其の一




「政宗さまぁぁぁ!」
片倉小十郎は、戦場を駆けた。
まさかあの主に限ってそれはないと思いつつも、背中を預かると誓った相手を見失ったことに焦りを感じていた。
一瞬の出来事であった。どんなに強くても人間。ゆえに、人間相手には心配は無用だといっても、天災相手にはどうしようもない。
まさか、地震がこの合戦の最中に起ころうとは誰が予想できようか。しかも・・・このような。


「地割れだなんて!」
くそっ。と、額から流れる血を拭いながら、小十郎は地割れを起こして歩き難いことこの上ない地面を蹴ってひた走る。
辺りはひどい有様であった。折り重なるように倒れた兵士は、敵味方関係なく転がっている。軍馬に押し潰されたもの、人間と人間の下敷きになって息絶えたもの。地割れの間に落ちてしまったもの。
生きていても、怪我をして苦しみが伸びただけのもの。運良く難を逃れたもの皆、呆然とその場に立ち尽くし、割れた大地を目の前に広がる景色に何をなすべきか忘れてしまっているように見えた。
(政宗様、ご無事で!)
あの地震が起こる直前まで、小十郎の主。奥州筆頭の伊達政宗は小十郎の前を走っていた。頭である政宗の首を取ろうと群がる兵士をなぎ倒してすすむ姿に、政宗は今日も調子がいいことがみてとれて小十郎としても安心といったところであった。
もっとも、他の総大将のように本陣の奥でデンと構えていてくだされば申すことはなにもないのではあるが、若き竜は相も変わらず自軍の先頭をきって走っている。またこれも、伊達政宗であるといえるので、小十郎としても、この方についていくことには変わりがないので、いつものように共に走っていた。それが、突然。ずしん。と、何かが沈むような感覚のあと、今まで感じたこともないような揺れを感じた。
はっ。と、して立ち止まっていたら、そのままその地に立っていることもままならなく、気がつくとさきほどまでは人と人の生死をかけた戦場は、ただの大量殺戮現場に成り代わっていたのである。


(このような事態では今回の戦は、ないも同然)
双方、戦どころではなくなった。自軍を手早くまとめて、損害を調べた上で、早く国へ帰るべきである。だが、肝心の政宗がいない。
小十郎は焦った。まさか。まさかあの伊達政宗がこのような地震にその命をむざむざと奪われるはずがない。
だが、見つからないとはどういうことか。
(考えるな)
 小十郎は、必死で戦場を見回す。



「・・・こじゅう・・・ろうか?」



小十郎からみて、死角になる岩場の陰から聞きなれた声が聴こえたような気がして、小十郎は駆け寄る。
「政宗様!」
「・・・なんつう、顔してやがる」
よっこいせ。と、いうような動作で政宗は岩場から這い出てくる。顔は土で汚れているが、怪我をしている様子はない。よかった。
小十郎は、急に体が重くなるような気がして、足元がふらついた。それをみて政宗がふん。と、鼻で笑う。
「よくぞご無事で!」
「Ha! 当たり前じゃねぇか。・・・にしても、ひどいな」
政宗は目を細めて辺りを見回す。そのまま歩き出すので、小十郎もついてゆく。
「被害は」
「まだなんとも。ただ、これで我が軍の損害も相当なれど、武田のほうも相当なのも事実」
「まぁ・・・戦どころじゃねぇな。虎のオッサンとは仕切りなおしだ」
「御意。奥州に戻られますか」
「Yes 奥州でも被害が出てるかもしれねぇ。小十郎、すぐ戻るぞ」
「はっ」
 政宗と小十郎は、急ぎ軍をまとめ、一路奥州を目指した。













同じ頃。戦場で一人の忍が途方にくれていた。
「ちょっと旦那ぁ。そんなところに、竜の旦那はいないって」
「わからぬぞ!」
先ほどから必死に、岩を持ち上げて人間を探すという奇天烈なことをしているまだ少年くささの残る若い主を猿飛佐助は見守っている。
その目には、もういい加減にしてよ。と、いわんばかりのうんざり具合が見て取れた。
「第一、この地震じゃ。旦那が竜の旦那をみつけて駆けてきたことに気づいていたとしても、とっくに軍まとめて帰っちゃったと思うけど?」
「・・・一理ある」
 一理もなにも。あっちは、総大将で一国一城の主。国のことが気にならぬはずがないのだ。しかも、奥州の伊達政宗は城下にも領土にも善政を布いている領主で有名だ。そんな殿様が、天下分け目でもない合戦にいつまでも拘っているとは思えない。たとえ、個人的に宿敵が目の前にいたとしても、だ。もしも、伊達政宗が拘ったとしてもあの右目殿が独眼竜を引っ張って奥州に連れ帰るだろうし。
事実、佐助の目には伊達軍がもうこの地に留まっていないのが見て取れた。
「旦那。さっきから言ってるでしょう、伊達軍はもういないって」
「しかし・・・某は」
ぎゅ。と、槍を握る手に力がこもる。
佐助は思う。互いの実力を認め合ったらいばる関係(伊達政宗が言うには、こういう風に言うらしい)だといっても、佐助の主である真田幸村の伊達政宗に対する執着は異常ではないのか。
「旦那、そろそろ大将のとこいこう? 俺様は大将がしん・・・」
「お館さまっ! 佐助、なにをぐずぐずしておる。お館さまは、ご無事であろうな」
急に、ぐわっ。と、肩を掴まれてガクガク揺すぶられる。
「・・・燃え滾る溶岩の中でも大将は平気っぽいから・・・・地震ぐらいでどうにかなることはないとは思うけど」
「そうでござるな。お館様は地震よりも強い。うぉぉぉぉぉ、お館さまぁぁ!」
なんでもいいが、地震よりも強い人間はもはや人間ではない。それ以前に、お館さまと叫んで幸村は走り去っていったが、武田信玄の居場所をちゃんと把握しているのだろうか。みたところ、本陣もあとかたもなく崩れ落ちている。
「しっかし・・・地震とはね」
佐助は幸村を追いかけるべく走り出しながら、地獄絵図のような景色を無表情で見渡した。
(・・・甲斐の国もひどいことになってんじゃねぇかな)
 仕事が増える。そう考えて、溜息がでた。






佐助が本陣に戻ると、武田の主従はいつもの愛の殴りあいの真っ最中だった。
(もう少し、遅く来ればよかった)
佐助の横では、呆れ顔のものやら、なぜかすばらしい。と、目をキラキラさせている武将やら様々だ。
「お館さまぁぁ!」
「幸村ぁぁぁ」
殴り合いがいつのまにか、タックル。ありとあらゆる肉弾戦に発展しているのは、なぜか。
佐助はなるべく考えないようにしている。もうそれは、疲れた。
「・・・大将、もういい?」
「ゆきむらぁぁぁ!・・・佐助か」
「さ・・・ぶはぁぁぁ!!!」
一瞬。佐助に気をとられた幸村は、信玄の一発をまともにくらい、本陣の外に飛んでいった。
だが、真田幸村。日本一の打たれ強さをもつ男。問題はないだろうと、佐助は追いかけはしない。
「大将。伊達軍は撤退しましたけど?」
「うむ。わかっておる。武田も甲斐に戻る。甲斐とここは近い。被害状況を調べ、即刻復興の手立てを考えねばならぬ。おそらく・・・しばらく出兵は難しいだろうの・・・佐助よ。お主はこのまま奥州へ入り、伊達の動向を探れ」
(たはー・・・一日も休みくれねぇってか)
心で涙しながら、佐助は黙って頭を下げた。緊急事態だってことはわかってはいるが、前に休暇をもらったのはいつだっただろうか。
それを考えると悲しくなる。
(まぁ、休みだろうと旦那の世話で一日終わるんだけどさ)
自分は忍。決して真田幸村のお世話係では。と、言い張りたい佐助である。同じく忍である、才蔵にはオカンという甚だ不名誉な名前を付けられたが、佐助はそれを絶対に認めたくない。認めたら、最後だ。
(俺様かわいそう)
そんな武田主従が嫌いじゃないから余計に始末が悪い。
本当に忍使いが荒いことで。と、嘆きながら佐助は、その場からすっ。と、消えた。








連載開始です。よろしくお願いいたします。
まだ一回も絡まず。視点もどっちでもないです。
19.12.7.