「・・・やられた・・・」
誰もいない早朝の露天風呂は、再び貸し切り状態だった。
少し低めの湯温が、朝の目覚めたばかりの肌に心地いい。
そんな最高の誕生日の朝なのだが、開口一番出てしまったのは、ため息一つ。
(全く・・・手加減しろよって言ったのに・・・)
一番大事な人の腕の中、極上の笑顔で目覚めを迎えられた瞬間は、確かに今までで一番幸せな朝だった。
だが、こうして朝の湯に浸かろうと、浴衣をハラリと解いた瞬間、目に飛び込んできたのは、白い肌に浮かぶ紅の痕。
誰かが見ようものなら、明らかに愛された痕と、一発で見抜かれる。
「誰もいなくてよかった〜」
肩で安堵の息をつきつつ、少しでもよく温まれば、肌全体に赤みが帯びて目立たなくなるかもしれない。
(そして、部屋に戻ったら、ギッタギッタにお説教してやる!)
湯の中で握りしめたカガリの拳。
尚、それが振り下ろされ―――るかと思ったが、迎えた朝食の膳には、悪気一つもないアスランの笑顔と
「良かったなカガリ。ほら、これが『温泉卵』だ。」
カガリが願ってやまなかった、白身だけがトロリとした、憧れのものがそこに。
「やった!これが『おんせんたまご』か!食べられてよかった〜〜!!」
カガリの拳は、見事『温泉卵』によって満足な表情となって打ち返された。
***
「で、今日はどこへ行くんだ?今日はお前が行きたいところに行くって言ってたよな。」
「あぁ。できればカガリを連れていきたいと思っていたところだ。」
宿を後にして海に向かえば、今日も波は穏やかで心地よい潮風が柔らかな金糸を撫ぜる。
温泉地から少し離れた場所にあるらしい。
カガリはアスランに導かれるまま、ローカルなバスに乗る。
海岸沿いに走る車窓からは、まだ朝の光が波をキラキラと光らせる。
15分くらいたっただろうか。アスランが降車ボタンを押したのは、正直「なーんにもない」海と山との間。
「・・・ここって・・・あ!」
カガリがポンと手を打つ。
「わかった!昨日の登山勝負のリベンジだな!」
アスランは苦笑して首を振る。
「・・・いや、昨日の今日で勝負はないから。というか、登山なら昨日俺が勝ったからリベンジじゃないな。」
「あ、そうか。でも一体ここに何があるんだ?」
またも?を頭に浮かべるカガリに、アスランは微笑んだ。
「さぁ、こっちに来てみて。いいものが見れると思う。でもその前に―――」
というが早いか、アスランがカガリの背後からカガリの両眼を塞いだ。
「へ?ちょ、ちょっと何するんだ?アスラン。」
「暫くこのままで行こう。もう少し歩いたら見せてあげるから。」
「うん・・・」
とりあえず良くわからないが、まるで隊列を組んでいるみたいによちよちとこのまま歩いていく。
数分歩いただろうか。
「さぁ、どうぞ姫様。」
アスランがそっと手を離すと
「わぁ・・・」
そこには一面のバラ。
アーチをくぐれば山肌全体にバラの花が見事なまでに咲き乱れていた。
「カガリは5月生まれだから、誕生花はバラだし、しかも今が一番バラのシーズンだから、ここに連れてきたかったんだ。」
そう言ってアスランは恭しくカガリの手を取ると、赤いバラのアーチを潜り抜けていく。
パティオの中も一面のバラ。つやつやとした緑の葉に、大輪の花がいくつもその存在を主張している。
柔らかく、甘い香りが二人を包み込む。
「一体どのくらいバラが植わっているんだろう。アスハ家の庭でもこんなにないぞ。」
「大体20万株、とはガイドにあったけれど・・・クライン邸の庭もバラが溢れていたが、流石にここまではなかったな。」
「クライン・・・ラクスの家か?」
「あぁ。」
そういえばアスランとラクスはかつて婚約した間柄だった。ただそこに男女の愛情があったかどうかは分からない。まだ幼過ぎたと言えなくもないが、今、彼女とその恋人であるキラとはいい友情を保てていると思う。
「ラクスか・・・あのバラ、凄くラクスっぽいな。」
そう言ってカガリが指さした先には、淡いピンクの八重のバラ。ふわりとした柔らかな花弁が、確かにラクスを思い出させる。
「ラクスはやっぱりピンクで、こう・・・ふわっとした感じだけど、でもこのバラみたいに中心は色が濃くって、真の強さを持っているから、うん!やっぱりこのバラだ。」
カガリが「これに決定!」と拍手する。そんなカガリにアスランが問う。
「だったら、同じく今日が誕生日のキラはどんな色だと思う?」
「う〜ん、そうだな・・・というか、お前の方が付き合い長いんだから、お前が見つけてみろよ。」
お鉢が回ってしまった。だが親友を色で表すのは、難しいが何か楽しい。
「そうだな。しいて言えば、これだろうか。」
「どれどれ?」
カガリが見聞する。
そこには純白のほのかな香りの立つ大輪が一つ。
「真っ白か。して、その心は?」
「何物にも染められる。けれど、何物にも染まらない。」
「・・・うん。」
確かにカガリと初めて出会ったときのキラは、周囲の喧騒や軋轢で苦しんでいた。自分の身をどうおいていいのか一人苦しんでいる彼を放っておけないと、度々気をもんだ。傷みやすい白いバラの花びらは、まさしくあの時の彼そのものだ。
でも2度目の大戦で、キラは迷わなかった。ずっと自分の意思を貫き通した。何物にも染まらず。
「それも合格!」とカガリが太鼓判を押す。
すると、
「やっぱりカガリは黄色かな。」
アスランが指示した先には、やはり大輪の黄色いバラが、いくつも力強い花を咲かせている。
「確かに私は髪も瞳も金色だけど、『イコール黄色』って安直すぎないか?」
姫様にはややご不満だったようだが、アスランは首を横に振った。
「いや、初めて会ったときの君にそっくりだ。」
「どこが?」
「無人島で見た君は、丁度夕焼けを受けて、こんな色だったから。」
黄色の中に宿る夕焼け色のオレンジ。
やぱりあそこが二人の原点で、アスランにとっての地球そのものの印象らしい。
「な、なんかそう言われると照れくさいな///・・・じゃぁ、お前はやっぱりこれだ。」
カガリが独断で頷くのは
「やっぱり『赤の騎士』は、赤いバラだよな。」
ディオキアに呼び出すときに、暗号で使ったとはいえ、なんとなく気恥ずかしくなる。
「カガリ、できれば違う色でも俺を探してみてくれないか?」
「う〜ん、そうだな・・・―――っ!(やばい・・・)」
カガリの足が立ち止まって、何故だろう、やや口元が引きつっている。
「どうした?カガリ。」
「い、いや!やっぱりお前は『赤』が一番お前らしいって!さ、次行くぞ!」
「か、カガリ?」
訳もわからず戸惑うアスランの背中をカガリがぐいぐいと押す。
綺麗だが、正直気まずくなる色がそこにあった。
・・・続く。