■白露 4■
藩邸から持ち帰った朝顔の絵をつつんだ風呂敷を道場で広げた。
政宗が、朝顔の絵を持ち上げて裏側を凝視する。
「だ、大丈夫でござるか?」
「ああ」
政宗は熱心に、絵を調べ始めた。まずは、表側。日に透かして見るがこれといって異常は見当たらない。今度は、紙。政宗は紙を指でこすってみた。だが、紙は皺を作るだけで何かが起きるわけでもない。
「裏・・・だな」
政宗が裏側に絵を返した。びっしりと生えた根が本当に気持ち悪い。よくみると、その根がかなりはっているいるのがわかった。
しかし、おもて面は普通の絵だった。こんなことあるだろうか。
政宗に問うと、政宗は眉をしかめつつ、こいつは触手だと思うと言った。
「触手・・・でござるか?」
「ここから、養分を吸収してこの絵に力を貯めているんだろう。だが、不思議なのはこの絵が成長しているのかどうなのかさっぱりわからねぇってことだ。この絵をみろよ」
幸村は言われるがままに、絵をのぞきこんだ。
「あ! 花がしぼんでいるでござるよ」
「ああ、元気がねぇ。アンタ、覚えているか? さっき藩邸でこいつを見たときを」
幸村は記憶を掘り返した。
「あ! 花が咲いていた」
ああ、そうだ。と、政宗は言った。もし、あの藩の殿様にとりついて養分を吸い上げているのならば、この花は枯れたりはしない。そもそも、絵が枯れるなんてこともしぼむなんてこともないというのに、この花はしぼんだのだ。力を失いつつあるということなのかもしれない。
「しかも、だ。この絵が来てから、その殿様はお盛んになったそうじゃねぇか。普通、精力っつーのは吸われてゆくもんだろ」
少なくても、あやかしが差し出すなんてことはきいたことがない。政宗は言う。
「では、あやかしではないのでござるか?」
「わからねぇ。だが、この朝顔。最初に藩邸にあらわれたときよりも、元気がないとしたらどうする?」
「どういう意味でござるか?」
政宗は絵を床におき、その表面を撫でた。撫でながら、口を開く。
「もし、この仮定が事実とするなら。こいつは、身を削って殿さまに力を与えていることになる。すると、一家離散した商家もこいつのせいではないということになるな?」
「え? でも、この絵がきてから没落したと」
「そうか? 俺にはこいつが商家を盛りたててやったのに、人間がそれをふいにしたように聞こえたがな」
なぁ。と、政宗は絵に語りかけた。
あやかしには、人間とは違う感覚があるのかもしれない。幸村には政宗の言うことがさっぱり理解できない。
「どちらにせよ、調べりゃわかるか」
ひとり言のように呟いて政宗は朝顔を、そっと床に置いた。そうして幸村を振り返った。
「俺は、ちょっと探索に行ってくるがアンタはどうする?」
「それがしは・・・探索におと・・・はっ。もしやまたもクドウさんではあるまいな」
蘇る思い出は、ほんの少しの驚愕と羞恥。頬が赤らむのが自分でもわかった。あの日のことは、幸村のなかでしばしば蘇る思い出である。あの時、明確に政宗を意識しはじめたと自分でも思うからだ。でも、今は政宗は探索に行くといっただけである。何故、ここであれを思い出すのか。
己が一番破廉恥なのではないか。そんな馬鹿な。政宗のほうが上だと幸村は思った。でも、あの時の政宗の唇の感触を思いだして、体の奥が疼いているのもまた事実だった。
幸村の戸惑った様子に、幸村の複雑な心を正確に察した政宗が笑った。
笑いながら、近付いてきて顎を持ち上げて。
ちゅ。
「・・・・?!・・・・!!」
真っ赤になって、唇を口で覆った。ビタン。と、いうように壁に張り付く幸村の顔は赤い。その目はめいいっぱい見開かれている。
「い、いきなりなにをするのでござるか!」
「アンタがかわいいから、ついでで」
「ついでで、口吸いなど!!」
ついでが気に入らないのか、口吸いがいけないのか。幸村自身もわけがわからないまま怒鳴ると、政宗が落ち着けと笑いながら幸村の肩を掴む。
「なんだ、真剣にしてほしいのか? いいぜ、とっておきの濃厚なのを」
「いい!! いらぬ!! た、探索でござるな! さぁ、いくでござるよ。早くっ」
ドタドタドタと、逃げるように走り去る幸村は首まで真っ赤である。背後で政宗が笑った。
悔しい。遊ばれている。政宗などもう知らぬ。と、ぷりぷりしていると背後から声がかかる。
「Hey,行き先わかってんのか?」
「?!」
片足を上げて凍りついた幸村に、またも政宗の笑い声が襲いかかる。
政宗はゆっくりと歩いて幸村の背後まで来て、ふわりと抱きしめた。
息がとまった。政宗の行動が唐突すぎる。それがどんな影響を幸村に及ぼすのか、彼は知っているのだろうか。今も、ドキドキしすぎておかしくなりそうだ。
「まずは、最初に怪異のあった商家の探索だ。そこにいる小さき存在から話をきくぞ・・・早く解決しないとな?」
「だ、抱きしめる意味がわかりませぬ・・・!」
政宗の腕から抜け出さなくては。なにやら空気がおかしい。それ以前に、自分の様子がおかしくなる。
幸村は必死にもがくが、政宗は幸村をやわらかく抱きしめているはずのになぜか腕が外れない。
逆に強く引き寄せられて、政宗の匂いに包まれて幸村は真っ赤なまま硬直した。
「・・・意味ならあるぜ・・・。早く解決して・・・・、アンタをめいいっぱい愛したい」
と、囁かれたた幸村が、降参という名の絶叫をしたのは仕方のない話だった。
「ははははは、破廉恥!!」
「光栄だ」
もがく幸村を今度はあっさりと解放した政宗が、先を歩く。
「政宗殿!!」
「HAHAHA!」
半分泣きそうになりながら幸村は追う。それを嬉しそうに政宗は笑う。
破廉恥なあやかし。でも、なんだかそれが妙にどこか嬉しくて、幸村は怒りつつ胸が高鳴っている。
それを見せまいと、幸村は首を振った。今、知られたらとんでもないことになる。
(いやいや、今は探索がさきでござるよ!)
そうだ、そうしないと。無理矢理、朝顔の絵に意識をもってきて幸村は政宗の後を追う。
一枚の不思議な絵。
そのなんとも不思議な能力を知ることになるとは、このとき幸村は夢にも思っていなかった。
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ブログ掲載 2010.07.26.
サイト再録 2010.08.23.
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