5.



気持ちがよくわからない。
一人でいることが多くなってからというもの、珍しく幸村は悩んでいた。
元々、理詰めで考えるのは得意ではない。だから、一人でむむ。と、唸っても答えなどでない。
(だが・・・俺は)
素の一人称に変わってしまっていることも気づかず、幸村は美味しそうな大福を頬張りながら、呻いた。
最近、考えることはたった一つだ。気がつくといつも考えている。
(伊達政宗殿)
彼のことばかりを考える。毎日。幸村は彼に会うたびに新しい伊達政宗を発見した。意外に、気さくであるとか、料理上手だとか、大人びて見えるが実は幸村とそう年が変わらないだとか。逃走癖があるとか、幸村と同じく体を動かすことが好きだとか。幸村のまだ知らない不思議な異国のことをたくさん知っているとか。幸村の好物を何時の間にか覚えて、いつもやってくるたびにそれをくれるだとか。いろいろ。
(俺は、何も知らぬな)
伊達政宗について幸村はなにも知らなかった。素の彼を知らなかった。戦場で駆ける彼しか知らなかった。当然といえば、当然のことだった。毎日をここで過ごすうちに、新しい一面を知って、もっと知りたいと思うようになった。それぐらい、幸村にとって、政宗を知ることは興味深いものであった。それは、お館さまのためと思ってきたが、それは自己を正当化するための言い訳でしかないことを、認めないわけにはいかなくなってきている。
(政宗殿の素を知ってなんの益があるのか)
一個人としての伊達政宗ではなく、奥州筆頭としての伊達政宗を知ることが目的ではなかったのか。いや、素の彼を知ることで、奥州筆頭として伊達政宗が取りそうな行動を把握できるということもできる。だが、幸村の中で。そんな考えは、ずいぶん昔に消え去っている。
(なぜ、知りたいのであろうな)
政宗が幸せそうに笑うと幸村も嬉しかった。幸村のために政宗が用意するもの全てが嬉しくて、胸が温かくなるのもなぜだろうか。
(友になりたいのであろうか)
同郷であったら、どんなによかっただろうか。そう思って、幸村は慌てて首を振った。同郷であれば、戦うこともなくなる。それは、寂しい。伊達政宗とは、戦場で刃を交えることこそが幸村の魂を揺さぶる一番の出来事だ。けれど。もし、彼が同郷だったらと思うと幸村は落ち着かない気持ちになる。それは、嬉しさでもあり、不安でもある。
この奥州に生れ落ちていたとしたら、果たして伊達政宗とこうして出会えたであろうか。答えは、否。で、あろう。
(政宗殿は、この伊達家のご長男でござる)
自分とは身分が違う。伊達に仕えたであろうが、こんな風に傍に気安くいられる間柄ではなかっただろう。たとえ、この国の上下関係が妙に気安い関係であったとしてもだ。
(やはり、敵でよかったのだ)
伊達政宗が幸村を始めてその視界に入れることを許したのは、武将としての実力があってこそ。始めて、出会ったときを思い出す。川中島であった。あの日のことを鮮明に覚えている。政宗と出会ったあの合戦。あの日から、幸村の心の中に住みついたのは、蒼き龍。いつ何時でも、忘れることのできぬほどの強烈な出会い。あれから、鍛錬するときはいつも、思い描く相手は政宗だった。伊達政宗と戦うためにはどうしたらいい。どこを鍛えればいい。そんなことばかり考えていた。
実際には、なかなか対戦が敵わなかったが、同じ戦場に政宗がいると思うだけで心が躍った。
早く、刃を交えたい。
刃を交えることで、その瞬間。彼の左目のなかに映るのは幸村のみとなる。それが何事にも変えがたいほど幸村を酔わせた。
だから、その瞬間がいつまでも続けばいいとさえ思っていた。
もちろん、戦で戦うのは幸村にとってお館様ご上洛のためのものだ。お館さまのため、戦に勝つ。それが、幸村の願いである。
だが、ただ一人。伊達政宗が相手となると、その気持ちがどこかに消える。政宗が目の前にいるというだけで、あんなに武田信玄でいっぱいのこの頭が、伊達政宗だけしか見えなくなる。






(理由などない)
気がついたら、そうなってた。奥州に来て、少しだけわかったことがあった。幸村は、後ろに倒れこむようにして寝転がって天井を見つめる。
(俺は、政宗殿を知りたい)
もっと。
ようやく知った彼の一面だけではなく。伊達政宗という人を深く知りたいのだ。
それが、どのような意味を持つかなんて幸村は知らない。知らないけれど、そう思ってしまうことが、なにかおかしいとは思っている。
しかも、だ。

(知ってもらいたいとも、思っている)

誰かを知りたいと思うのは、興味があるから。
誰かに知ってもらいたいと思うのは、何故だろうか。
(己を認めてもらいたいから?)
違う。そうではない。そうであるかもしれなかったが、どこか違う。



「む・・・」
頭が混乱してきた。こんなときは、外に飛び出して鍛錬するに限る。が、今は奥州であるからそんなこともできない。
幸村は一人難しい顔をして。うー、うー。唸っている。






「・・・なにしてんだ、アンタ・・・」
「ま、政宗どの!」
慌てて飛び起きると、政宗は呆れた顔をして幸村を見下ろしていた。
その手には、盆。その上には茶と和菓子。恥しいところを見られた。顔が少しだけ赤くなる。
「な、なんでもござらん」
「・・・まぁ、いいけどよ。茶持ってきたぜ」
「かたじけない」
一国一城の主がこんなことを。と、はじめは慌てたのだが、政宗にとっては、日常茶飯事のことらしく、『俺の入れる茶は美味いぜ?』と、自信満々に言い放つので、幸村も気にしないことにしている。
政宗から茶を受け取り、隣に腰を下ろすのを眺めながら、幸村は気持ちを切り替えるように、息を吐く。
「なぁ、真田幸村」
「なんでござるか?」
「元気か」
「は?」
なにを言いたいのかわからず首をかしげると、政宗は少しいいにくそうにしながらも、口を開く。
「塞ぎこんでるじゃねぇか。甲斐が恋しくなったんじゃねぇのか?」
「そんなことござらん。奥州は・・・嫌いではないでござるよ。人もいい。某のような武田の者にも優しいでござるよ。政宗殿のお気遣いも嬉しいで・・・ござるよ」
そうだ。こんなに佐助や信玄と離れているのに、寂しくは無い。
政宗に言われて幸村は初めて気づく。いつもならば、少しだけ寂しいと思うはずのことなのに。
(やはり・・・某は)



どこか、おかしい。




ぎゅ。と、湯飲みを握り締めた。その様子に気づいていないのか。政宗は幸村の隣で静かに外の景色を眺めていた。長めの前髪に隠された右目には眼帯。だが、それは整った容姿を少しも損なうことはない。すっきりとした目元。その瞳は、今は穏やかな色をしていて、雪景色を愛でるように細められていた。落ち着いた低い声も。戦場では聞くことのない声音で。幸村は、そっと息を吐く。
「政宗殿は、退屈ではござらぬか?」
「Ha? 俺?」
その瞳が、幸村を捉えた。なぜ・・・と、思う。この瞳が自分に向けられる瞬間、妙に安堵するのはなぜだろうか。
「冬は、退屈だと申されていたであろう?」
「ああ、それか。・・・そうだな、冬はあまり好きじゃねぇな」
寂しそうに笑う。普段、自信に溢れている強気な政宗からは想像もつかない顔に、トクン。と、心臓が跳ねた。
「体が鈍るからでござるか?」
「・・・違うな・・・」
ぐい。と、茶を飲み干すと、政宗の喉仏が上下した。その動きにまたも、心臓が跳ねる。
(な、なにゆえ)
動揺しながらも、幸村はじっと政宗が続きを話し出すのを待った。




「冬は、      」




その目がとても寂しそうで、幸村は無意識に手を伸ばす。
「っ」
政宗の左目が大きく見開かれた。それではっとする。
「申し訳ござらん!」
「おいっ!!」
政宗の制止の声を聴かず、幸村は部屋を飛び出した。
(なにをしているのだ、俺は! 手を。政宗殿の手を握るなど!)
自分の行動の意味がわからない。顔が熱いのもよくわからぬ。
幸村はそのまま、庭に飛び出して、雪の中に倒れこんだ。
(某は、なにがしたいのであろうか)
たまたま傍を通りかかった、片倉小十郎が、雪に顔を埋めたまま唸っている幸村を発見し、引っ張り出すまでずっとそこで自分ひとりでは出そうもない答えにまたも唸り続けていたのであった。






20.3.11.
幸村の一人称が、俺だったり某だったりするのは、ワザとです。
読み難くてすみません・・・。