜだかそれが酷く気に入らなかった。
「相手が人間なのか、あやかしなのかはわからんが。藤影を探す」
一葉が嬉しそうに飛びはねた。
「とりあえずは、どうするでござるか」
「現場に行こうと思う」
「承知」




2011.6.3.更新

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