カガリはぱたぱたと廊下を走っていた。その表情からはどこか焦りが感じられる。 前を歩く二人の姿を見つけると、速度を上げて彼らに駆け寄った。 「キラー!ラクスーー!」 掛け声に気づいた二人は後ろを振り返ると 「あらあら、カガリ様。」 「カガリ、どうしたの?」 驚きながら同時に答えた。 「二人ともアスランを見かけなかったか?」 はあはあと荒い息をつきながら尋ねた。 「アスラン?いいえ、会っていませんわ」 「僕もみかけてないよ」 「そうか・・・・」 カガリは肩を落とし、落胆の色を示した。 「どうかしたの?カガリ」 いつもの元気がないカガリを心配したのか、キラが歩み寄って言った。 「うん・・・。ここ2日くらいアスランに避けられてる気がするんだ。部屋にいってもいつもいないし。いつもいるところに行ってもいないし・・・」 キラとラクスは怪訝そうに顔を見合わせた。 「私、何かアスランに嫌われるようなことしたのかなあ・・・」 「そんなはずないよ、カガリ」 「ええ、そうですわ。アスランがカガリ様のことを嫌うはずがありません。」 二人とも自信たっぷりに断言する。 「そうはいってもなあ・・」 泣きそうになるカガリにキラはポンっと手のひらを打った。 「そういえば!昨日の夜アスランが庭に出るのを見たよ。もしかして今日も行ってるんじゃないかな?」 「・・・キラ・・。そのような確証のないことをおしゃられても・・」 「庭だな!ありがと!行ってくる!」 ぱあっと顔を輝かせて身をひるがえすカガリ。 「あっ、カガリさま・・・」 ラクスは何か言おうとしたが、カガリの姿はすでに遠くにいってしまっていた。 ◆ 「こんにちは。こんな夜中にお散歩ですか?」 嫌な相手に会ってしまった・・。アスランはあからさまに顔をしかめた。 ありがたいことに辺りは暗かったため、向こうからは自分の表情は見えていないだろう。 「ああ、夜の方が落ち着くからな」 平静を保って言うアスランに、ニコルは失笑をもらした。 「昼だと僕とカガリに会ってしまうから?」 ニコルが鋭く言い放つ。 アスランはニコルを睨みつけた。 「正直あなたにはがっかりです。ここのところ僕たちを避けているでしょう?勝負にもならない。」 「勝負?一体何の勝負だ」 「このあいだ、僕が言ったでしょう?もう忘れたんですか?」 心外そうに言うニコルにアスランはため息をもらした。 「・・・くだらない。俺はそういうことは嫌いだ」 「・・・そうですか。なら貴方は放棄するということですね。」 「訳の分からないことを言うな!」 いちいち勘にさわる言い方にアスランは思わず声を荒立てた。 ニコルはアスランをじっと見つめ、そして口を開いた。 「・・・・・・あなたは一体何を恐れているんですか?」 「・・・・・・なに・・?」 アスランは顔を顰める。 「僕の影に一体何を見ているんですか?」 「・・おまえ・・・」アスランは自分の声が震えるのを感じた。 「今のあなたにあるものは」 一瞬言葉を切ると、ゆっくりとこう継げた。 「罪悪感と嫉妬。違いますか?」 「ニコル・・・。何を知っている・・?」 ザワっと風邪が吹いて二人の髪を凪いだ。 ニコルは一瞬目を細める。 「・・・昨日、あなたの友人のディアッカという人にお会いしたんですよ。」 アスランが息をのむのが分かった。 「彼は僕を見たとたんあなたと同じように言葉を失っていました。僕の名前を聞いたら、もっと驚いてましたね。あまりにも不自然だったので、聞いたのですよ。なぜそんなに驚くんですか?って」 「そしたら、教えてくれました」 「・・・・・・」 「僕は、そんなに彼に似ていますか?」 柔らかく微笑んで問う。 アスランは思わず顔をそむけた。 「俺は・・・・」 「あなたは自分が彼を殺してしまったと思っているんですか?」 あまりに直球な問いに、アスランは言葉を詰まらせた。 「ニコル、お前が来る前から俺は夢を見ていたんだ。」 「夢・・?」ニコルは首をかしげる。 「ああ・・。ニコルが死ぬ夢だ。」 「・・それで、あなたは僕に近づけないということですか。お笑いですね」 皮肉めいた口調でニコルが続ける。 「僕と彼は全くの別人です。何の関係もない。ただの偶然でしかない。」 アスランは、はっとしてニコルを見つめた。 「それに、あなたがどんなに自分の罪を懺悔したところで、彼は戻らない。」 そう辛辣に言い放つニコルは、カレに似ても似つかなかった。 アスランは不思議な感覚を覚えた。 目の前のニコルは明らかにニコルとは違う。そう理解し始めた片端で、なぜだかニコルが彼の口を借りてアスランに言葉を向けているような気がしたのだ。 「あなたには他にするべきことがあるのでしょう?」 一つ一つの言葉がアスランの心に染み渡る。 「過去に縛られるのは愚かなことです。どうして周りを見ようとしないんですか?」 「あなたに会えないばかりに、カガリが苦しんでいるというのに」 ニコルは顔を苦しそうに歪めると、小声でそうつぶやいた。 アスランはふいに現実に舞い戻って来た気がした。 カガリ・・・・・。 自分のことばかり考えていて、一人でやきもちを焼いて、カガリを避けていた。今更ながら自分が情けなく感じた。 「でも、まさか僕がカガリに抱きついたところを見たくらいでそこまでやきもち焼くとは思いませんでしたけどね」 ふいに口調を変え、いたずらっぽくニヤっと笑った。 一瞬アスランは目を丸くした。 「知っていたのか・・?」 「だって、あなたがいると分かっててわざとやったんですから」 しれっと言うニコルにアスランは言葉を失う。 つまり、うまいことニコルの策略にはまって、ありもしないことに一人で悩んでいたということだったのか。 「あれ、怒りました?」 おかしそうに顔をのぞきこんでくるニコルに、アスランは笑いをもらした。 「ははは・・なんだ・・・・そうだったのか」 不思議とだまされたことに怒りはなかった。むしろほっと、安堵したくらいだ。 そんなアスランを見て、ニコルはむっとする。 「ずいぶんと余裕ですねえ。でも勝負はこれからですよ?覚悟していてください」 その時、人が慌しく走ってくる音がした。 「アスランーー!」 血相を変えて走ってくるキラ。 「キラ。どうしたんだ」 「カガリ見なかった?」 「いや、見ていない。何かあったのか?」 切羽つまったキラの様子にアスランは心が騒いだ。 「う、うん。6時頃にカガリに会って、アスランがどこにいるかって聞かれたんだ。それで、もしかして庭にいるかもって言ったら分かったって言ってそれっきり、カガリ部屋に戻ってないらしいんだよ。」 「なんだって?もう夜中だ。いくらなんでも戻っているだろう」 アスランが言った。 「それが・・警備の人に聞いても部屋に帰ってくるのを見ていないって・・。それに屋敷中探したんだけどいないんだよ・・」 「でも、ここにはカガリはいませんでしたよ?」 ニコルが慌てていった。 「まさか・・・外苑の方に行ったんじゃないだろうな?」 「まずい!むこうは森に続いているんです。中に入ったら朝にならないかぎり出てこられない。」 「あの、バカ!」アスランが言った。 「バカ」という言葉にむっとして、ニコルは顔をしかめた。 「もとはといえば、アスラン。あなたがいけないんでしょう?カガリはあなたを探しに行ったのだから」 もっともな意見にアスランは苦虫をつぶした。 「とにかく、俺は外苑を探しに行く。キラはもう一度屋敷の中を探してくれ」 「僕も外苑を探します」 「いや、お前もキラと一緒に屋敷を探してくれ。下手に森の中に二人で入ってもこちらも迷いかねない。俺が必ずカガリを見つけるから」 「分かりました。」しぶしぶと引き下がって、ニコルはこう付け加えた。 「もし、カガリに会ったのならケリをつけてきてください。これ以上彼女が悲しい思いをするところは見たくありませんから」 アスランは驚いてニコルの顔を見つめ 「・・・ああ。分かった。」 大きくうなずいた。 ◆ 「おかしい・・・・。庭に来たはずなのに、なんで森の中に入り込んでいるんだ私は」 きょろきょろと首をまわして辺りを見回す。木々が覆い茂り、道というものは見当たらなかった。 これは完全に迷ったか・・・。すでにどちらから来たかも定かではなくなっている。 カガリはうなだれた。 アスランを探しに庭に来たものの、見つからずやけになって探し回っていたら自分がこのような事態に陥るとは。 「くそっ、これもそれも全部アスランのせいだ〜!帰ったらおぼえとけ」 思わず大声で悪態をつく。 バサッ その声に驚いたのか横の木から梟が飛び立った。 「うわっ」 カガリはビクッっと身をかがめた。 「こ、怖くない。怖くない」 とりあえずどうやって戻るか考えないと・・・。 混乱する頭を落ち着かせようと深呼吸を繰り返した。 そして、カガリは空を見上げた。 「星もでてないか・・」 方角が分からないからには身動きがとれない。当てもなく彷徨ってもよけい迷うだけだ。 「どうしよう・・」 しだいに不安になってきたのか、声に覇気がなくなってくる。 「うう・・・。このまま帰れなかったりしてな・・」 そう口に出すと余計不安はつのってきた。 「誰かきてくれよ・・・・」 力が抜けたようにその場にしゃがみ込むと、両手で自分の体を抱きしめた。 「嫌だ・・・一人は嫌だ・・・」 目から涙がこぼれる。 「アスラン・・・」 なんで自分が避けられているのかわからず、自分がアスランに嫌われてしまったのではないかと思って悲しくなっていたが、今はそんなことはどうでもよくなっていた。 嫌われていたとしても自分はアスランのこと好きだから。 とにかくアスランに会いたい。 その気持ちだけつのっていた。 その時、遠くから声が聞こえた。 「?なんだ?」 何かを叫んでいる声。その声には聞き覚えがあった。聞き間違えるはずがなかった。 そして、はっきりと自分の名前を呼んでいるのが聞こえた。 声のする方角から懐中電灯の光が見える。 「!アスラン!!」 勢いよく立ち上がり、声のする方に駆け出す。 心臓が激しく打った。 「アスラン!アスランアスラン!」 カガリは我慢できなくなって叫び出した。 近くに人影が見えた。思わず涙腺がゆるむ。 3日ぶりに見るアスランはカガリを見つけると、顔を歪めた。 「この、ばかっ!」 駆けつけてくるカガリを抱きとめて、強く腕に抱いた。 「アスラン・・。怖かったんだ・・。怖くて怖くて、もう戻れないかと思ったんだ・・」 カガリは泣きじゃくりながらアスランにしがみついた。 「大丈夫。俺が来たよ。カガリに謝りたくて・・・。カガリに会いたくて。」 アスランは愛しそうにカガリを抱く腕に力を入れた。 「うっく。わ、私もアスランに会いたかったんだ。お前を探してこんなところまできちゃったんだぞ。」 「すまない、カガリ。俺が・・・勝手にニコルにやきもちを焼いたりして・・・、カガリとニコルが一緒にいるところ見たくなくて・・お前を避けていたんだ」 ニコルには自分の過去の罪の意識から避けていたと言ったが、実際はニコルとカガリが楽しそうに笑っているところを見たくなかったという意識の方が強かった。その上で、ニコルへの罪悪感からカガリに近寄れなかったのだ。 「?お前、私のこと・・・嫌いになったわけじゃない・・のか・・?」 カガリは顔を上げて言った。 「は?そんなわけないだろ。・・違うよ・・・だから・・・」 アスランは顔を赤くして言葉を濁した。 「ニコルにやきもちやいてたのか・・・?なんで・・?」 さっきのアスランの言葉を思い出し、きょとんとしてカガリがたずねる。 「だって・・・カガリがニコルと抱き合ってるのを見たから・・」 「私とニコルが・・・?なんのこと・・・って、あー!あれかーーー!」 目をぱちぱちして首をかしげていたが、ふいに回廊でニコルに抱きつかれたことを思い出して奇声を上げた。 そして慌てて弁解しようとあたふたし始める。 「あ、あれはだな、違うんだぞ。いきなりニコルのやつが抱きついてきただけで」 「うん。さっき彼から聞いたよ。俺の勘違いだったみたいだな」 アスランがケロリとした顔で言ったので、なんだよかった、とカガリは胸をなでおろした。 「あたりまえだろ!そんなことあるわけないじゃないか・・」 そして、ジト目でアスランを睨む。 「そんなことで、私のことを避けていたのかよ」 「もうひとつあったんだけどね」 「え。まだ何かあるのか?」 「でも、もう分かったからいいんだ。あの夢も・・・もう見ることはないだろう。」 「???言ってることがさっぱり分からないぞ」 「つまり・・・」 首をかしげるカガリにアスランはさわやかな笑顔で言う。 「俺には、カガリがいるから、それで精一杯ってことだよ」 そして軽くカガリの頬に口を落とした。 「うわっ!」 慣れない仕草にカガリが顔を真っ赤にさせる。 しばらく恥ずかしそうにそっぽを向いていたが、はたと気づいてアスランを見た。 「・・・・・・って、なんだよ、その『精一杯』っていうのは」 「まるで私が手のつけようもないほどのお転婆で、じゃじゃ馬みたいな言い方は!」 「あはは、そのまんまだろ」 「アスラーン!」 振り上げて殴りかかろうとするカガリ手をアスランは片手で受け止めた。 「さあ、早いところ帰ろう。皆が心配している」 「・・うん」 アスランの手を強く握って、カガリはうなずいた。 ◆ はあ、とニコルはため息をついて空を仰いだ。 「本当に僕はついてないな。一週間の予定だったのに、親の都合でまた切り上げか・・・」 「まあ、そう言うなよ。また遊びに来いよな」 ニコニコと笑いながらカガリがそう言った。 「・・・ずいぶんと、嬉しそうだね。カガリ」 「え、そんなことないぞ?なあ、アスラン」 後ろにいるアスランに振り返る。 「ああ、ニコルがいなくなるから寂しくなるな」 感情のこもらない声で答えた。 「君たちは・・・・」じとっと恨みがましく見て 「まあ、いいけどね。また暇ができたらすぐにこっちに来るから」 そして、アスランの方に目をやった。 「それまで、カガリをよろしくお願いしますよ。アスラン。くれぐれも−」 カガリの頭の上にポンっと手を置いて 「カガリを悲しませないで下さい?そんなことしたら、僕がすっとんできますから」 ニコルの手をカガリの頭からぺしっとどけると、アスランは憮然として言った。 「そんなことはないから、安心しろ。もう二度と来なくていい。」 「冷たいですねえ、アスランは。でも、本当にまた会えるといいですね」 ふわっと笑うニコルに 「――――ああ・・・そうだな。」 アスランもどこかふっきれた微笑で応えた。 ニコルを見送り終わると、カガリはおかしそうに笑った。 「お前ら二人いつのまにか仲良くなってたな。驚いたぞ」 「そうか?」 「・・・それにしても嵐のような奴だったなあ」 「ほんとだな・・」 アスランはしみじみとつぶやいた。 今回のことに関して、ニコルは『ただの偶然』と言っていたが、アスランはそれだけではなかったように感じた。 「アスラン、これからどこか遊びに行かないか?」 カガリはそういって、雲ひとつない快晴の空を見上げた。 「遊びに行くには絶好の日だろ?」 嬉しそうに言うカガリにアスランは幸せそうに微笑んで 「じゃあ、今日は俺がエスコートするよ。カガリの好きなところに行こう。」 すると、カガリの顔がぱああっと輝いた。 「よし!じゃあ、ちょっと待ってろ。用意してくるから」 そう言うや否やカガリは駆け出していた。 「そこでちゃんと待ってるんだぞーーー」 走りながらそう叫ぶカガリを見つめながら、アスランはおかしそうに笑いをこぼした。 そして空を見上げる。 鳥が二羽楽しそうに飛んでいた。 ------------------------------------------------------------------------- 後書き アスカガ小説で初めてオリキャラだしちゃいました・・。しかもニコル・・・。(ひ〜ニコルファンの方すみませーん)でもでも、アスランは絶対ニコルが自分をかばって死んじゃったことをずっと後悔するだろうなあ・・と思って、こんな話を思いついたのです。できれば、アスランとカガリには幸せになってほしいから・・・。ニコルのことを思い出すときに悲しい思い出でなく、できれば楽しかった思い出を想い返して欲しいなあ・・と。それと、どうしてもニコルとカガリとアスラン3人で楽しく遊んでいるシーンが書きたかったんです。絶対この3人って気が合うと思うんですよ。あああ、本編でなかったことが悔やまれます。また機会があればニコルとの話を書きたいです。今度は本物のニコルで(笑) ←罪・前編 |