二.


勢いって怖い。
政宗は室内であやかしたちを見ようと必死すぎる幸村を半分呆れ顔で眺めながら思っている。



武田一門。
この名前を京で知らぬものはいない。朝廷で幅を利かせている陰陽師衆ではないが、“本物”と名高い一門であった。実は、京で起こる怪異の大半を鎮めているのは彼らであるという噂もあるほどだ。その武田を束ねているのが武田信玄という男であった。噂によると、修験僧や陰陽師というよりも東国武士の棟梁と言った方が似合うような風貌をしているらしい。武田は朝廷に出入りしているわけではなかったから、直接は知らない。ただ、政宗も本物だと思う理由はそれなりにあった。それは、彼らの門下に連なる者だと名乗る輩が政宗の元に一度も訪れたことがなかったからである。それは、政宗の家に集まるあやかしたちが人にとって無害であると承知しているのではないかと思うからだ。
政宗の屋敷は、親より譲り受けた身分相応の実に慎ましやかな邸である。権勢を誇る関白家に連なるきらびやかな家々とは違って、本当に末端の下級貴族の屋敷であった。いずれはどこか己の出世に有利なそこそこの身分の家の娘と縁づいて家を大きくするのが貴族として当然の生き方なのであろうが、どちらかというと好きな歌や楽などを気楽に楽しめる軽輩の身がよかった。そんな悪く言えば地味な身分の政宗の屋敷に集まるあやかしが京に禍を呼ぶものであるはずもない。なんといっても、取り憑く人間がちっぽけ過ぎる。祭りごとのまの字も変えられない。と、政宗は冷静に思う訳だが、大きなお世話を焼きに来るその道の熟練者とやらたちは皆口々に禍がとか大きな災厄がとかと騒ぐ。しかも、大体がただの石やら木やらに向かってそこにいるなどと告げる。彼らの背後で、政宗の“友”たちがあっかんべぇとやっていることにもまるで気づかない。まぁ…幸村が政宗をあやかしだと思い込んでいたあたりで武田も少々あやしかったりするが、あやかしがみえないと悩む幸村の様子からみて、いままでの連中とは違うのだろう。




(その武田の後継ぎ殿か)
どこからみても、純朴そうな若者である。さきほどから熱心に天井を見つめているが、そこには残念なことになにもない。見えないのは当り前である。あまりに幸村が必死なので、あやかしたちはなにやら不穏な空気を感じたのか隣室に逃げて行ってしまっている。
政宗の目からみると、あやかしたちはごっそりと山になって屏風から政宗たちのほうを覗き込むようにしている。なかなかに面白い光景である。
「あの人間は我らが見えぬのか?」
そのうちいつも政宗に話しかけてくる小さな影が、問いかけた。
「見えてねぇみてぇだな」
「我らが見えぬ者が一緒におっても我らはここに居れるのか?」
「問題ないだろうよ。どうもお前たちを追い散らしたいわけではなく、見たいだけみたいだからな」
「よいのか! それはよいことを聞いた。のう、みんな」
そうじゃ、そうじゃとあやかしたちは口々に言った。そうか。人間が来て追い出されると思ったのか。そのなかの一人、花挿しのつくも神である一葉がぴょんと、飛び出て来た。元々の体である花瓶に目がぎょろりとした目が二つ。なかなかに愛嬌のある見かけをしている。もちろん、普通にはただの花挿しにしか見えないのだが。
「元々、花挿しの私なら彼も見えるのではないか」
「OH,確かに。Hey、幸村。アンタ。この花挿しは見えるか?」
突然始まった会話に、驚きいっぱいの顔でいた幸村が政宗の指し示した場所を凝視した。もうこれ以上というぐらいないほどの凝視である。顔を突き出し、花挿しに鼻がつくのではないかという至近距離で。
「花挿しは……みえるでござるな」
「政宗……近いよ、この人間近すぎるよ!」
怯えが走った顔つきの一葉がおかしくて笑いそうになった。
「で、花挿しはどうみえる?」
「花挿しに顔が描いてあるでござるな」
変わった花挿しでござるな。と、言った。
「政宗……この人間見えておらぬか?」
「俺もそう思う……おい、月華。アンタならどうだ?」
すると、あやかしたちの山のなかからするりと影が抜け出てきた。彼女は、持ち主が忘れ去ってしまった影である。
「何が見える?」
幸村はガバッと、政宗が示した屏風に突進した。月華がいる寸前で止まり、目を細めて凝視した。
「……まぁ」
月華は困ったように肩をすくめた。
「この屏風。たくさんのしみがござるな。面妖なことに人型やら不思議な紋様やら様々でござるな。怪異でござるか?!」
幸村は、真剣だった。


「……」
「……」


あやかしたちと政宗は、同時に頭を抱えた。
見えている。
間違いなく見えている!
しみと言ったのは、月華のことだけではない。たぶん屏風のあたりから顔を出している政宗の家に棲みついている影たちであろう。形のある者たちは、屏風の後ろに姿を隠してしまっているから間違いない。あやしが見えぬものが屏風を見たら、ただの安っぽい屏風にしか見えないはずだ。
要は、こういうことか。政宗は遠い目をしてから、幸村に視線を戻した。幸村は、政宗がどういうのか緊張して待っているようで、正座をしてじっとしていた。
これは、どうしたものか。
「一つ聞くが。アンタはよくこういうシミをみたりしないか?」
「よくわかるでござるなぁ。それがしがでかけるところ、いつもこのようなシミをみつけるでござるよ。面妖な杯やら更やらも。珍しきものにはよく出会うでござるよ」
「……で、あやかしは」
「見えぬ」
項垂れた。
ああ、どうすればいいのだろうか。
途方に暮れたまま、政宗はやや投げやりに口を開いた。
「そのシミがあやかしなんだがな」
「なぬっ! ど、どこにっ」
幸村は屏風に突進した。勢い余って、屏風に向かってつんのめった。
「ぎゃっ」
「こら、乱暴にするでない。屏風が倒れるではないかっ」
「何故、姿が見えて声が聴こえて居らぬのだ、若造」
「ちょ、待てと言っておろう!」
「政宗、止めよ!」
大混乱である。そのまま幸村は屏風につっこみ背後に隠れていたつくも神たちは、大事な体が傷つくのを恐れてわっ。と、逃げ出した。だが、影たちは逃げ遅れて幸村と一緒に後ろに倒れ込んだ。何体かは、ぽん。と、宙を舞った。そのうちの一体が幸村の頭の上に落ちて、ぽん。と、消えた。
「危ないではないか」
「我らは痛みはないけれど」
「ひどいではないか」
口々に文句を言うあやかしたちに埋もれる格好となった幸村はというと。


「この黒きしみがあやかし…! うぉぉぉぉぉぉ見えたあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ」


感激にうち震えていた。



「そうか、それがしはずっと見えておったのか」
落ち着いた頃を見計らって、政宗はずっと見えていたことを幸村に説明してやった。すると、幸村はあやかしたちをちらちら見ては笑顔になる。無邪気に喜んでいる姿はかわいらしいのだが、これで彼の目的は達せられた。と、いうことはあの提案はなかったことになるなと思い政宗が口にすると幸村はいきなり真顔になり居住まいを正した。
「そのことだが…改めてお願い申しあげる。それがし、あやかしはみえることはわかった。だが、政宗殿のように彼らの声は聞こえぬ。故にそれがし専用の式をみつけることができぬ。幼少の頃より、あやかしが見えたのちの修練についてはきかされており申した。あやかしと友になれと。心を通わせてこそ言葉が通じると。そこで、それがしは。ここでお世話になりつつ、あやかしと心を通わせ言葉がわかるようになりたいと思う。どうかここにしばしの間、おいてくだされ!」
土下座をした。そうして上目遣いに政宗を見る。
その目が必死な犬を連想させて、政宗はぐっとつまった。
その政宗の方の上に影が一体乗り、その後ろに月華が張り付いた。
「いいじゃない」
「よいではないか」
面白そうと続く彼らの言葉を聞きながら、ここで断ってもたぶん幸村は毎日通ってくるのだろうなぁ。と、考えた。なんせ、本当に必死だったからだ。
常に全力とみた。
出会ってそんなに時間が経ってないが、予想はついた。それが案外嫌いじゃないから始末に困る。
床に頭をすりつけるようにしている幸村を眺め、政宗は天を仰いだ。


「一つ飲んで欲しい条件がある」
「なんでござろうか」
政宗はちらり。と、つくも神たちが避難したあたりを眺めて言った。
「俺はこのようにあやかしと懇意だ。懇意ゆえに、不思議な頼みごとを彼らからされたりもする。その頼みごとを片付ける手伝いをするっていうなら……いいぜ」
幸村は顔をあげた。それは願ってもないというようなキラキラした目で政宗を見て大きく頷いた。
何故だがわからないが、この顔には勝てそうにないなと思った政宗であった。



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やっと説明的序盤が終わりました。次回から本編にはいります。
本当に自由人な内容な上、何も調べておらん空想話なので・・・そのつもりで読んでいただけると嬉しかったりします。


2011.5.27.更新

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