■白露3■




「ま、政宗殿・・・」
「あぁ、言いたいことはよくわかるぜ」


二人は、今。非常に困惑していた。ここに来ることを希望してやってきたことは間違いない。だが、こんな状態になっていいとは一言も言ってなかった。


広すぎる庭は、立派すぎて言葉もない。
室内の調度品というよりも部屋を構成しているものすべてがどうみても最高級品。畳の滑らかさと美しさといったら、幸村の屋敷の畳が同じ畳だというのがはばかれるほどだ。
そんなえらい場違いな場所に2人は、いた。
「旗本じゃ・・・なかったな・・・こりゃ」
「そもそも甲斐屋殿はさる武家とは言っていたが、旗本とは言わなかったで・・・ござるな」


てっきり貧乏旗本だと思い込んでいたのは、勝手なこちらの思い込みであって。よく考えてみれば、甲斐屋はこの江戸でも一、二を争う大店である。貧乏旗本が顧客にいるはずもなかった。迂闊であった。だが、しかし。
幸村は思う。
怪異話を商人に持ち込んだのが。




某藩のお偉方



なんて誰が思うか。思うわけない。しかも、この屋敷のある場所もいけなかった。どっから考えても・・・いやもうこの藩邸の様子からまるわかりだったが、雄藩だなんて。
どうりで甲斐屋が着物を一式新調してくれるわけである。普段の唯一の夏物で行けば、門前払いされていたことは確実である。
(こ、このようなところと甲斐屋殿は懇意であるのか)
ため息がでた。そんな人物が自分のために仕事を用意し、餓死しないように気を配ってくれていることに改めて気付かされ幸村は己の情けなさにげんなりする。
(しかし、甲斐屋殿は我らをどのように説明したのであろうか)
想像がつかない。ちなりと隣に座る政宗を見た。彼は、幸村の恰好をみて服装をまた変えていた。涼しげな夏の着物に夏向きの袴を合わせ、普段は大刀一本だというのに脇差を持参していた。一般にいう侍の姿である。まさかあやかしであるなんて想像もできぬ姿だ。
その政宗は悠然と座している。妙に落ち着きはらっているので、こういった環境に慣れているようにも見えた。
「政宗殿は、緊張はせぬか」
「しねぇな。昔は・・・俺が封印される前だが城に住んでいたからな」
「城?!」
驚いて聞き返すと、政宗はそうだと肯定する。それでは、さぞかし我が家の惨状には困っておられるだろうと尋ねれば政宗は、ちょっと笑った。
「俺は今も悪くないと思ってる。なんせ、アンタと一緒だからな」
「・・・!!・・・・・!」
さらっと恥ずかしいことを言われた。顔が熱を持つのがわかる。ごまかすように咳払いをしていると、政宗がくっくっくっ。と、笑った。
何か言ってやろうと口を開こうとしたとき、足音がこちらに近づいてきたので幸村は慌てて口をつぐんだ。




やってきたのは、いかにも藩の御用人のような侍だった。
「拙者、鴨井源之助と申す。甲斐屋の申す鬼払いの一族の末裔とはそなたらか」
「お・・・・」
「そうだ」
鬼払いって何だ。と、言いかけたところを政宗が声を被せて黙らせた。横目で彼をみると、お前は黙っていろというように軽く眉を跳ね上げている。
「朝顔の絵を所有されていると聞いて参った。絵はいずこに」
自己紹介もせずに政宗は用件だけを言う。そのようすに鼻白んだ様子だった鴨井だったが、甲斐屋からなにかを言われているのかすぐに風呂敷に包まれたものを差し出した。


「我が殿の寝所にこれが現れたのが先月の話。はじめは殿がご自分で持ち込まれたのだろうと思っていたのだが、殿もご存じないという。だが、この朝顔の絵。誰に聞いても殿の部屋に持ち込んだといいうものがおらぬのだ。不審な絵よと処分しようとしたところ・・・・処分した翌日にまた殿の部屋に戻っているのだ。ただ事ではこざらぬ。ゆえに、坊主を呼ぶという話になったが、このようなあやしげなものにおびえているなどと噂されることがあっては、体面にかかわる。故にその絵を秘密裏に処分できぬかと怪異話に目がないという噂の甲斐屋兵衛門に話をもっていこうとした。ようやく甲斐屋を召してこの風呂敷を開けたら、このようになっていたのだ」


はらり。と、風呂敷が開かれる。
「なんと・・・! 根が」
驚きのあまりに目が見開かれた。となりで政宗も目を見開いて凝視している。
一枚の朝顔の絵は、見た目。ごくごく普通の絵であった。鮮やかな色彩で描かれたそれは可もなく不可もなくごくごく普通のものである。
だが、問題はその裏側である。
絵の裏側からびっしりと根が生えているのだ。まるで絵から生えたかのような根がだらりと垂れ下がっている。持ち上げてみるとその異常さがよくわかる。根が紙から生えているのだ。
あまりのことに呆然として鴨井を見ると、彼は血の気の失せた顔で頷いた。


「最初は、ごみが裏側に付着しているようにしかみえなかったのだ。それがどんどんこのようになって・・・今ではどうみても根にしかみえぬ」


なんとかならぬか。と、いう顔は真剣である。話によれば処分すれば戻ってくるというのだからどうしようもない。
しかし、こんなものどうしろというのだ。途方に暮れて、本物のあやかしである政宗をすがるようにみやると、政宗はじっと絵を見つめている。
「こいつが成長し始めてなにかかわったことは」
鴨井は、ずずい。と、前へ進んで顔を近づけた。そうして小声で。
「殿が・・・」
その言葉に政宗と幸村の目が点になった。精力盛んすぎて困っているなどと言われても・・・と、思うのは幸村と政宗だけではないだろう。
「子孫繁栄は喜ぶべきことじゃねぇのか?」
勝手にしろとばかりに政宗がいうと、鴨井はひどく情けない顔で首を横に振る。
「由々しき事態です。最終的にお家騒動になど発展されては、いくら我が藩が雄藩と呼ばれる大藩であってもお取り潰しは必至。なにとぞこの朝顔の怪をおさめてくだされ」
最後は土下座である。


(政宗殿、某はいつから鬼払いの末裔になったでござるか)
(Ah〜、知らねぇよ。払うっつーか、アンタむしろ蘇らせたんだけどな)
(それは、あの巻物の中身を知らなかったからであって・・・政宗殿こそ本物の鬼ではないかなんとかならぬのか)
(無理だな。あんな不気味な妖魔初めて見たぜ)
(鬼に無理なら某にはもっと無理でござろう)
(だが、ここでできません。と、言って、五体満足でこの藩邸を出れるか?)
(・・・・・・・・・・・)


小声で押し付け合いをすること少し。政宗と幸村はちらり。と、辺りの気配を探る。それから同時に肩を落とした。
(政宗殿、某。風林館を日の本一にするまで死ねぬでござる)
(アンタに死なれちゃ困る。俺とアンタは離れられない間柄だからな)
(すなわち、保障のないまま任せろと言わねばならぬということでござろうか)
(たぶんな、まぁ。なんとかなんだろ・・・・たぶん)



「あの・・・お二方?」
「ああ・・いやなに。何でもないでござるよ。某もこのような奇怪な絵を見るのは初めてでござるが、甲斐屋殿には日ごろお世話になっている身でござれば、お役に立てるかどうかはわかぬが全力を尽くすつもりでござる」
「そうですか!」
よろしくという相手に曖昧に頷きながら、幸村はすがるような目で政宗をみた。
政宗は小さくため息をついて、鴨井に視線を注ぐ。



「アンタひとつ頼みたいことがあるんだが」


何でしょう。と、いうように鴨井が向き直る。政宗はひょい。と、朝顔の絵を持ち上げてニヤリ。と、笑った。


「この絵。俺が持ち帰ってもいいか?」


「無理でござるよ。話をきいてなかったのでござるか?」
慌てていうと、政宗は平然としてきいていた言う。言いながら、政宗は朝顔の絵の表面をなでつけるようにしてから、ピンと、指ではじく。


「問題ねぇよ」

やけに自信たっぷりに言う政宗に幸村は強い不安を覚えたのは言うまでもなかった。






ブログ掲載 2010.07.11.
サイト再録 2010.08.23.

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