「おはよう、アスラン。晴れてよかったな!」
アスハ邸の玄関前に愛車を横付けすると、エンジンの音をすっかり聞き分けられるようになったカガリが、笑顔満載で飛び出てきた。
「おはよう、カガリ。絶好の旅行日和になってくれて助かったよ。」
「うん。やっぱり私たちの普段の行いがいいからだな!」
「どうかな。まぁ確かに欠勤なしで、助力しているつもりだが。」
そうはにかむアスランに、カガリはアスランの眼前で指を立てて「チッチッチ」と左右に振った。
「お前は自己評価低すぎ。お前がいてくれるおかげで今のオーブがあるんだ。もっと自慢していいんだぞ!」
そういってにっこりと笑うカガリ。
彼女の誕生日のまだ前日だというのに、なんだろう、この幸せ感は・・・
「じゃぁ、そろそろ出発するか―――と、カガリ。君の荷物は?」
見てみればTシャツにショートパンツという軽装は、なんとなく目の保養・・・いや、いかにも一般市民的で目立たなくはあるが、軽装以上に何も手荷物を持っていないカガリ。アスランが周りを見回すと
「あ、もうそれなら車に乗せたぞ。」
そういってカガリは指をさした先には、いつも内閣府からの送迎を行ってくれるドライバーが、恭しく頭を下げていた。
「車って・・・俺の車で行くんじゃ・・・」
当然ながら現地に行くまでも「二人きり」が計画だ。運転手付きになってしまっては、折角の二人旅の楽しみが半減してしまう。
一応「カガリの好きなように」といった手前はあるが、これでは・・・
だがカガリは眉をひそめたアスランにかまうことなく、むしろアスランの車から彼の荷物だけを引っ張り出していった。「お前の車はうちの車庫に止めておけ。今日は私の望む贅沢をさせてくれるんだろ?だったらグズグズしないで、さっさと行くぞ!」
そういってなんとなく腑に落ちないアスランをカガリは車に押し込んだ。
「行ってらっしゃいませ、楽しんでらっしゃい。」
バックミラーには笑顔で手を振り送り出してくれる、マーナやアスハ家のみんなが映っていた。

***

車の中でもカガリは終始ご機嫌だ。こうしてみると、普通の女の子に見える。
いや、彼女の立場が特殊過ぎるだけなのだが、こうして御付き同伴でも満足しているなら仕方がないか。
そうアスランは自分に言い聞かせて、車中でも心の平穏を図ろうとした。
が、行く先も告げずにスタートした車は、思いのほか早く停車した。
「ここは・・・『駅』?」
「見りゃわかるだろ?その通り、『駅』だ。久しぶりだな〜ここに来るのも。」
考えてみれば二人とも、駅=電車には馴染みがない。
アスランはプラントではマイカー(※13歳になれば成人なので免許は取得できる)だし、資源が限られている宇宙空間で電力は貴重だから、プラントの中に電車というものがない。
そしてカガリは一国の姫だ。常に防弾ガラスと特殊装甲で作られた車やヘリコプターでに移動が常。
要は二人とも電車初体験だ。
「この前お前が目的地教えてくれた時に、ネットで行き方調べたら、ここから電車で2時間ちょっとって書いてあったから、もうこれで行きたくってさ!」
まるで初めて遠足に行く小学生のテンションだ。
新しいものにワクワクと興味を持つカガリと、どちらかというと「石橋を叩きまくって進む」慎重派のアスランには、持つ印象がかなり違う。
だが、切符の買い方もわからず、駅員に聞きながらあれこれするカガリを見ていると、壁にぶち当たると前に進めなかったアスランを導いてくれたのは、まぎれもない彼女のポジティブで積極的な思考のおかげだと思い知る。
(だったら、君を見習って、少しは俺も前を見なくちゃな)
「行くぞ、アスラン。6番線だって。」
そういってはしゃぐカガリの背を追えば、車内は小さなBOX席。



「うわ・・・こんな狭いのか。」
足を投げ出すことはまずできない。でもカガリは満足そうで、「お前はこっちな」とサッサとアスランの座る場所まで指定した。
無論、自分の目の前だが。
網棚に荷物を載せようとすると、カガリが「あ、待って」とそこから何か包を出した。
「これ、マーナがお弁当作ってくれたんだ!終点までに一緒に食べような。」
「わざわざ作ってくれたのか。買うことだってできたのに。」
恐縮するアスランの目の前で、カガリはまた指を立てて左右に振る。
「こうして作ってくれて、「行ってらっしゃい」って送り出してくれる人がいるって、すごく「贅沢」だろ?だからこの贅沢をしっかり味わおう!」
「これもカガリのいう「贅沢」なのか。」
「あぁ。とっても「贅沢」だ。」
電車が動き始める。暫くして都会の街並みが住宅地となり、やがてのんびりと緑が一面に広がり始めたころ、カガリは楽しみにしていたお弁当の包を開けた。
中にはサンドイッチが詰め込まれている。カガリは大口を開けて、早速齧り付いていた。
(「行ってらっしゃい」と送り出してくれる人、か・・・)
考えてみれば、両親とも仕事で物心ついたときには一人でいることが殆どだった。「行ってらっしゃい」はむしろアスランが言うセリフ。手作りのものを持たせてくれる人も皆無だったことを思い出すと、こうして今、最愛の人と、自分を取り巻いている人たちの暖かさが伝わってくる。
「あ、ほら、アスラン、口にお弁当つけてるぞ。」
「あ・・・すまない。」
唇の端についていたパンの欠片をカガリが摘まんで、ぽいと自分の口に放り込む。
「か、カガリ///その・・・」
「だって勿体ないだろう?」
あっさりと言ってしまうカガリは、ペットボトルのお茶を飲み下す。
「ものすごい「贅沢」だな。」
「?パンの欠片が?」
「うん、だってオーブの女性に圧倒的人気のザラ准将を目の前に独占出来て、しかもこうして一緒にご飯食べて、ついでにつけたお弁当だって食べられちゃうんだ。こんなシーン、ファンの女の子が見たら、卒倒するぞ、きっと。」

あぁ・・・そうか。

カガリが車ではなく電車にしたかった理由はこれだったんだ。
車では確かに横顔しか見られない。
食事もこうしてのんびりと話しながら、相手の顔を見ながら摂ることなんてできなかっただろう。
流れゆく車窓と幸せそうにデザートの果物をほおばるカガリ。
「俺も・・・すごい「贅沢」させてもらって、ありがとう。」
「ん?私何もしていないぞ?」
「いや、今してくれてる。」
「は?」
「どうぞ、姫様。この苺は美味しいでしょうか?」
「あぁ、最高だ!」
代表首長の幸せな素顔を独占出来て、最高の「贅沢」です。


・・・続く