アスランが予約していたという宿は山の中腹にあった。
「うわ〜窓から街と海がいっぺんに見えるぞ!」
カガリが案内された部屋から身を乗り出す。夕暮れに染まる街はぽつぽつと灯りがともり始め、オレンジの海と風景画のようなコントラストが広がっている。
正直国賓として向かう先はスイートルームばかりのカガリにとって、こうした宿屋は窮屈に感じるのでは、という不安があったが、洞窟だろうが戦艦の一室だろうが彼女は難なく過ごせる性格だ。故に早々に楽しみを見つけている。
「夕食も楽しみだけど、早速お風呂かな♪」
「さっきチェックインの時に聞いたら、ここの効能は胃腸虚弱と婦人科系だそうだ。」「・・・。」
むっつりと黙り込んでしまったカガリ。
「どうした?何か問題が―――」
「問題ないのが問題なんだ!私、胃腸も婦人科系も全く問題ないし、これじゃ折角の効果がわからないじゃないか。」
「それなら話が早い。この後しっかり夕食楽しむんだろ?」
「うん(即答)。」
「だったら今からしっかり胃腸の準備しておけばいいだろ?」
「そうか!そう考えれば確かにいいかもしれない。お前も温泉の効能でポジティブになれたじゃないか。」
「それはよかった。」
とカガリに褒められるのは嬉しいが、まだ温泉に入ってはいないんだが。
まぁ、カガリの傍にいることでの効能ということに、アスランの考えは落ち着いた。
「すっごい、岩風呂だv」
思わずカガリの声が上がる。
たっぷりの湯が滾々と湧き出てくる温泉。
足を投げ出しても先が壁につかない、大きなお風呂。泳ぎたくなる気持ちもわかる気がする。
「う〜〜〜んv」
思いっきり背伸びをして、順に体をほぐしていく。効能を得るまでもなく元気だが、そういえば先ほど久しぶりに山に登ったこともあって、足腰の筋肉が張っている。それを温泉で伸ばすだけでも疲れがどんどん洗い流されていくようだ。
「しかも、誰もいないし、貸し切りみたいだ♪」
丁度ウィークデー、しかもオフシーズンなこともあって、客は多くないらしく、宿の中も殆ど声が聞こえない程静かだ。
また外には公衆浴場もあるためか、あちこちの湯につかりに行くことを楽しみとしている客も多いらしい。
「だったら思いっきり貸し切り状態を楽しまなきゃ!」
とそこへ・・・
「カガリも一人しかいないのか?」
板壁を挟んでアスランの声が届く。どうやら男性も貸し切り状態らしい。
「うん!すごいな。こんなお風呂一人占めなんて、滅多に味わえないぞ。」
アスランもカガリも自宅はいわゆるユニット式の西洋風呂だ。硬質な岩風呂は遠赤外線効果も発揮するらしく、体の芯から温まる。
「それにだな、もう一つ上段にある湯船が凄いいい匂いがするんだ。木のお風呂なんだけど。なんだろこれ?」
壁の向こうから返事があった。
「あぁ、こっちにもある。多分「ヒノキ」だ。」
「『ヒノキ』って?」
「スギ化の植物。香りにはリラクゼーション効果があると聞いたことがある。」
「へぇ〜オーブじゃ見たことない木だな。」
カガリが湯船の縁に顔だけ俯せながら、指を走らせる。
これが「ヒノキ」かぁ・・・
「「ヒノキ」は針葉樹だから、基本寒い国にしか自生しない。きっとそこから仕入れてきたんだろうけれど。」
アスランの解説にカガリはにこりと笑う。
「じゃ、今度また旅することがあったら、寒い国に行ってみよう。」
「わざわざ寒い国に、なんでまた?」
「無論、「ヒノキ」を探すためだ!この目で見てみたい。」
「まさかと思うが・・・探し出して、アスハ家の風呂をヒノキに改装する、なんてことは考えていないだろうな。」
「う・・・」
カガリの声が詰まる。
「考えてたのか・・・」
半分呆れつつも、アスランもは苦笑する。
そうか、今度また一緒に旅する予定ができたな。
そう思っていたら、カガリがいい訳のように訴えてきた。
「だ、だってこんなに広くていい匂いのするお風呂って、滅多に味わえないんだし。ここ以外で広いお風呂に入れたのって『天使湯』くらいだぞ。」
アスランにとっては初めて聞く名前だ。『天使湯』?そんな温泉、いつカガリは体験していたんだろう。
「カガリ、その『天使湯』ってオーブにあるのか?」
「う〜ん、まぁオーブにあるといえばあるけれど・・・お前は入っていないのか?『アークエンジェル』の中にあっただろ?」
「え!?」
聞いていない・・・というか、戦艦であるAAに温泉!?
「何だアスラン。AAであれだけキラと一緒にいたのに、聞いていなかったのか?」
「あ、あぁ・・・」
あの時アスランはシンに撃墜された後で、全身に傷を負っていた。つまりは入浴できる状態にはなかったのだが。
アスランの戸惑いとは裏腹に、カガリはいい思い出を語りだした。
「ベルリンとかスカンジナビアにAAが行ったときは、本当にあの温泉、助かったぞ。打ち身とか傷にも効能があったし。キラとラクスと一緒に結構入ってたんだ。」
「何だって!?」
瞬間、隣からものすごい水しぶきと慌てふためくアスランの大声に、カガリがたじろぐ。
「キ、キラと一緒って・・・いくら双子でも、その、混浴だったのか!?」
「あ、違うって!混浴じゃない。安心しろ。」
「・・・。」
返事はない。どうやらアスランが落ち着いたみたいだけど。
「でもここみたいに板一枚で仕切られていたから、会話はできたぞ。お湯も繋がっていたし。」
「お湯がつながっていた!?」
またものすごい水しぶきと大声が女湯まで響いた。
「え、えと・・・アスラン・・・?」
音がしない。代わりになんかぶくぶく言っている音が聞こえるけど・・・
(まさか、のぼせたりとかは・・・していないよな?)
「お〜い、アスラン。大丈夫か?応答しろ〜」
その時、アスランは半分顔を湯に浸らせながら、呪文のように繰り返していた。
(カガリの浸かったお湯にキラも入っていた・・・カガリの浸かった…カガリの…)
・・・続く。