そこは真っ暗な闇の中だった。
アスランは目を凝らして周りを見回した。
何も見えない―。

その時、光が現れ、辺りが明るくなる。
アスランは息を飲み込んだ。
そこは枯れ果てた都市であった。おそらく戦争でこのような無残な姿になったに違いない。人の気配はまるでなかった。

乾いた風が通り抜ける。

コツッ

ふいに後ろに人の気配がした。

「誰だ!?」

後ろを振り返って、目を見開く。

「アスラン。いったいどこにいってたんですか?探しましたよ」
ふわりと微笑む人物。いつものように柔らかい口調でしゃべる彼。

「・・・っ!ニコルっ!」

「どうしたんです?」
いつもと様子の違うアスランに首をかしげるニコル。

「生きていたのか・・・?ニコル」
呆然として問うアスランに、ニコルはおかしそうに笑いをもらした。
「おかしなことを言う人ですね。」
その懐かしい笑みも昔のままだった。
アスランは懐かしさと同時に激しい混乱を覚えた。

ニコルは空を見上げた。
「そんなことより、アスラン。こちらに敵が向かっているようですよ。ここは危険です、今すぐに―」
ニコルの言葉は、空からわいた轟音によってかき消された。

上空には戦闘機がいくつも現れていた。
彼らは一斉に自分たちに向かって銃口を向けた。

けたたましい銃声が響く。
アスランは弾を避けつつ岩陰へ行こうとする。ニコルは大丈夫だろうか・・。
後ろを振り返った。

「アスラン・・・」
ニコルは沢山の銃撃をあびてしまい、体中から血が流れ出ていた。

「ニコル!」

「アスラン・・・。また僕を見殺しにするんですね・・・」
恨めがましい目でアスランを凝視する。
同時に体の支えを失い前へと倒れこんだ。

飛び散る鮮血はアスランの昔の記憶を呼び起こす。
モビルスーツに乗ったニコルがキラの剣によって撃沈される光景が目の前のそれと重なった。

「嫌だ!ニコル!ニコル――――――!」
アスランの悲鳴が空へこだました。








アスランは勢いよく体を起こし、はあはあと肩で息をついていた。
「・・・・・また夢か・・・・・・・・」
ズキズキと痛む頭を抱え込む。

最近よく見る夢――――それは、親しかったニコルやミゲルなど戦争中に逝ってしまった人たちの夢だった。
そして決まって彼らは自分を憎んでいる。
そう、戦争を乗り切りまだ生きている自分を恨んでいるかのように。

それはアスランの罪の意識から出るものなのだろう。
平和となった今、のうのうと生きている自分が心の奥で許せなかった。彼らは死んでしまったというのに・・・。

「アスラン?起きてるか?」
ふいに外で声がした。カガリだ。

「ああ、今起きたところだよ」
けだるい体をどうにか動かしてベッドから降りる。

「そうか。あのさ、今日時間あるか?復興支援を手伝ってくれる人たちが来るんだ。まあ、パーティみたいなもんだけどさ。よかったらアスランもでないか?」
どことなく気遣わしげな声に、アスランは心が和むのを感じた。
カガリはいつも優しい。ぶきっらぼうだけど、そんな彼女にいつも自分は助けられている。

「そうだね。たまにはいいかな。行くよ」
部屋から出て外の空気に触れる方が、今の自分には良いのかもしれない。
それに、また一人で考え込んでいると、カガリのいう「ハツカネズミ」になりかねなかった。

「わかった!じゃあ、お昼頃に呼びにくるからな」

「ああ、楽しみにしてる」
返答をしてから、はたとアスランは頭をひねった。

パーティ用の服なんてあっただろうか・・・。





「ずいぶんと大掛かりなパーティだな・・」
大ホールに敷き詰められたテーブルに並ぶ見事な料理、豪華な服を着てやってくる人々を見ながら、アスランは感嘆の吐息をもらした。
アスランといえば、結局何を着ていけばいいのかわからず、ザフトの軍服での参加となった。

「アスランはあまりパーティとかには参加したことなかったのか?」
緑色のドレスを身にまとったカガリはアスランの顔を覗き込んで尋ねる。

「誘われることはよくあったけど、ほとんど行ったことはなかったな」
アスランはいつもと違う雰囲気のカガリを直視できず、視線をそらしながら答えた。

「お前らしいな」
おかしそうに笑うカガリ。
だがふいに表情に影を落とした。
「それにしても、最近様子変だぞ?大丈夫か?アスラン」

「え・・・」
突然の問いに、アスランは目をしばたく。
そんなに顔にでていただろうか・・。

「ああ・・すまない、考える時間ができたらなんだか色々なことを思いだしてな」
そう言って乾いた笑みを浮かべた。

ややあって
「・・・・・・そうか。そうだよな・・・。色々あったもんな」
カガリも低い声で答えた。
カガリにもアスランの気持ちはいたいほどよく分かった。
できることなら、思い出す時間なんてないほうがいい。


気分がしんみりとしてきたとき、遠くから呼び声が聞こえた。

「カガリー!」
現れたのは一人の少年。カガリと同じくらいの歳だろうか。

彼は嬉しそうにカガリに駆け寄って彼女に抱きついた。
その様子を見たアスランは目頭にしわを寄せる。
あまりいい気分ではなかった。

「うわっ。久しぶりだな。今日来るなんて知らなかったよ」
カガリは心底驚いたように言った。

「驚かせようと思ったんだ。会いたかったよ、カガリ」
体を離すとニッコリと笑う。

彼を見ながらアスランは心にひっかかるものを感じた。
少年のふわふわした髪の毛といい、表情といい、アスランに<カレ>のことを思い出させたのだ。

「ああ、私もだ」
カガリも嬉しそうに微笑み、アスランに振り返った。

「あ、アスラン。紹介するな。私の親戚にあたるニコルだ」

一瞬アスランの頭の中は真っ白になった。
(今、カガリはなんといった・・・?)
鼓動が早くなるのを感じた。同時にめまいがおこる。何か言おうと思ったが、喉がつまって声がでなかった。

「そして、こっちはアスラン。えーと私の戦友・・・かな」
アスランの様子に気づかないカガリは少年の方に向いて、照れたようにアスランを紹介した。

「よろしく、アスラン」
ニコルは柔らかく微笑んで挨拶をする。

「・・・・・よろしく・・」
そう一言声を出すだけでも精一杯だった。

様子の変わったアスランにカガリは首をかしげる。
「?どうかしたか?アスラン。顔色悪いぞ」

「いや・・ちょっと人に酔っただけだ・・」
だが、そう言うアスランの顔は血の気がひいたように青くなっていた。

「大丈夫か?飲み物もらってくるよ。二人ともここにいろよ」
心配そうにそう言うと、小走りに駆けていった。

「カガリは相変わらずですね」
駆けていくカガリを見ながら、ニコルはくすくすと笑いをもらす。

「・・・・・ああ。」

ニコルはアスランの方に振り返り、
「もしかして、僕が来てから気分悪くなったんじゃないですか?」
見透かすようなまなざしでアスランを見つめた。

アスランは、表情が固まるのを感じた。

    ――――また、僕を見殺しにするんですね――――

頭の中で彼の声がこだまする。
目の前の少年は彼とは関係ない。ただ名前が同じだけ。
そう理解していても、彼はあまりにカレに似すぎていた。
こんな偶然があるものだろうか・・・・。

そんなアスランを見て、ニコルははあとため息をついた。
「やっぱり。あなたはカガリのことが好きなんですね」

予想もしなかった言葉にアスランはぎょっとする。
「な、なにを・・」
目を白黒させてアスランは狼狽した。

「僕も彼女のことが好きなんですよ、ずっと前から。」
ニコルは一歩もひるまずにそう言い放った。

「ちょうど良い機会なのであなたに言っておきます。僕は今日から一週間ここに滞在するのですが、その間邪魔しないでくれますか?久々に彼女にあったので、二人でゆっくり過ごしたいんです。あなたはこれからも彼女のそばにいることができるのでしょう?僕は両親の都合上なかなか会うことができないのです。それに、小さい頃から一緒にいたので、僕のほうが彼女を理解しています。」

「だから、あなたには負けません」
それはアスランに向けての宣戦布告だった。





「・・・で、アスランってばその時私になんて言ったと思う?」
回廊を歩きながらカガリは隣を歩くニコルに問いかけた。 さあ?と首をかしげてニコルは答える。
「『女!?』って言ったんだよ、あいつ。驚いたように」
カガリは口を尖らせた。
「まったく、キラといいアスランといい、ほんと変なところで似てるんだよな」
やっぱり幼馴染って似るものなのかな。

「・・・・・・・・」

「どうした?ニコル」
表情の硬いニコルの顔をのぞきこみ怪訝そうに尋ねた。
なんだか反応が薄い。それに微妙に表情も暗い・・気がする。

「・・・さっきから、アスランの話ばっかりだね」
うつむいたままニコルは言った。

「え、あ、あはは・・そうか?最近アスランとよく一緒にいるからかな。」
カガリは照れ隠しに早口でそう言う。
「それにしても、アスランのやつ、大丈夫かな。昨日のパーティで気分悪いから帰るって言ってすぐ帰っちゃうし、今朝も部屋からでてこないし・・」

「部屋で休んでるんじゃないかな?大丈夫だよ」
話を終わらせようとニコルはやんわりと答えた。

「そうはいってもなあ・・心配だな・・・」

なおも追求しようとするカガリにニコルは肩を落とした。
「ずいぶんと彼のことを気にしてるんだね。・・・カガリは、アスランのことが好きなの?」

「えっ!?す、好きっていうか・・・。ええと・・」
突然の問いかけに顔を真っ赤にしてカガリは言いよどむ。
「う、うん・・。そうだな。アスランのことは好きだよ。一緒にいると落ち着くし、でもなんか抜けてるところあるから、放っておけないし・・」

「それじゃあまるで、兄弟に対する感情みたいだね。」
さぐるような口調で言い、ふいに回廊の奥に目をやった。
遠くに人影が見えた。

「兄弟・・・?うーん、そうだなあ・・。たしかに近いかもしれない。でも・・」
カガリはなにか言おうとしたが、ニコルに抱きすくめられて言葉を遮られた。
「ニ、ニコル!?」

「しーっ。このままちょっとじっとしてて」
ニコルはカガリを羽交い絞めにしながら、そうささやいた。
そして、向こう側の回廊の影に目をやった。
(このくらいのハンデはいいよね)
そこにいる人物の反応を想像して、口に笑みを浮かべた。

「うん、もういいよ」
気配がなくなるのを確認すると、ニコルは固まったまま動かないカガリを離す。

「なっ、一体なんなんだよ。いきなり抱きつくなよ!」
意識をとりもどしたカガリは、頬をふくらませて怒鳴った。

「ごめんごめん」
ニコルはおかしそうに笑いながら、そんなカガリを宥めたのだった。




はあはあはあ
アスランは肩で息をつきながら、壁に寄りかかった。
「くそっ、何をやっているんだ。俺は」
前髪をかきあげて苛立ちげにつぶやいた。

アスランは昨日パーティを途中で切り上げて帰ってしまったことをカガリに謝りに行く途中だった。
だが、回廊を歩いている時に、彼は目にしてしまったのだ――――二人が抱き合っているところを。

その瞬間、彼は心臓をわし掴みにされたような、まるで心の中に重い鉛が落ちたような、そんな感覚に陥った。
見ていられなくて、すぐに来た道を引き返した。駆け足で自室に戻って今に至る。

緊張が解け、体の力が抜ける。
壁に背を預けたまま、ずるずると床に腰を落とした。

「俺は一体どうするべきなんだ・・・」



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