「―――っ!」
(びっくりしたー…)
目を開けたらカーテンの向こうから薄日が差し込んでいる。
乳白色と青灰の入り混じった部屋、そのベッドの中でふと目が覚めて、目を開けたら
(い、いきなり目の前に美形がいるんだもん!///)
向かい合う形で目が覚めた上に、数センチの距離しか離れていない顔が、目を開けた瞬間そこにあったら誰だってびっくりするはずだ!
それだけじゃない…
もうかれこれ数年、太陽の降り注ぐこの地に住んでいるというのに、白に近く、男にしてはきめ細かな肌。
閉じられたままの瞼に揃う睫は長くて。
サラサラの黒に近い濃紺の髪が、白のシーツの上に無造作に零れ落ちていて。
形の整った眉といい、引き締まった鼻筋といい、本当に端正な顔をしていると、今更ながら思い知らされる。
驚きのあまり一瞬止まった息を、静かにゆっくりと整えながら思う。
(そういえば…)
よくよく彼の顔を見入ったことはなかった。
そりゃコーディネーターなんだから、美形なのは当たり前だと思っていた。
加えて言えば、私は美醜を気にするような性格ではない。
(たまたま…本当に「たまたま」こういう関係に、感情に落ちた相手が、こういう顔立ちをしていた、というだけだ!)
そう思いながら、またジッとその顔立ちに魅入る。
聴こえないほどの静かな寝息。そしてわずか開いた形の良い唇は、眠りの中だというのに艶めいていて…
(くち…びる…///)
思い出しただけで顔が沸騰する。いや、全身が沸騰しそうだ。
そっと上掛けのシーツの中を見れば、昨夜その形の良い唇が落としていった名残が自分の身体の柔らかなところにまだ残っている。
(く、くっそぉ〜///)
何を悔しがっているのか、自分でもよく分からないが、昨夜の自分は一体どんな顔をして、彼の唇を受けていたのだろう。
どうしても今夜は一緒にいたいと言われ、恋人同士故、拒否する理由もなく、さらにいつも滅多にない彼の強気な態度に押され、気持ちが追い付かないままベッドに沈められ、その後は―――
(お、お、思い出したくないっ!!///)
思わず顔を覆ってしまう。
そういえば昨夜もどうしていいか分からず、こうして顔を覆ったら、彼に無理やり両手首を肩脇に押さえつけられた。
その一瞬、非難を込めた視線を送れば、交じり合った翡翠に、普段の優し気な色ではない、仄暗くも熱を帯びた―――欲の炎に圧倒され、つい目を背けてしまったのが敗戦の原因だ。
その後は彼にされるがまま、何度も暗い海の底に引きずられないよう、藻掻いて息も絶え絶えに溺れぬように手を伸ばしたものの…突き上げられるような快楽の波にのまれて、そのまま深淵へと引きずり込まれて行った…それが夕べの最後の記憶だ。
それが今朝は、あれだけ荒れ狂ったような波が、夢のような静寂。
(…本当にコイツは一体何を考えているんだ。ついて行けん。)
心の中で一息つくと、まじまじとまたその寝顔を鑑賞する。
無防備な寝顔は何度も見てきた。というか、戦争中は再会する度、毎回負傷で意識を失っている時の顔だから、見ているだけで辛さの方が先だったけど。
でも、何故か安らかな彼の寝顔も見た記憶が…
(あぁ…そういえば、一番最初に見た寝顔が今と同じだ。)
無人島で、敵同士だったはずなのに、コイツは疲れて眠り込んでしまったんだよな。
それだけ私のことを舐めていた、と言えばそれまでだが、そう思うと今でも悔しい。
でも、今は…
あの泣く子も黙るオーブ軍最強の准将。MS戦どころか、白兵戦であっても敵う者なしのパーフェクト。人見知りだが、言い方を変えれば「クール」なんだそうだ。軍だけでなく行政府内の関係者の女の子であっても
「かっこいいよね〜ザラ准将v」
「付き合っている人とかいるのかな?」
「え〜彼女だったら寝顔とか見れちゃうのかな!?」
「でもそんな隙とか絶対見せてくれなさそう♪」
―――それを今、私は遠慮なく鑑賞しているわけで。
でも本当に、今更だが、コイツは一体、私のどこに惹かれたのだろう?
何せ元・婚約者が、パーフェクトレディ―のあのラクスだ。
美しさはもちろんだが、清楚で可憐で、まさしく「ザ・世の男の理想を全部集めた美女!」でしかない。
加えて指揮官としても為政者としても「右に出るものなし」ときている。
そんな彼女と元とはいえ婚約していたんだから、コイツの彼女になるなら、ラクス以上の人でないと認められないと思うのだが。
「う〜ん…」
蓼食う虫も好き好きとは言うが、正直自分ではラクスの足元にも及ばない。なのに、なんでコイツは、私のことを…
と思っていたら突然
「…満足したか?」
「えっ!?」
閉じたままの瞳はそのまま、でも口調は確実に覚醒している。
(コイツ、まさか―――)
私が「へ?え、あの、」とワタワタしていたら、姿勢はそのままで、ゆっくりと瞼が開いた。
いつもの優しい…、いや、まだ昨夜の熱がまだ残っている翡翠が、私の顔を遠慮なく見返した。
「お、お、お前っ、起きていたのかよ!?///」
「あぁ。カガリが顔を手で覆って、フルフル振ってた時から。」
そう言いながらクスクスと笑う彼。
「だったら、起きればいいだろうが!///」
「しょうがないだろう。カガリが俺の顔を鑑賞してくれるなんて、滅多にないんだから。…惚れ直してくれたのか?」
いたずらっぽく目が笑っている。本当にコイツは何時からこんな顔できるようになったんだ!
「ち、違うっ!///た、ただ、な…」
「「ただ」?」
「…こんなに綺麗な人が、何で私のことを好きになったんだろう、って思ってさ…」
「認めてくれるのは嬉しいけど、いきなりなんで?カガリは俺の顔に惹かれたのか?」
「そうじゃない。ただ、元々の婚約者が、理想の女性を全部集めたみたいなラクスだったからさ。その…ガサツで美人って程でもない私なんか、お前に釣り合っているのかな、って…」
「ふ〜ん…」
面白くなさそうに相槌を打った後、アスランは片腕を枕にすると、もう片方の手を伸ばし、私の頬をそっと包み込んだ。
「カガリは綺麗だよ。とっても。」
「へ!?///」
な、何言いだすんだいきなり!
だが彼は臆面もなく話し出した。
「心がとっても綺麗で、眩しくって、俺にはないものばかりで…ずっと憧れてた。」
「ま、まぁ、確かにお前はハツカネズミだったからな。いや、今でも時々そうだが。」
するとクスっと口角だけ上げて、アスランは続けた。
「それに、俺は見ての通り、他人とはなかなか馴染めない性格だ。ポテンシャルは強いのかもしれないけど、メンタルはからっきしだ。いつも波風立てないように、正直ビクビクしている時の方が多い。」
「…」
ポカンと口を開けたまま、呆気に取られている私。
確かにコイツ、メンタルが豆腐な時もあるが、決して弱いとは思えないのだが。
「でも、そんな俺が唯一自分を出せるところがある。」
「どこだ?やっぱりMSでの戦闘か?それとも作戦立案の時とか―――」
「違うよ。俺が俺でいられる場所はたった一つ―――君の隣だ。」
「…は?」
「何でだろうな?…お互い自分の一番弱いところを見せあったからかもしれないが、君には初めて出会った時から、どんな自分を見せても大丈夫と思える感覚があったんだ。でなきゃ、幾ら俺でも敵を前にして、眠気に負けるなんてことはないよ。」
アスランの瞳には、今、あの時の―――無人島で二人だけでの戦いの光景が映っているようだ。
「あの時は、私が弱いと思ったから、舐めて気が抜けたんじゃないのか?」
「まさか。何しろ俺に生まれて初めて傷を負わせてくれた相手だぞ。舐める訳ないじゃないか。」
「…」
そうだったのか。なんかずっと悔しいと思っていたけど、私が一人で癪に触っていただけだったのか。
「口、開けっぱなしのマンホールみたいだぞ?」
揶揄う様に言われ、「あ、んむ///」と慌てて両手で自分の口を塞ぐ。
私のそんな様子に一頻り笑うと、彼はゆっくりと寝返りつつ、天を見つめたまま語りだした。
「カガリは不思議だった。最初は変な奴、と思ったけど、それは違った。不思議だったのは、寧ろ俺が俺でなくなっていく感覚だったんだ。キラと戦いたくないのに戦わなきゃいけない矛盾と、ラクスに対して好意はあっても深い愛情で結ばれていなかったのに、それでも婚約者としてふるまわなきゃならない矛盾。…でも君にはそれが無かった。俺があの頃、無理して演じていた自分を打ち消して、ありのままの俺を引き出して、受け入れてくれたんだ。そう思ったら、もう俺の居場所はここ以上どこにもないよ。」
「アスラン///」
するとアスランは私に向き直ってこう聞いてきた。
「カガリこそ、どうして俺を受け入れてくれたんだ?」
「そりゃ、放っておけない危なっかしいヤツだと思ったから。」
「はっきりしているな。」
アスランが苦笑する。折角十数年ぶりに真実を告白してくれたんだ。私も言わなきゃな。
「でもな、キラもだけど、アスランは私にはいつも本気で対してくれた。ディオキアの時だってそうだ。」
「ごめん、あの時は…」
「ううん、謝らなくっていい。アスランが言った言葉は、まさしくオーブの側にいない第三者から見た、私の行いの結果だ。私はオーブの側からしか、物事を見ていなかった。でも第三者から見ると、こんなにも歯痒い行いだったんだと、改めて思う。シンが抱いていた感情と同じだ。でも―――」
私も横になり、今度は私からアスランの頬に触れた。
「今はこうして、笑い話にできるだろう?分かったんだ…いいところばかり見せて、必死に悪いところを隠したり、見せないようにする。それは多分間違った「恋」だったんだ。」
「間違い?」
「多分「勘違い」みたいなのかな。本当に好きな相手には、ちゃんと悪いところや気づいたところを怖がらずに伝えられること―――それはきっと、今言っている相手は自分の意見を聞いてくれる、そして辛辣なことを言ったとしても、決して嫌いになったりはしない、って。それは多分信頼、というか「愛」なんだと思う。」
「カガリ…」
アスランの眼が気づいたように開かれる。
「キラもな、私に結構辛辣なこと言ってきたんだぞ。でもそれは私とアイツは双子の兄弟で、血のなせる業、なのかな。キラの言ったことは「私を思って言ってくれた」って受け止められたんだ。それは多分家族の「愛」なんだ。でもアスランは家族じゃない。それなのに、真剣に私を思ってくれている。それを受け止められたとき、私は本当に気づいたんだ。アスランを「愛している」って…」
―――って!
「〜〜〜〜〜っ!!///」
(自分で言って恥ずかしくなってきた!!)
慌ててアスランに背を向けて身体ごと丸める。こっぱずかしいっ!!/// 本人を前に言い切ってしまった!滅茶苦茶笑われる!!今の私はどんな顔をしているんだか、見られたくない!
だが、彼は笑わなかった。寧ろ
「グス…」
「!?」
(まさか、泣いている!?)
今度は慌ててアスランに向き直れば、彼は顔を枕に押し付けてた。
(や、やっぱり泣いて…)
「ありがとう、カガリ!」
覗き込んだ私の隙を突いて、いきなり全身で抱きしめられた。
「お、お前っ///だ、だましたなっ!」
「騙す?嬉しくって、どうしていいか分からなかっただけだ。」
「と、ともかく放せっ!///」
「嫌だ。このままずっと君とこうしていたい。」
「できる訳なかろう!」
「でも、こうしていたい。今日一番に君の目に映るのが俺でありたかったから。」
「今日?」
「誕生日、おめでとう。カガリ。」
蕩けそうな笑顔で告げられ思い返す。
(あ、そういえば。)
もしかして、昨夜半強引にこういうことにされたのは、このためだったのか。
「ありがとう。…でもまさか、誕生日プレゼントが「お前の朝一笑顔」とはな。」
「笑顔だけじゃないけど。」
「何だよ?」
「俺はこれからもここで生きていく。君の国と、この日々を守っていくと約束する。だから、プレゼントは―――」
アスランは私をかき抱いたまま、にこやかに笑った。
「君の未来だ。…俺は君がいなかったら、とっくに命は尽き果てていた。今こうして生きていられるのは、君がいてくれたからだ。そして俺が本当の俺でいられる場所は、君のいる場所だけだ。」
少し私を捕えていた腕が緩む。ふとその胸から顔を上げれば、澄んだエメラルドが私を包んだ。
「生まれて来てくれてありがとう、カガリ。君の隣にずっと俺はいたい。いさせてくれませんか?」
「…何だよそれ、プロポーズか?」
「…受けていただけますか?」
プロポーズしている側が、何「この国で一番幸せですv」な笑顔しているんだよ。
だったら―――
「もちろんだ。」
負けず嫌いな私は、「世界で一番幸せ」な笑顔を彼に返すと、彼の首に腕を回し、そのまま口づけた。
・・・Fin. (&To be story of the other self.「Kira」)