食事が終わり、部屋に戻ろうとドアを開けたカガリは入り口で立ち止まり、絶句している。
「・・・・・・・。」
一体これはどういうことだろうか。
いや、二人で旅行する、という提案の時点で気づくべきだったのかもしれないが。
「どうした?カガリ。」
背後からアスランがそっと声をかけると
「こ、こ、これって、どういうことだよ!?」
「「これ」って?」
カガリが<ビシ!>っと指差した先には―――
部屋の中央にぴったりとくっつけられた布団2客。
「これって普通は男女二人で部屋を取ったとき、布団の間に『衝立』みたいなの置くのが普通じゃないか!?」
頬どころか耳まで真っ赤にしたカガリが、唇の端を引きつらせながら力説するが、アスランは涼しい表情を全く変えずにさらりと言った。
「あぁ。だってチェックインの時「夫婦二人です」って言ったから。」
「な…!//////」
(ふ、夫婦二人って!)
「わ、わ、私たち夫婦なんかじゃないだろ!」
「だったらどう説明するんだ?まさか本名明かして泊まるわけにはいかないだろう?俺はともかく君は一国の主なんだから。堂々と未婚の男性と泊まりに来ています、って今からフロントに言いなおしてくるか?」
「―――っ!//////」
確信犯だ・・・こいつ、判っていてそうしたな!
「ば、バカっ!」
そういうや否や、カガリは先ほど干しておいたタオルをひったくり、再び部屋を出た。
「カガリ!?」
「と、とりあえずもう一回風呂に入ってくるっ!」
(ブクブクブクブク・・・)
温泉に顔を付けるのはマナー違反だが、ついこうして不満や考え事があると泡と一緒に吐き出したくなる。
確かにアスランとは公式に発表しているわけではないが、恋人同士とお互いに思っている。
親しい周囲の者たちも、それを認めてくれている。
だから遠慮なく付き合えばいい・・・のは、一般人の考え方だ。
一応国を預かる身として、軽率な行動はとれない。
無論男女の関係で間違いがあっては信用問題にかかわる。
アスランと結ばれれば、確実に彼にも国の行く末がその双肩にかかってくる。もうプラントとの戦争は起こさない。そのつもりで日々政務をこなしているが、もし、万が一、またも戦争の火種が落ちてしまっては、彼は生まれ故郷を敵に回すことになる。
オーブ軍に身を置いている以上、前回みたいに簡単にZAFTに復帰はできないことはアスラン自身重々承知の上だろうが、それでもカガリはあの戦いで、彼がこれ以上傷つくところを見たくないと、本気で思っている。
だからこそ、指輪を外したのだから。
(ましてや…私、一度ウエディングドレスを着た身だしな・・・)
国を救うためとはいえ、愛を捨てたのだ。今更「また拾わせてください。」とどんな顔をしてお願いすればいいのだろう。
恋と結婚の大きな違いが、こんな時に身に染みるとは。
「はぁ〜」
だめだ、頭がぼんやりしてきた。
お酒もちょっと楽しんだ上に、長湯をしてしまったから、のぼせたかもしれない。
(というか、あのシチュエーションの部屋に入ったら、更にのぼせそうなんだが・・・)
といっても、今更別室を用意して下さいとは頼みにくい。宿泊客が少ない分、空室は何部屋かありそうだが、頼んでしまったらかえって宿のスタッフに変な興味を持たれてしまいかねない。
「考えすぎないようにしないとな!今日は折角の仕事を忘れての旅なんだから。」
浴衣の襟をきちっと締め、パンパン!と両頬を叩く。
「よし!」
さっきは飛び出してきてしまったが、折角アスランが企画してくれた旅行だ。二人とも楽しめるようにしていかなきゃ。
部屋の前に立って、もう一度深呼吸をして心を落ち着ける。
<コンコン>とノックをするが、反応がない。
「・・・あれ?アスランもお風呂に行ったのかな?」
だがドアノブを回せば
「・・・開いてる・・・」
ゆっくりとドアを開ければ、部屋は真っ暗だ。まさか怒って先に寝ちゃった、とか?
「あの…アスラン?いるのか?おーい」
と言いかけたところで人の気配。
(アスラン…?いや、アスランだったらこんな真っ暗な中にいるわけない。だとしたら…まさか、泥棒?)
普通はここで宿のスタッフに協力要請をお願いしたいが、その隙に逃げられるかもしれない。コソ泥一匹だったらカガリでも十分応戦できるが、何しろ武器になりそうなものはない。あえて言えば、タオルか…いや、むしろ帯の方が役に立つ、背後に回って押さえつけてあり上げれば―――
そう判断したカガリが、腰の帯を解こうとした時だった
「俺の前だけならともかく、人が通る廊下の時点で帯を解くのはやめてくれないか、カガリ。」
声と共に部屋の中に<パッ>と灯りがともる。
「っ!」眩しさに一瞬目を細めるが、ゆるゆると瞳を開けていくと、目の前には
「・・・ケーキ?」
そして傍らには、2本のシャンパングラスを備えた彼が、極上の笑顔で出迎えてくれる。
「お帰り、カガリ。それから「Happy Birthday」。」
「ハッピーって・・・あ、もしかして」
時計を見れば確かにもう直ぐ5月18日。
「少し早いけど、深夜にケーキ食べたら胃に悪いと思って。最もここの温泉の効能は胃腸だけど。」
そう言ってアスランが席を勧めてくれる。テーブルに向かってちょこんと座ったカガリの前には、小さなケーキとデザートグラスに注がれたシャンパンがゆっくりとその黄金の泡を上らせている。
「これ、お前が用意してくれてたのか?」
「あぁ。といっても生ものの持ち込みは禁止だったんだけど、誕生日なので、ということで、許可をもらっていたんだ。ちゃんとしたバースデーケーキを用意できればよかったんだが、大きいと二人では食べきれないだろ?ショートケーキで申し訳ないけれど。」
そう言って視線を外してはにかんで見せる彼。
彼は、こうして二人きりの誕生日を祝いたくって、こうして用意してくれたんだ。
なんかそう思うと、さっきまで変なことで悩んでいた自分が恥ずかしい。そして、真心を込めてくれる彼の思いに、目の奥が熱くなる。
「ありがとう、アスラン。最高の誕生日だ。」
「改めて誕生日おめでとう。カガリ。」
<カチン>と小さくグラスを合わせる。
僅かな甘さの中に残る絶妙な苦み。これならケーキの甘さと相性はばっちりだ。
「あ〜さっきのデザートも美味かったけど、こっちのケーキはもっと美味い!」
「ほら、カガリ、ほっぺにクリームついてる。」
そう言って笑うアスランがそっと顔を近づけてくると、
「っ!な、なんで指で取らないで、直接舐めるんだよ!///」
「いや、昼のお弁当の時も、カガリがパンの欠片食べてくれたじゃないか。」
「ちゃんと指で取った!」
「そうだっけ?」
こいつ・・・酔ったふりしてやっぱり確信犯だな・・・。
(でも・・・)
「直接舐めたくなるほど、美味しそうに見えるんだったら、お前も食べろよ。」
「あぁ、凄く美味しそうに見える…というか、美味しかった。カガリが。」
「へ?」
一瞬言われた意味が解らず、直視すれば彼はいつもの理知的な中に、どこか熱い熱を帯びた碧の炎を宿している。
だが、多分、彼はこういうシチュエーションを用意しても、手を出さず、我慢し続けるだろう。
カガリからのOKが出なければ、きっとずっと心の奥にその言葉を潜ませたまま、耐え抜くはずだ。
愛を捨てたのは私。
そして・・・それを拾うのも私。
彼はずっと待っていてくれる。
それに甘え過ぎていたのは私、か。
カガリは胸元をきゅっと抑える。
勇気を出せば、道は開けるんだよな。きっと。
「アスラン、そのな・・・その・・・」
ふと顔を上げた彼の膝にそっと手を置き・・・唇を重ねる。
自然と彼の腕が細い腰をとらえて離さない。
ゆっくりと離された唇を見れば、金の瞳も熱に浮かされたように潤んでいる。
「カガリ、これは・・・」
「そ、その・・・唇にクリームがついていて、その・・・お、美味しそうだったから//////」
「へぇ〜どんな味だった?」
感想を言え、とか言うな!
「そ、それは、無論、クリームだからな。甘くて美味しかった///」
耳たぶまで真っ赤になっているのがよくわかる。それでも彼はそんな私を受け入れてくれる。
「俺も、美味しかったよ。やっぱりカガリが一番いい。だから君が―――」
その一言が喉の奥から迸る。
「君が、欲しい・・・」
「・・・うん///」
結びなおしていたはずの帯が簡単に解ける。
アスランの素肌が凄く温かいのは、温泉の熱のせいかな。それとも、お酒のせい?
ほの暗い枕もとの行灯にぼんやりと映った時計の針が0時を回っていた。
誕生日で初めての大好きな人との夜。
うん・・・この腕の中で迎える誕生日も悪くない。
・・・続く。