■白露5■



甲斐屋から改めてきいた商家のあった場所に政宗と幸村は立っていた。今は別の商人が店を構え、そこそこ繁盛しているように見えた。
「政宗殿、お清めをして建て直したとかいっておられたが」
当時のことを尋ねるのに、さきほど今の店の店主と少し話をした。そのときに、店主が祟りがあるといけないからとお祓いをしたのだと2人に告げていた。
今のところ、幸村の目にあのクドウさんのような不思議生物は見えてない。幸村は政宗曰く、政宗と関わりを持ったせいであやかしと呼ばれる、人には本来見えない生き物が見えるようになってしまったらしい。
「いや、大丈夫だ。祓われたとしても一時のこと。そもそもあいつらがいないと、家はすぐに駄目になる」
そういいながら、政宗は迷うことなく家の裏手に回り、屋根を見上げた。



「Hello」
声をかけた。幸村もつられて顔をあげた。そこには、平凡な瓦があるだけでなにもない。なにがあるのだろうと目をこらしていると。
屋根の瓦の上が、もこもこと盛り上がった。
「?!」
そうして、アッという間に黒くて丸い塊となり、ぽーん。と、飛んだ。
また、ぽん。と、飛び上がる。政宗はそれを笑顔で見上げながら、なにかよくわからぬ異国語で話かけている。
黒い塊が、ぴょん。と、飛び降りて政宗の掌の上におさまった。
その黒い塊の中央部には真っ赤に割れた口。
この形状。間違いなく見たことがある。
「クドウさん!!」
幸村が叫ぶと、塊は抗議するように跳ねた。それを政宗が撫でながらなだめている。
政宗は幸村の顔をまっすぐに見た。
「クドウさんは、この間の住まいに帰っただろうが」
「し、しかし。形状が一緒でござる」
どうみたってクドウさんだ。あの政宗と幸村の接吻の間、2人の体の間で押しつぶされたクドウさんだ。
あんなものたくさんいてたまるか。と、幸村は思った。


「NO。ヨサクさんだ」
「ヨサク」


ヨサクさん!

奇妙に甲高い声が、あの不気味な口から発せられた。こんなにクドウさんは甲高くなかったとは思うが、見た目が同じ。つまりは・・・あの種族。たくさんいるのか。
「こいつらは、家に憑くっていったろ? たくさんいるぞ。もちろん、アンタの家にもな」
「?!」
嘘だ、見たことない。めいいっぱい目を開いて驚いていると、政宗がこともなげに自分がいるから怖がって出てこないだけだと言った。
「なるほど、それで・・・・・い、今。何と言われた?」
「だから、俺を怖がって出てこないだけ」
「!!」


こ、これは由々しき事態である。ヨサクさんも気にはなるが、問題は屋敷だ。
(ま、まさか。アレもコレも全部きかれていたのでは・・・・・)




「うあぁぁぁぁぁぁぁっぁぁああああああああああああああ!!!!!!!!!!」



恥ずかしいでござるぅぅぅぅぅ。と、叫びながら、幸村は真っ赤な顔をしてその場から駆け出す。一瞬、政宗がぽかん。と、した顔をしたあと、ヨサクさんを連れたまま追いかけてくる。
ヨサクを連れてこないでくれ。いっそのことこのまま消えさせてくれ。そんなことを大絶叫しながら幸村は走った。そうして、いつのまにかあの河原にたどりついたことに気づき、愕然とする。
「そ、それがしは。決してこのようなとろこでしたくはなかったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「じゃぁ、密室ならいいのか」
「う、うむ。どちらかと・・・・はっ!! な、何を言わせ」
誘導尋問に引っ掛かりそうになったと、むっとして振り返った幸村の眼前に。



ヨサク。



「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
絶叫しすぎて、その場にしゃがみこんだ幸村の頭の上に、ヨサクさんがぽん。と、飛び乗ってあきらめろというようにニィと笑った。





**********





「では、その不思議な絵は。あるあやかしによって持ち込まれたというのでござるか?」
言葉が上手でないヨサクの話ではあったが、何度も根気よくきいていると大体のことの次第がわかってくる。
絵は、ある僧侶のような姿をした人型をとったあやかしがぶらりとやってきて置いて行ったらしい。
木の実と生魚もあったというから、お礼のつもりだったのだろう。
木の実と生魚はすぐに捨てられてしまったが、朝顔の絵は娘の手に渡り部屋に持ち帰られたそうだ。朝顔は、はじめもっと鮮やかな絵だったらしい。
あとの顛末は、あの藩邸で起こったことと同じだ。店主が元気になり仕事も軌道にのったらしい。
「朝顔は、言葉を話さぬのか?」
ヨサクはわからないといった。
「デモ アサガオ オドウニ イル」
「お堂?」
政宗が聞きかえす。お堂なんて今まで一言もでてこなかったことばである。
「オドウガ オウチ。アサガオ、ムスメトオワカレ カエッタ」
2人は顔を見合わせた。


ヨサクにそれ以上知っていることはなさそうだったので彼を元の家に戻した2人は、お堂を探索することにした。一応、周囲の聞き込みもと言い張る政宗はこの界隈。幸村は気が進まなかったが、僧侶姿のあやかしがやってきたという方角にある廃寺にでかかけることにした。






町がはずれにひっそりとある寺の名を知るものはいない。そこを幸村はまっすぐお堂にむかって歩いている。
崩れ落ちた建物はどこまでも不気味でいかにもなにかでそうな雰囲気であった。
だが、それを恐れる幸村ではなかったからずんずんと突き進んだ。
お堂にたどりついた。そこは、天井が落ちて半分穴があいている。扉が壊れて、キィキィ音を立てながら僅かに揺れていた。幸村は、それを大きく開いた。
中を検めようとした幸村が顔をあげた瞬間、それが目に飛びこんできて、驚いて固まった。



「な・・・・・・!!!」



そこには、誰かがわざわざ置いたとした思えない枯れた朝顔と生き生きとした朝顔の鉢植え二つが、ぽつんと置かれていた。








ブログ掲載 2010.08.07.
サイト再録 2010.08.23.

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