■白露 1■

*このお話は、同人誌『遥か遠き時代の物語』の番外編です。
 設定的には、江戸時代のような泰平の世の仮想江戸。政宗の正体が妖。幸村は貧乏道場の主となっています。



幸村が例のごとく、大店の店主甲斐屋兵衛門から呼び出しをうけたのは、米どころか雑穀の欠片もないという困窮の極みの時だった。
幸村はこれで命がつながったでござる。と、大喜びであるが、政宗にはあの商人は毎回ぎりぎりを狙って仕事を依頼してきているようにしかみえなく、監視されているのではないかと思う。
そのような気配はまったくないのであるが。
商人の勘であれば、かなりの凄腕である。お店を一代で江戸随一にまで大きくした大商人の凄さであろうか。などと、かなりどうでもいい推察をしながら出かける準備をする幸村を横眼で眺めた。


(いや、アンタ。用意もなにも夏ものは今着ている一着しかねぇだろうが)


まともなのはこれ一枚のはずだ。あとは、破って着れないとかいまだに帰ってこない従者の佐助が繕った男の仕事だということがありありとわかるつぎはぎだらけの着物のみである。政宗が告げてやろうかどうしようかと悩んでいると、幸村が勢いよく帯を解いた。その幸村がはっ。と、振り返る。
帯を解いてしまっているから、褌のみの姿に政宗は目を細めた。それに気付いて幸村の頬がほんのりと赤くなる。
こんなだから、自分に遊ばれるのだ。そう思いながらも、幸村のかわいらしい反応につい口から言葉が滑り出る。


「OH,眼福」
「ががががが眼福?! な、何を言うのだ。そ、それよりも何をじっとみておるのだ!!」
「同じ男・・・種族はちょっとばかり違うが、まぁデキルんだから同性でいいだろう・・・別にみられて困るもでもねぇだろうが」
「で、できッッ」
後半の言葉はどうやら幸村の耳には届かなかったようだ。本当のことを言ったまでだったのだが、幸村の頭は沸点を超えたようである。
更に顔が真っ赤になり、あまりの言葉に口をパクパクさせている。
いや、本当にかわいいやつだ。
政宗は、上機嫌のまま幸村の帯を拾い、シュルシュルと結び直してやる。
このまま突入しても構わないというか、大歓迎であったが政宗はともかく幸村にとって貴重な米を得る機会を逃すわけにはいかない。
なにしろ、人は食物を摂取せねば死んでしまうのだから。
そうなると困るのは政宗だ。せっかく幸村自身の手で封印を解いてもらったというのにまた離れてしまう。そんなことは二度と御免だった。
ゆえに、着物の帯を締め直してやると、幸村が不思議そうに小首を傾げた。



「アンタ、気付いてないけどな。マトモな夏着はそれだけだろ」
「!!!!!!」


うかつであったぁぁぁぁ!! と、叫びつつ、着物を嗅ぐ姿に政宗は耐えきれず笑いだす。犬みたいだぞ。と、言えば、ぷぅ。と、頬を膨らますものだからたまらない。
「まぁ、落ち着け。汗臭くはねぇから。それよりも、早く行かなくていいのか?」
「ぬっ。そうであった。ところで、政宗殿はこの暑い中なにゆえ汗の一つもかかぬのでござるか」
慌てて出てゆく幸村のあとをふらりと追いながら、政宗は口を開く。


「お前、鬼が暑くてぶっ倒れそうになっている姿を想像できるのか?」
「・・・・確かに」


そもそも、政宗に暑いだとか寒いだとかいう感覚はない。人肌に触れていれば温もりは感じる。だが、天気の変化による寒暖で苦労したことはない。政宗もその辺はよくわからぬが、たぶん妖にはそういう感覚がないものなのだろう。
だが、季節感は出したい政宗は涼しげな色の着流し姿である。政宗の場合、気分次第でどんな格好にもなれるので、毎日その着物は違う。
「ところで、あの商人は今回はなんだって?」
「それが・・・朝顔について相談したきことあり。と、あるのだが」
「朝顔?」
それがしにもよくわかぬ。と、言う。
朝顔。好事家の中では高値で売買されているとは聞いたことがある。
だが、そんな趣味が現実路線まっしぐらのあの商人にあるとは政宗にはとても思えなかった。
まぁ、行けばわかるだろう。そんなところで二人で納得して甲斐屋の暖簾をくぐった。







「お久しぶりにございます。おお、これは政宗様。お元気そうでなによりでございます。幸村様も相変わらずお元気そうで、この夏の暑さにすっかり参っている私には羨ましい限りでございます。さて、私の長い世間話を聞かされてばかりでは退屈でしょうから本題にはいりましょうか。実は・・・、今回幸村様にお越し頂いたのは、他でもない。怪異でございますよ」
声をひそめて言う甲斐屋の言葉に政宗は、げんなりした表情。幸村は真面目に居住まいを正した。これもいつものことなので、甲斐屋は気にもかけない。
「今回は、政宗様もきっと興味をもってくださいますよ。文で朝顔についてと書いておきましたが。その朝顔についての怪異でございます。朝顔といっても、植物の話ではありません。一枚の絵にございます」
甲斐屋は説明した。あるお店の娘がどこからか一枚の朝顔の絵を持ち帰ってきた。その絵には朝顔のみ描かれていて特になんということもないごくごく平凡な絵だったという。
だが、その日から不思議なことが起き始めたのだ。
絵が、成長しているというのだ。
最初、娘が持ち帰った時は朝顔はまだ蕾だったのだという。翌日には花ひらき、どんどん蔦が伸び成長していった。
あまりの気持ち悪いさに娘はその朝顔を手放したいと思った。
だが、娘を止めた者がいた。父である商人である。
実は、その朝顔の絵が来てから商売が信じられぬほどうまくいきだしたのだ。この絵のおかげに違いないと父は娘がそれを手放すことを許さず、絵は娘の部屋に飾られ続けた。
そうして、三月ほどたったころ。


「事業が失敗。一家は離散したというのでございます。その時、あの朝顔の絵は消えていたというのです。それが、今。私どもを贔屓にしてくださっている、ある武家に忽然と姿を現したのございます。気味が悪いがそれで手放したとあれば外聞が悪い。この絵の正体を暴いてほしいと言われてしまいましてな」


いやはや困ったことです。と、言うがそれをやらせる気満々である。
隣の幸村は坊主にとか言っているが、やはりこれもいつものように甲斐屋に押し切られて最終的に頷かされてしまう。

「失敗するやもしれぬぞ」
「わかっております。先方も承知しておりますゆえ。しかし、なんとか原因を突き止めていただきたいものです。本物の怪異ですぞ!幸村様!」


もはや先方の依頼というよりも、甲斐屋自身の好奇心によって生まれたこの仕事に頭を抱えている幸村の隣で政宗は、右手にある庭を見た。
そこには、朝顔の鉢植え。植物ならば成長するのは、自然なこと。だが。



(成長する絵か)
何かの妖ではないのか。そう考えながらも政宗はなにも言わずに幸村の後に続いて甲斐屋を後にした。






ブログ掲載 2010.07.07.
サイト再録 2010.08.23. 修正2010.9.30.



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