Two Shots −5st.stage−
その夜のアスハ邸の広間は、思いのほか賑やかだった。
主だった諸国の要人らが招かれているのだから、当然といえば当然だが―――その中にあって只一人、華やかな席に目もくれず、俯いたまま壁にもたれる…エメラルド・グリーンのドレスも鮮やかな少女―――
「・・・」
足のつま先までスッポリと埋れるほどのドレスの裾が、床に引き摺るのを気にもかけず、今日の出来事をただ反芻する―――
* * *
「―――あの『キラ・ヤマト』を『プラント』に・・・ですか?」
会合に出席した、とある諸国の代表の一人が投げかけると、ラクスは視線を向け、静かに頷いた。
「…今の地球にとって、必要なことは何でしょうか? そして『プラント』にとっても…。それはいち早い『復興』と『平和』への願い―――プラントに対する力の抑圧とした“ユニウスセブン”への『核攻撃』――その報復とする地球への『N・ジャマー』とそれに伴う『地下エネルギーの埋没』――同じ『人』でありながら、力を恐れ、あるいは力を鼓舞し、互いを認め合おうとしなかった。その結果がこのような悲劇を招いてしまったのではないでしょうか…」
憂いながらラクスは続ける。
「でも、こうして今、歩み寄る機会が出来たのです。地球の…そしてプラントのため、それを解決する力を持つ方を、その力が開花できる処へお連れして、存分に発揮していただく…。そして、それを地球に…プラントに…互いの力の礎となるように、お力を戴きたいのです…。」
「…しかし、仮にもだ―――今回の戦争は、そうした『力の差』も要因の一つではないのですか? クライン嬢…。
『彼』のことは聴いてはいるが…幾ら、プラントから地球への技術協力があるとしても、だ。…もし、『彼』のように力のあるものが『プラント』にいく事となると…いらない懸念を生むのではないでしょうか?」
その言葉に、ラクスははっきりと断言する―――
「万が一に『彼』がそのような事に力を使うような方でしたら、わたくし達はお任せするようなことは申し上げません。それに『彼』なら…その力が今回のような『悲しみ』を生み出すものとなるなら…決してご自身を許さないでしょう…」
ラクスの言葉に、一同は返す言葉が見つからない。
「…しかし、わたくし達の未来の為、あえて“このような『交換条件』”を出させて戴いているのです。そのことを
ご配慮いただきたいのです。」
『交換条件』―――
確かに『正解』だ、とカガリも思う。
幾ら<ソフト>がどんなに良くても、<ハード>がダメならその力は発揮できない。
今の地球上の技術では、キラの能力を充分に発揮できないだろう…。
最新技術を誇った『モルゲンレーテ』も、今はあの爆炎に消えてしまった。
そうなると、一番『キラ』が『キラ』として居られるところは―――?
「・・・本人の・・・『意志』は・・・?」
俯いたまま、搾り出すようなカガリの問いに、ラクスは凛としたまま告げる。
「もちろん、『了承』は得ております。」
* * *
パーティーのざわめきの中、特に目立つ人々の集まり―――その輪の中で、ラクスが穏やかに談笑を続けている。
対して、まるで別世界のように、一人壁にもたれるカガリ―――
立場上、ラクスを目にかけながらも―――アスランはついその姿が気になり、視線が流れる。
―――と
グイと肩をつかまれる―――其処には、今日の身辺護衛となっている、ロアン・カミュ。
ロアンはアスランを一瞥すると、クィッとカガリの方に顎を杓った。
(…知られていたのか…)
自分の中では押さえていたつもりが、流石に護衛を任されるだけあって、既に見抜かれていたらしい…。
「すいません。」
軽い微笑みとともに、その気遣いに会釈すると、アスランはカガリの元に向かった。
「…『如何致しましたか? お姫様。』…」
カガリがふと、我に返って見上げると、目の前には何時もの優しい眼差しのアスラン―――
アスランはカガリを覗き込むと、一言呟く。
「・・・『ハツカネズミ』」
「えっ?」
アスランに言われた事の意味に、一瞬カガリが戸惑いを見せると、アスランもカガリと並んで壁にもたれた。
「前に、お前言ってたな…『一人でグルグル考えてたって同じこと』ってな。」
「・・・」
黙ったまま再び俯くカガリ―――
「…それに、この前言ってなかったか? 『一人で悩み(にもつ)は背負い込むな』って… お前みたいに他人に力を分けられるほど俺は器用じゃないが…俺でよければ…話してくれないか?」
カガリの横顔に投げかけるアスランの言葉―――
カガリはその言葉に縋った。
「…お前は『知ってた』のか?…『キラ』の事…」
「…あぁ、今回の訪問の目的は…一応な…」
アスランもカガリの考えている事は、薄々察していた。…だが、正面切って言われると…言葉に詰まる。
「…そっか…私だけ…知らなかったのか…」
カガリにとって、この世の中でたった一人の『血の繋がった肉親』
父を亡くし…地球に戻って『オーブ』の為に戦い続けたカガリにとって、
唯一心から信頼できる『存在』―――
直ぐ傍に居てくれた者が離れてしまう事。
それがどんなに辛いことなのか・・・
―――金の瞳に涙が溢れる
「…カガリ…実はその…俺は―――」
堪り兼ねてアスランがカガリに声を掛けようとしたその時、
「カガリ―――」
目の前に現れたのは――キラ。
ハッと顔を上げるカガリと、キラの視線がぶつかる。
「…カガリ、その…僕…」
「良かったじゃないか!」
キラの戸惑いを打ち消す様に、カガリは無理やり笑顔をつくった。
「お前だって、ただこんなところにいるより…その…『必要としてくれる』人がいるんだから…それはすっごくいいことだろ!?」
カガリには分かっている―――
もしここで自分が迷いをみせたら…キラもきっと迷うに違いない…
優しすぎるから――唯一の肉親を残してプラントに行くことは、悩みに悩んだ挙句の苦渋の決断
だったのだろう。
でも、プラントに行けば…そのプログラミングを始めとする能力は、きっと大きな力になる。
プラントだけでなく、地球にとって…そしてキラ自身にとっても…
そして何より、プラントには―――アスランも…ラクスもいる。
「私も、お前に負けないくらい頑張るからさ。…だからそんな顔するな!」
「…カガリ…」
言いよどむキラの背後から、涼やかな声が聞こえる。
「カガリさん――」
護衛を引き連れラクスがいつのまにか、側に立っていた。
ラクスはキラ・カガリ・アスラン――― 一人ずつにゆっくりと視線を送ると、徐に振り向きロアンら護衛役に伝える。
「カガリさんと2人きりでお話ししたいのです。…申し訳ありませんが、少々お席を外していただけませんか? ロアンさん。」
「しかし、それでは何かあった際に―――」
ロアンは言いかけた言葉を飲み込む。…こうした視線を送ったときのラクスは、誰であろうとその意思を覆さない。
それはこの1週間で充分に判った。
「…判りました。充分にお気を付け下さい。」
「ありがとうございます。」
柔和な笑みをラクスがロアンに向けると、カガリが声を掛ける。
「…じゃ…じゃぁ、私の部屋へ行こうか…」
* * *
ラクスとカガリが広間から去った後、キラは先程カガリが居た所に同じように壁にもたれ、アスランと並んだ。
「…何時聴いたんだ?…ラクスから…」
アスランの問いに、キラがゆっくりと答える。
「うん…最初に2人が来てくれた日に…ね…」
『オーブ』に来た最初の日―――ラクスがキラを中庭に連れ出したときに、直接話をしていたのだろう。
「…何でお前から…カガリに話さなかった?…プラントに呼ばれている事を。」
こうした質問は、ひどく酷な事だとアスランも判っている。だが、あえてその想いをキラの口から直接聴きたかった。
「僕だって…すごく悩んだよ! …確かに『プラント』で地球の…皆の役に立てるなら…『僕の存在理由』があるなら…そんなに嬉しいことはないと思うよ!? …だけど、カガリは僕のたった一人の姉弟なんだ! これからだって、辛いこと山ほどあるのに…側にいてあげられないなんて…」
苦しげな表情と共に、吐露されるキラの心情―――それを見て、アスランもキラに伝えようと決心した。
「キラ…俺―――」
* * *
『ミトメタクナイッ!』
部屋の中を『ハロ』が気ままに飛び跳ねる。
マーナが入れてきてくれた紅茶をカップに注ぎラクスの前に置くと、元気な『ハロ』とは対照的に、先程と打って変わった、もの悲しげなラクスの表情がカガリの目に入った。
「…カガリさんには酷い事を申し上げたと思っております…」
辛そうに話し出すラクス―――こんな表情を普段は見せない…キラ以外には…
「でも、このままでは『プラント』だけでなく『地球』にとっても…『キラ自身』にとっても、大きな損失だと思うのです。…わたくしが私利私欲の為に申し上げているのではないことを…お分かりいただきたくて…」
―――言われなくてもラクスはそんな人ではないことは判っている。
でなければ、『N・ジャマー・キャンセラー』を搭載した、ザフト軍の最高機密『フリーダム』を、
自身の危険を省みずにキラに渡したりはしない―――
それに、『エターナル』で指揮をとっていたときも、決して私情に流されず、キラにもアスランにも
とるべき態度は崩さなかった。
それに…『民間人』とはいえ、『フリーダム』を駆ったこと…カガリの判らない理由もあってか、キラには戦後も監視の目が向けられている。『ブルーコスモス』の残党から護るため…とは言っているが、キラの自由はかなり制限されている。だからこそ、“自分の部屋くらいは”と、アスハ邸には自由に出入りを許した。
一個人としての感情と、これから先を見つめる国家の代表としての理性的な視野―――どちらを選択しなければならないか―――
―――今なら『お父さまの気持ち』が・・・ようやくわかった気がする―――
「…『代表』って、やっぱり大変だよな!」
ラクスがハッと顔を上げると―――其処には差し出された手と屈託の無い笑顔―――しかしラクスにはその表情が国の代表として、随分と大人びた顔に見えた。
「…ありがとうございます…」
ラクスも笑顔を戻し、その手を硬く握る。
「…キラのこと…アイツ危なっかしくて、訳わかんなくて…でも、すっごい、いいヤツだから…その…よろしく頼むな…」
「はい!」
見詰め合い、どちらともなく微笑み合う。
――――その時
『ダダダダダダダダダダダダダダダダッ―――』
凄まじい連射の銃声と共に、カガリの部屋のテラスに面した窓ガラスが『ガシャン、ガシャン!』と勢い良く割れ、飛散する。
「「―――!?」」
カガリは反射的にラクスを庇い、側にあったベッドの下に身を押し込む。
「カガリさんっ!?」
「動くな!!」
こうした状況では、ラクスが如何にコーディネーターであろうと、実戦経験を積んでいるカガリの方が対応は素早い。
冷静に辺りを見まわすと―――壁にばかり残る銃弾の跡・・・床にも天井にも打ち込まれた弾丸の跡がない―――ということは、『この部屋』に向かって『平行』に―――つまり、中庭を挟んで反対側の部屋かテラスから撃ち込んできたのだろう。
「チィッ! 警備の連中は何やってたんだよ!!」
短い舌打ちをしながら、テーブルをひっくり返し盾変わりにすると、ふと足の―――太腿に括り付けていた『ある物』の存在を思い出す。
「…そういや、『お守り』があったな…」
そう言ってドレスたくし上げ、太腿のホルスターから抜き出したのは―――『トカレフ』
それを天井の―――照明に向かって撃ち出すと―――部屋の中が真っ暗になった。
「カガリさん…?」
「このままじゃ、外から私達が丸見えだ! この方が少しは誤魔化せる!」
そういって、廊下に通じるドアまでラクスを誘導しようとするが…
(…おかしい…?…)
アレだけの銃声を聞きながら、人の気配が全くないなんて…
普通だったら護衛が掛け込んでくるか、ドアの外から声くらい掛けるはず…
もし、外からの射撃が私達を『廊下』に引きずり出す為の『誘導』だとしたら…?
「…ラクス…」
トカレフを握りなおし、ラクスに向き直ると…意外にもラクスは落ち着いている。その表情にカガリは『意味あり気』に問い掛ける。
「“飛び降りられる”…な?」
カガリの意向を読んでか、ラクスも微笑み答える。
「“もちろん”ですわ!」
カガリはトカレフを撃ちながら、ラクスをテラスに連れ出し、低い姿勢をとらせる。
残りの弾数を確認しながら、発砲による“威嚇”を続けるが…手ごたえは感じなかった。
(…あと1発かよ…こんな事なら、アスランに予備の弾、もらっときゃよかった…)
カガリは杞憂するが、幸い相手も弾切れなのか、撃ち返してくる気配がない。
「今のうちに。」
ラクスをテラスから中庭に下ろそうと、手すりを跨がせる。
「…カガリさん…」
「大丈夫だって! ギリギリまで支えてやるから!」
恐る恐るラクスは足をテラスから離す―――文字通り宙に浮いたままのラクスの手を、カガリはテラスの手すりの隙間から腕を伸ばせる限界まで、しっかりと握っていた。
「…もう少し…」
更に腕を伸ばそうとした、次の瞬間―――
―――『パァーン』
どこからともなく聞こえる銃声。
その瞬間、ラクスの顔にパタパタと降り注ぐ―――『赤い雨』
支ていたカガリの腕が急に力を失い、ズルリと滑り落ちていく―――
「――!? カガリさん――っ!!」
ラクスは悲痛な叫びを残して、中庭の闇へと落ちていった。
…to be “next stage”.
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>…果てしなく『困った』(涙)
『銃声』って、文章にするとこんなに表現難しいなんて(T_T)
これからやたらと出張ってきますが、願わくば効果音はそれぞれ読みながらご想像いただけたらと(苦笑…ボキャブラリー
少ないもので…)
さて、姫様方大ピンチ!!
カガリは!? ラクスは!?
…って、野郎共は何やってるんだ!?
(↑は次回に判ります(^^ゞ)
長ったらしいSSで、大変恐縮ですが、宜しければ、もう少しお付き合いくださいませ!!
>Nami
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うぅ、やはりキラはプラントに行ってしまうのですね・・ぐすっ。
でも、そんな悲しんでる余裕もないほどアクションが迫力ありました!!
銃声、普通に想像できますよ!!
さっすがNami様、アクション表現されるのお上手です。
あああ、この先どうなってしまうのでしょう。
まお
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