■白露 6■


お堂にあったのは、枯れた朝顔と元気はないがまだ咲いている朝顔。他にはなにも、なかった。幸村は周囲を警戒してみた。
だが、なにかあやしい気配というものはない。
用心しつつ、お堂の中へ体を滑り込ませた。ゆっくりと歩いて、朝顔の前に立つ。
膝をついて、花に手を差し伸べた。その時だった。


「何奴」


はっとして振りかえると、確かに人の気配はしなかったというのに一人の僧侶が立っている。
そんな馬鹿な。と、思いながらすぐに先ほどのヨサクの話を思い出す。


僧侶のような人型をとったあやかし


人間でないならば、幸村が気付かぬも道理である。
ゆっくりと立ち上がり、幸村は口を開いた。
「そなたのものか?」
「そうだ・・・人間の分際で俺の姿が見えるのか」
驚いたように言うあやかしが、急に後方に飛んだ。なんだろうか。
「アンタはどうしてこう一人でアタリを引いちまうんだ?」
ふわり。と、何かが背後に現れて幸村を包んだ。嗅ぎなれた匂いに聞き慣れた声。政宗である。
どうやって。などということは愚問である。彼は、前の前のあやかしと同じ存在であるのだから。
「政宗殿、何故それがしを抱きしめているのでござるか」
「そりゃ、お前。コイツに幸村は俺のものだと知らしめるためだ」
「!!」
なんてことをいうのだろうか。そんなこと、知らしめていいことなど一つもない。
一瞬で真っ赤になった幸村は、ジタバタするが政宗の力は思った以上に強く彼の腕から出ることはかなわない。
仕方なく大人しくすると、政宗が満足げに笑った。

「で、この朝顔が本体か・・・アンタの望みは叶ったのか?」


政宗はちらっと朝顔を見てから、男を見た。僧服に身を包んだ男が少し驚いたように息をのんでから、ゆっくりと唇を釣り上げた。
傘に隠れて男の目は目は見えない。だが、彼はどこかヤケになったかのような笑みを浮かべているように幸村には思えた。
「いや・・・」
「そうか」
政宗が短く頷いた。政宗には、ある程度の理由が見えているらしい。だが、幸村にはさっぱりわからない。問うように首を無理やり政宗の方へ向けると、政宗が視線だけで頷いた。
「こいつは・・・恩返ししたくて朝顔の絵を置いた。そうだな?」
コクリ。と、あやかしは頷いた。
「人の子には些細なことなのだと思う。だが、俺は間違いなく助けられた。何か恩返しをしたくて・・・繁栄を望むのが人と聞いた。だから」
朝顔の絵を置いてきたのだ。
「俺と共にあるのがこの朝顔だったからだ。他に友はおらぬ。ゆえに、彼らもまた恩返しをと望んだ。だが」
「人は、アンタが思う以上に強欲だった」
悲しそうに男はうなだれた。幸村たちの横を通り過ぎ、枯れた朝顔に手を伸ばす。
大事そうに撫でるその姿は、ひどく寂しげだった。
「死なせてしまった。俺の咎だ。人の子よ、なぜお前たちは・・・!」
男が顔をあげた。
依然として目は見えない。
「人が憎い」
絞り出すように出された声に幸村は凍りついた。
政宗が幸村をなだめるように強く抱きしめてきた。


「違うな。アンタは人が好きだ。だからこそ、もう一度朝顔を差し出した」


何で助けられたのかは知らぬ。だが、また恩を返そうとした。
けれど、上手くいっていないようだ。
「あの絵は、もうあの男の元にはない。俺が持っている。アンタの恩返しはこうだろう。朝顔に貯めた己の力を絵に乗せて、相手を強くしてやろうと思った」
コクリと頷く。
「あの娘も強くしてやりたかった。だから、あの父親に力がつけばと思った。うまくいったはずだった・・・だが、違った」
幸村は甲斐屋の話を思い出す。商売が軌道にのったはずの一家は、最終的に離散している。
きっと、朝顔の力を吸いつくして彼等は自ら破滅したのだ。そう思うと、朝顔が気の毒でならなかった。
「アンタの望んだ強さではなく、人間はその力を無意識に己の欲を満たすためだけに使った。そうだな? あの絵の触手は、吸うためではなく吐き出すためだったんだな」
男はうなだれた。
「朝顔は俺に力を貸してくれたというのに、最後は彼らの力まで吐き出させてしまった」
がくり。と、膝を突いた。

政宗がいつのまにか幸村の背後から男の正面へと回り込んだ。
しゃがみこんで、肩に手を置いた。
「もういいだろ。朝顔なら、枯れちまったのはどうにもできないが幸いこっちはまだ生きている。こいつを人が甦らせる。それができたら、もう人間とは関るな」
政宗はそっと元気のない鉢植えを持ち上げて、振り返った。



「植物の世話は・・・できそうにもねぇな」












朝顔は、甲斐屋に引き取られた。甲斐屋には、政宗がかなり嘘八百な怪談を織り交ぜて朝顔の呪いとやらを説明をし、この枯れかけた朝顔を元気にすればあの殿様の呪いも解けると説明した。
幸村では思いつかぬような壮大な話である。自分が、本当に鬼退治を専門とする術者のような存在にすらなっている。
半分感心し、半分呆れながら政宗の話を聞いていた幸村であったが敢えてそれを否定しようとは思わなかった。

朝顔は、甲斐屋に引き取られ元気になる。
そうしたら、あの人が好きなあやかしは、静かに生きてゆけるのだ。この朝顔と共に。


「というわけで、報酬は」
「そうですね、では満額と・・・いいたいところですが、まだお武家さまの件が解決されたとはっきりしませんから半分で」


にっこりと笑った甲斐屋に政宗がつまったのは言うまでもない。







道場に帰ると、あの朝顔の絵は消えていた。代わりにあったのは、生魚とどんぐりが少し。
あのあやかしが置いて行ったものらしい。
政宗がそれを持ち上げて、こりゃ食えないな。と、呟いた。
「政宗殿、」
「人は強欲でござるな」
小さな事を感謝し恩返しを願ったあやかしの願いは、強欲すぎる人間によって無残に打ち砕かれた。
「そうでもねぇさ。本当に強欲なのは・・・・」
どんぐりを持ち上げ、ぽーん。と、政宗はそれを空高く放り投げた。それを目で追っていると、政宗の顔が急に近寄って来て。



「んっ」



触れるだけの口づけが離れていって、相手の唇が弧を描く。


「俺のようなあやかしもののことを言うんだよ」


その笑顔がひどく寂しげで、幸村は慌てて政宗に近寄って抱きしめた。
政宗は動かない。


夏の日。
じっとりと汗ばむ体をぴったりと寄り添わせたまま二人はしばらくのあいだじっとしていた。













お、終わりました。全体的によくわからない話で本当にすみません(汗)
このお話の発端は、なにかあやかしものがしたいなぁ。っていう軽い思いつきでした。
五月に同人誌で発行してみたら、思った以上に自分が楽しかったという。
そんなわけで、自発的に続編のようなものをやってしまいました。
謎解きがメインに見えて、実のところなんの謎解きもしていないというこのお話(笑)
空気だけを目指しているのでいいのです。政宗と幸村が仲良しであれば。
政宗があやかしで幸村が人間。その関係が少しでも伝わったらいいなぁと思います。
個人的にとっても楽しかったです。
あ、タイトルに意味がないですよ。と、思われるかもしれませんが。
ない。あったんだけど、なくなった(笑)
気にしないでやってもらえるとありがたいです。

最後までお付き合いいただきありがとうございました!

2010.8.09. 

ブログ掲載 2010.08.09.
サイト再録 2010.08.23.

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