■月の影 2■




政宗と別れて、自室へと戻ってきた幸村は一度は横になったが、眠ることなどできず起き上った。
すぐに眠らなければと思うのに、このままでは眠れそうにもない。そのまま膝を抱えて、顔を埋めた。
まだ、心臓が煩い。
なにゆえこのように心が騒いでいるのか幸村にはよくわからなかった。


ただ、政宗と共に月を見ていただけだ。と、幸村は己に言いきかせた。言い聞かせなければならないのはなぜだろうかと思いながら。
確かに、手を繋いだのは普通とは言えないけれど、それにしたって大したことではない。政宗も幸村も男であって、男女が夜更けに密かに会って手を握り合っているわけでもない。逢い引きなんかではない。たまたまなのだ。偶然の産物にすぎない。手を繋いだのも、政宗の気まぐれ以外の何物でもないだろう。そう思うと、なぜか心が沈む。
なぜだ。幸村は眉を顰めた。


それにしても。
あの時の感触と熱が未だに幸村の頭から離れないのはどういうわけか。政宗と繋いでいた左手を開いて、膝の間に埋めている顔を少しだけあげて横目で見てみる。なんの変哲もないただの左手。槍でできたタコだらけの決して綺麗ではない武将の手だ。
この手と政宗の剣蛸のある少しかさついた骨ばった手が重なっただけの・・・。
「・・・・・・!」
駄目だ、まただ。
息が苦しくなってしまう。胸を締め付けられたような感覚に戸惑った。
手を繋いだ。そのことに、自分が今。激しく動揺していた。
顔が熱い。
喉が、乾く。
これは決して今、膝に顔をうずめているせいではない。
恥ずかしかったのだろうか。
誰もいないとはいえ、幼子の頃ならいざ知らず元服もとうの昔に終えた男が手を繋ぐなど。
しかし、あの時幸村は政宗の手を払おうとは全く思わなかった。
むしろ戸惑いつつも、どこか嬉しかったようにさえ思う。



(嬉しい・・・だと・・・?)


びくっ。と、した。嬉しいだなんてまるで、自分がそのことを期待していたかのようではないか。そんなことない。
政宗と幸村はいずれは命をかけた真剣勝負を何に邪魔されることなくすることを望む相手同士。
すなわち、どちらかが勝利したときにはどちらかが死ぬということである。
武将として、一人の男としてそこに躊躇いはなかった。もし、そこで幸村が死すとしても相手が政宗ならば本望である。だが、そこに恋愛感情などあろうはずもない。
あるのは、対等にありたいと思う心のみである。
友情とも少し違う・・・戦友といったほうが正しいか。そう、思っていた。
しかし、そんな相手が手を握ってきて嬉しいなんておかしいではないか。
どうして、嬉しかったのだろうか。
手を握り合うことが、心を許してくれたと思ったからだろうか。
いや、違う。
普通、男同士が手を握りあったりはしない。




あのとき、握りしめた手が熱を帯びたのは決して夏の夜の暑さ故にではなかった。
政宗が握っている手がひたすら熱かった。彼の手の感触、体温。少し汗ばんている手のひら。そのすべてが、幸村の胸の内にいいようのない感情を引き出したためであった。
恥ずかしいような嬉しいような。ひどく焦燥感に似た落ち着かなさ。その時に感じたことは、本当に幸村の理解を超えていた。
政宗の視線が強すぎてその瞳から目を離すことができなかったとき、幸村は本当に息が止まってしまいそうだった。この目に映っているのは、自分だけだと思うとどうしようもなく心が騒いだ。
甘く痺れたような熱が、奥底からわきあがって幸村を包み込んだ。
あの瞬間、確かに幸村の中で何かが生まれたのかもしれない。


まさか。と、思う。そんな馬鹿なとも思う。




でも、心がこうまで騒ぐのは、否定しようのない事実であった。あのように他のものと並んで月を見上げたとしても、同じ結末にはならないだろうと思う。佐助でも、政宗の従者の小十郎でも敬愛する信玄であろうともきっと、ない。あれは相手が政宗だったからだ。



伊達政宗。
川中島で出会って以来、彼は幸村の心の中で特別な地位を獲得している男である。それは、信玄と謙信のようなものだとずっと思ってきた。
だから、どんなときでも政宗を気にかけるのはおかしなことではないと思っていた。
幸村の知らぬところで彼が苦境に立たされると、いても立ってもいられなくなるのは自分との勝負がまだであるからだと信じていた。
けれど、それはずっと違ったのかもしれない。


幸村にとって、政宗はいつか真剣勝負をと望む相手ではあるが常に先を行く男であった。いつも、その背中ばかりがこちらを向いている。いつか並び顔を合わせたいと思ったことも一度ではない。信玄や佐助にいわれるまでもなく、一国を背負う政宗は幸村よりもずっと大人だった。
すべてがいいとは思わないけれど、少しだけ憧れていたりもした。あんなふうに強くありたいと。そうして、いつかは対等の立場で相まみえたいと。
だが、そこに違う感情が隠れていたなんて知りもしなかった。こんな風に知りたくもなかった。


政宗と繋いだ手の感触を繰り返し思いだしている自分自身の感情なんて、とっくに明白で。
眠ることもできずにいる今の幸村の状態が、なによりも雄弁に己の感情を語っている。



ああ・・・と、幸村は強く膝に顔を押し付けた。
きっと、今。自分は耳まで赤いに違いない。



(それがしは、政宗殿が好きなのだ)



政宗は、気まぐれで手を繋いだのだろうか。
そうではなかったとしたら・・・・?

幸村は、顔を上げた。障子を通して室内に差し込んだ月の光に目を落とす。
淡い光のような淡い想いを抱えていていいのだろうか。
その答えが出るときはこないのだろうと、幸村は思った。











アニメをみて。幸村は政宗を気にしすぎで、どうにもたまらん感じです。ちょっと妄想してみました。
あの子は政宗好きすぎて、好きってことに気付けてないと思うんですよ。
本当にかわいいです・・・。

ブログ掲載 2010.07.27.
サイト再録 2010.08.23.

*ブラウザを閉じてお戻りください。