■白露2■




「政宗殿、そもそも絵が成長するなんていうことはあるんでござるか? よく絵が笑うだとか刀がしゃべるだとか怪異話は耳にすることがあるが」



その噂の出所は甲斐屋だろう。幸村はさらにいくつか物が動いたりしゃべりだす話をした。政宗からすればどれも眉唾ものだろうと思うのだが、甲斐屋が仕入れた話が偽物くさいというだけで実際にそういう妖がいないわけではない。
「アンタ、クドウさん覚えているか?」
「クドウさん・・・?? おお。あの前回の事件の折に被害にあった屋敷にお住まいのあやかしのクドウさんでござるか!」
覚えておりますぞ。と、目を輝かせた幸村が次の瞬間、思い出さなくてもいいことまで思いだして顔を赤くした。
河原の土手で政宗に押し倒されたことを思い出したらしい。
ニヤニヤしそうになるのを我慢して政宗は、唯一まともな床だと思われる道場のよく磨きあげられたそこに寝そべり、片腕を枕にしながら口を開く。
「クドウさんは、家に憑くあやかしだ。自然発生的にいるのが彼らだ。そう、力は強くはない。反対に、人間が丹精込めて作り上げた故に心が生まれるものもいる。それがつくも神だ。百年、その物が存在し続けるとあやかしになると言われているが実際のところはどうだろうな・・・まぁ、要するにしゃべる絵やら笑う屏風やらは実在する。こいつらは大体が害を為すようなモノじゃねぇが・・・人間と一緒で悪いのもいる」
「なるほど。では、甲斐屋殿が言った成長する朝顔はどちらなのだ」
「さぁな。ただ、しゃべったり動くあやかしものならわかるんだが、成長するとは穏やかじゃなぁねぇな」
「どういうことでござるか?」



幸村は、大きなまんじゅうを口に放り込み蕩けそうな顔をした。
本人曰く、甲斐屋がくれるまんじゅうは日の本一だそうで、毎回茶うけとしてだされるまんじゅうを誰よりも、おそらくこのまんじゅうを口にすることなどできないのに買いに行かされた奉公人の羨望なんぞ地面に転がる小石みたいに思えるほど幸村は、恋焦がれているのである。ゆえに、その喜び方が尋常ではなくあの常に表情が読めない大商人甲斐屋が引き攣った顔をして幸村のお礼を受けているという有様なのである。
そんなものだから、いつしか幸村は生活費ばかりか大量のまんじゅうのお土産を持たされるようになったという次第だ。
そのまんじゅうを、団子のようにひょいひょい食べる幸村の胃袋に政宗は呆れた。今に始まった話ではないが、本当に甘味大王である。呆れ気味な目を向けていると、幸村がそれに気づき己の手を見つめる。
それから政宗の顔をみて、またまんじゅうを見た。また政宗を見る。


「・・・いや、俺はいい」


忘れがちではあるが、政宗は夢鬼というあやかしである。食べ物は特にいらない。食べれないこともないが、甘いものがそもそも得意ではない。それに、そんなに一大決心のような顔付で勧められても困る。
「そうでござるか・・・?」
「全部食っていい」
「本当でござるか!!」
まだ山もりのまんじゅうを完食する気らしい。まぁ、いつものことである。
そこで政宗は、はっ。と、した。今はまんじゅうの話をしている場合ではない。コホン。と、咳払いをひとつして政宗は、起きあがり胡坐をかいた。


「食ったままでいいから、話を戻すぞ。成長するってことは、何らかの糧を得ているということだ」
「糧?」
「要するに、アンタが今やっているように食事だ。甲斐屋の話が本当ならば、絵はその家に来てから成長している。何を栄養源にしていたかが問題だが、一家離散になったとき絵は消えていたから運気を吸っていたかどうかはわからねぇが」
「しかし、朝顔が成長するるほど商いが大きくなっていったのでござったな」
「そうだ」
と、なれば栄養源は他か。
「政宗殿、その朝顔の絵は最後まで成長しっぱなしであったのだろうか」
「どういうことだ?」
例えば、途中で枯れて行って商売が傾いたかもしれない。と、幸村はいう。なるほど、それはあるかもしれない。
「とにかく、朝顔の絵の現物を拝まないことにはなんともいえねぇか」
「そうでござるな。しかし。相手が旗本となると難しいでござるな」
旗本となると、なによりも体面が大事である。いきなり行っても駄目だろう。
しかし、待てよ。
「依頼人は甲斐屋だな・・・武家の依頼を持ってきたのが甲斐屋なのだから、甲斐屋を通せば現物にお目にかかれるんじゃねぇのか?」
「それもそうでござるな!」



「まずは腹ごしらえでござるな! さ。政宗殿このまんじゅうを食されよ」
「いや、俺は・・・」
「うまいでござるよ!」
「あのな・・・俺はお・・・」
鬼。とは、言わせてもらえなかった。甘い甘いまんじゅうをほおばりながら、政宗は考える。
成長する朝顔の絵。
栄養源は何であろうか。人の希望ならば、繁盛することなく没落をする。だが、一度は繁盛した。だが、娘は嫌がった。そこに何かがあるのではないのか。
(なんにしても、現物を見てからだ)


朝顔の絵との対面はその後、甲斐屋のとりなしによって三日後に決まった。







ブログ掲載 2010.07.08.
サイト再録 2010.08.23.

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