2時間たっぷり電車に揺られる体験は二人して生まれて初めてだ。
だが確かに運転しながらの会話は、安全のために運転に集中するためか、身が入らないことが多い。
その点、変わりゆく車窓を、そして表情を見ながらの会話はより一層心に刻まれる。
出足順調。到着の時間はあっという間だった。
「早いな〜もう着いちゃったのか。」
この時間が名残惜しいのはカガリも同じ気持ちだと知り、それだけでもどこかこそばゆい嬉しさを感じるアスランだったが―――

10分も経たないうちに流れは変わった。

「アスラン、すごいぞ、海だ!」
駅を降りればそこには一面のマリンブルーの水平線が広がっている。
「でも海はオノゴロでも普通に見れるけれど。」
「だーかーらー!お前はいつも現実直視すぎ。」
そういってまたもアスランの眼前に指を立てるカガリ。今日これで3度目のダメ出しか。
「さっきから言っているだろ?オノゴロじゃ確かに海は広がっているけれど・・・」
「そうだな。こんな眩しい水平線、じっくり見たことがなかったな。」
オーブ軍は無論海に囲まれているが故に、海戦への防衛は第一だ。でもこんなに穏やかな水平線を眺める気分じゃない。それに・・・
「それに・・・なんか、あの時を思い出すな。」
そういうアスランの眼差しはどこか懐かし気に遠くを見つめる。
「何思い出しているんだ?」
カガリが下からのぞき込むと、アスランは苦笑した。
「秘密だ。」
「ずるい。教えろよ!」
「ダメ。」
「ケチ〜。う〜ん・・・だったら今から勝負だ。」
「『勝負』?」
到着早々勝負を挑まれるとは。だがアスランにお構いなく、カガリは自信たっぷりに言い切った。
「今からあの山に登るぞ。無論自力で。」
そういってカガリがビシッと指さした先は―――標高数百メートルの急斜面にそびえる城。
アスランの表情が険しくなる。
「カガリさん、あの・・・これも君の言う「贅沢」か?」
「無論だ!私は最近執務や会議でディスクワークばかりだから、身体がなまっているんだ。故に今日はガッツリ身体を鍛えるつもりでもいた。調べたら、あそこが一番この辺で高い場所らしいから、てっぺんからこの風景を見てみたいんだ。でも折角だから、お前の「秘密」とやらを賭けて勝負と行こうじゃないか!」
そういいながら既に足首手首を回し、屈伸とアキレス腱の伸展をし、カガリは既に準備万端だ。
だったらやるしかないじゃないか。
「ならば俺だってオーブ軍准将のプライドにかけて、君に負けるつもりはない。」
「お、言ったな。じゃあ行くぞ!」
というが早いかカガリが早速先陣を切った。

(30分後・・・)

「はぁ、はぁ、はぁ〜お前、早すぎ。」
最初のスパートはなかなか良かったものの、流石に女性にこの急峻な坂を登るにはキツイ。だが登り切るあたり、流石はカガリだ。
「大丈夫ですか?お姫様。」
ひと汗もかかず、涼しい顔の准将は余裕の笑みで手を差し出す。
カガリはその手に縋るようにしてゴールする。
「やっぱりちゃんと運動は続けないといけないな〜」
「でも流石はカガリだ。オーブ軍の軍事教練でもこんな急斜面、この短時間で登り切る奴はそうそういないよ。」
「なんだと!?それは弛み過ぎる!」
褒めたつもりが逆に代表首長の不安を煽ってしまった。慌ててアスランが諫める。
「いや、無論職業軍人というより、事務武官系の人たちだけど。」
「そうすると女性も多いしな。だったらまだまだ私も行けるな!」
「いや、君はもう戦わなくていいから!」
このまま調子に乗せると、また砂漠でレジスタンスのバイトでもしかねない。でもそういう人なのだ。カガリ・ユラ・アスハという人は。
「わぁ・・・なぁ、アスラン、来てみろよ!」
アスランの心配をよそに、即時体力回復させた姫は、彼を手招く。
「凄いな・・・」
そこに広がるのは一面の水平線。



感嘆と同時に蘇ってくるあの日の光景。
「アスラン?」
「いや、初めて地球に降下して、『海』というものを初めて見た時のことを思い出して・・・」
「もしかして、さっき思い出してた「秘密」と関係あるのか?」
「あぁ・・・」
はじめて一人、こんな水平線が広がる孤島に不時着し、
そして―――そこで初めて出会った、金色の少女が見せた「地球の自然」
彼女の姿はそれと溶け合って、酷く生々しく、それでいて・・・美しいと思った。
あの時、カガリの向こうに広がっていたのも、こんな美しい水平線だった。
「なぁ・・・やっぱりその「秘密」教えてくれないか?」
あの時の少女が目の前にいる。ずっと成長しているけれど、それでいて本質は何一つあの日と変わりない彼女がそこに。
良かった。君とここにいることができて。
その感謝を込めて・・・
アスランはたっぷりと微笑んでカガリの耳元に唇を寄せて囁いた。

「秘密だ。」


・・・続く