「わぁ・・・凄い!」
山肌に沿ったバラ園を上り抜けた先にあったのは、一面開けた緑の芝生。そして、温かみのある木製の小屋。
小屋の壁はすべてガラス張りで、遠く水平線の向こうまで見渡せる、絶景だった。
そこはカフェのようで、お茶も楽しめるようになっている。
「当店はバラやハーブのお茶と飲み物を提供させていただいております。どうぞおくつろぎください。」
そう言って人のよさそうな店主が勧めてくれたのは、カモミールティと、お茶請けは『フロマージュローズ』というタルト。
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二人して外のテラスにある木製のチェストで一息つく。
「ここで咲いたバラの花びらを砂糖で煮詰めて作ったジャムが入っているそうだ。」
というアスランの説明よりも早く、カガリが早速タルトに舌鼓を打つ。
「美味しい!バラってこんなに美味しくなるんだ。香りもいいし。」
タルトに添えられているのはバラの花びらの砂糖漬け。くどい甘さはなく、ほのかな酸味が口の中一杯に広がる。
テラスの向こうに広がる景色を独り占め・・・いや二人締めしながらのティータイム。穏やかな日差しと心地よい風で、いつまでもいられそうだ。
「あ〜ずっとここに居たいな〜。帰るの嫌になってきた。」
足を投げ出し、カガリが呟くと、アスランは笑う。
「じゃぁ、ここにずっと二人でいるか?」
「居たいさ。・・・でもきっと毎日じゃだめなんだ。たまに来るからいいんであって。」
「なら・・・」
アスランが頬杖をつきながら海を眺めるカガリの横顔を見据える。
「ずっと居てもいいと思うところはどんなところだ?」
カガリはあっさりと答えた。
「そりゃ待ってくれる家族がいるところだ。どんなに疲れても、苛立っている時でも、それを受け入れて待っていてくれるところだな。」
「じゃぁ話は早い。行きたいところがある。」
アスランがトレーを持ち上げた。
「え?お前が行きたかったところってここだろ?」
「このバラ園には変わりないんだけど、カガリと二人でしか行きたくない場所があるんだ。」
何故だろう・・・少し彼の横顔が赤くなっている気がする・・・。
再びバラの中を歩きだせば、バラたちに導かれるようにして、少し開けた場所に出た。
小道の奥に小さなバラの小屋。梁だけが木で、屋根も壁も一面バラが覆いつくしている。
小さな池とそこにたたずむマリア像。
バラの隙間から木漏れ日が柔らかく差し込み、ここだけ凄く涼しい。
(なんか、教会の中にいるみたい・・・)
見上げる彼女に彼は改まって声をかけた。
「カガリ、その、こっちを見てくれないか?」
「アスラン・・・?」
酷く神妙な表情だ。
「カガリ、この場所の名前、教えてあげようか?」
そういえば一つの場所ごとに、ガーデンの名前がついていた。
「ここは『プロポーズガーデン』って言うらしい。」
「へ〜確かに厳かな雰囲気だよな・・・――って、プロポーズ!?」
「そう・・・だから、その//////」
照れくさそうに、でもチラリと向けられる翡翠に、カガリは見覚えがあった。
(あの時・・・指輪をくれた時のアスランだ・・・)
彼は恭しく、でも力を込めてカガリの両手を取った。
「君と出会って、君の傍にいると誓ったのに、俺は自分のことばかり考えて、大変な状況の君を置いてプラントに戻った。あまつさえ、オーブと敵対するZAFTに復隊して。君を一人にしてしまったことで、君は自分の幸せすら捨てざるを得ない状況にまで追いやった。・・・こんな俺がもう一度、君の傍にいることを望んでいいものかと思った。最初はただ傍にいて、君を見守れれば、それでいい、と何度も言い聞かせたけれど、ダメだった・・・どうしても、俺の手の中で君を守りたくて…いや、俺のものにしたいという思いを諦めきれなかった。」
「アスラン・・・」
「だから、こうして二人になれる機会に、君の気持ちを確かめたかったんだ。昨日の夜の君の焦る様子を見て、やっぱり認めてくれないかと思っていたけれど・・・俺の胸に飛び込んでくれて、嬉しかった。そして決めたんだ。今日もう一度、君にきちんとプロポーズしようと。」
真摯な翡翠に吸い込まれそうになる。
本当はお願いするのは私の方なのに。
「カガリ・ユラ・アスハ。俺と、結婚してくれませんか?」
「その・・・だな、アスラン。」
「・・・駄目・・・か?」
「ううん!その・・・私からのお願いだ。凄く贅沢なお願いだぞ?」
「助力してみるが、俺にできることならなんでも。」
「違う、私の願いだ。」
もう一度彼の手を私から取り、胸に掲げる。
「お前にいつも「行ってらっしゃい」と「お帰り」を言わせてもらっていいか?」
「カガリ・・・」
(―――「「行ってらっしゃい」って言ってくれる人がいるって、すごい贅沢だぞ!」)
そうだ。
気が付けばいつも一人きりの部屋。
見送る人も、迎える人もない、たった一人の世界。
暗かったそこに、温かな光が差し込んでくる。
何時もそこに―――『君がいる』
「俺からも頼む。毎日君が迎えてくれる贅沢、ずっと味わっていたい。」
「うん、だからもう、絶対、どこにも行くなよ。」
「あぁ、約束する。」
抱きすくめた彼女から、淡くて優しいバラのような香りがする。
このバラの香りは―――
「アスラン、この下、見てみろよ。」
カガリがアスランの腕を引いてみた先には、大輪の『黄色』と『赤』のバラが絡み合い咲き誇るトンネル。
「お前と私のイメージのバラで出来ているみたいだ。」
カガリがはしゃぐ。
黄色と赤のバラの門をくぐった先には―――
二人の行く先を出迎えてくれるような広い庭。
「ここか・・・」
「アスラン、ここの広場の名前は?」
「『ウエディングガーデン』。」
「そっか。なんか黄色と赤のバラで出来ていて、このまま結婚式揚げられそうだな。」
「でも、カガリはハウメア神だから、祭壇で上げるんだろ。挙式は。」
「う〜ん・・・確かにそうなんだけれど、でも、できたらこんな感じがいいな。親しい人だけが集まって、こじんまりとできるのが。」
小さなマリア像の迎える祭壇で誓いの言葉を交わし、そしてバラに囲まれたウエディングドレスのカガリ。
アスランの微笑みが溢れる。
「いいな、それ。」
「うん。だから、な。」
カガリがそっと耳元でささやいた。
「また来ような、絶対ここへ。」
「あぁ。約束する。」
きっと、ずっと、ふたりで・・・
・・・終。(オマケに続きます)