忍とボッコ                  もどる
 私は小学校5年のとき静岡県伊東市のある小学校の分校に転入した。初夏の頃だった。東には海、西には山があった。温和な気候の土地だった。学校の近くに寮があり生徒は全員寮で共同生活をしていた。私はすぐにそこの生活に慣れ、友達も多くできた。
 しばらくして一人のものすごくかわいい女の子がわたしより一つ下の学年に転入してきた。名前はおぼえていないがあだ名はボッコということはおぼえている。
 ボッコは病弱なおとなしい子だった。だが内気な性格というのではなく、すぐに多くの女の子と親しくなった。笑うとエクボがくっきり浮き出た。岡田有希子にちょっと似ていた。友達とおしゃべりするのが好きで、友達と笑っている時のボッコが一番輝いていた。頭もよくクラスで一番の成績だった。
 私と同級に中田忍という男の子がいた。彼は活発な子だった。そして意地っ張りでどんな権力にも頭を下げないような子だった。ケンカしても絶対負けない子だった。
 だが根はいい奴だった。
 そんな彼がいつからかボッコをいじめだしたのである。
 ある時、病み上がりでパジャマ姿のボッコを忍が蹴っているところを見た。
 忍は「ライダーキック」と言って、笑いながら何度も何度もボッコを蹴っていた。
 ボッコはつらそうな顔をして黙って忍のいじめに耐えていた。
 それは十字架を担いで刑場へ向かうイエスを刑吏がムチ打つ場面にも似ていた。
 そんなことが連日のように続いた。
 ボッコは忍のいじめがとてもつらそうだった。ボッコはだんだん元気のない子になっていった。誰かがそれを忍に注意した。だが忍は聞かなかった。「何でいじめるの」と人がきいても、「だっておもしろいじゃん。」と言うだけだった。
 私には中田の心がわかった。
 彼はボッコが好きだったのだ。
 男は女に恋するとどうしようもない照れがおこり、自分の気持ちとは正反対の行動をとってしまうものだ。
 忍にとってボッコは忍の要求のすべてを満たしていた女性だったのだ。
 ボッコを見るたびに忍の心には何とも言えない複雑な感情が起こってしまうのだ。
 ボッコを自分だけのものにしたいような・・・。
 だがいじめに出るとは余りにも屈折している。だがそれには必然性があった。
 それは彼が強い男だったということだ。
 強い男には自分の方から女性を愛することなど許されない。唯一恋愛が成立するための条件は女性の方から男を愛する場合しかない。
 だが忍の心はボッコにひかれてしまったのだが、ボッコは忍に対して特別な感情は持っていなかった。そんなことが忍の心に劣等感をもたらした。
 彼はボッコを愛している自分を認めることが出来なかった。ボッコへの自分の気持ちを認めれば彼らしさは壊れてしまう。
 彼はボッコへ素直な気持ちになった時、人の目が自分を軽蔑するのが恐かった。
 実際は誰も軽蔑なんかしないのに。
 それは彼の一人よがりの思い込みに過ぎなかったのだが。
 いや、明らかに一人彼を軽蔑するものがあった。それは彼自身だった。
 彼は少しでも自分がボッコを好きであるということを人に悟られたくなかった。
 そんな様々な気持ちが忍のボッコに対する感情を歪んだものにしてしまっていた。
 忍の心はボッコに対する愛と自分の人格の保守という相反する要求に悩まされた。どちらかを取れば他の一つは捨てなければならなかった。だが忍にとってはそのどちらも捨てることの出来ないものであった。
 中田のコンプレックスが爆発した。彼はボッコをいじめだした。連日、彼はボッコをみる度にいじめた。私には中田の気持ちがわかった。
 彼の心はボッコも自分もどちらも捨てられなかったのだ。ボッコをいじめることはボッコへの愛の表現だった。普通、こういう場合、女性への愛と自尊心の維持とは両立可能なものである。つまり、ボッコへの気持ちを認めることは決して彼の自尊心までも壊してしまうものではないのだ。しかし、小5の男の子にそんなコンプレックスをうまく解決することは出来なかった。ボッコには中田のそんな複雑な気持ちは分からなかった。ボッコはつらそうな顔をして黙って忍のいじめに耐えていた。
 ボッコの心と体は段々弱っていった。
 だがそんなボッコの苦しみもやがて時間が解決してくれた。
 月日は流れ、やがて忍は卒業した。ボッコは再び明るい子になった。そして一年後にボッコもそこを卒業した。
 だが忍は卒業後もボッコのことが忘れられなかった。そしてボッコと別れてはじめて自分がボッコを愛していることに気がついた。忍は卒業後多くの女性と知り合った。だが彼の頭の中にはボッコしかいなかった。ボッコは忍にとってこの世における唯一の生きた女神だったのだ。
 忍の心に変化が起こった。それは、ボッコにあやまりたい、そして自分の気持ちを打ち明けたいという気持ちだった。
 忍が卒業してから五年の歳月が流れていた。忍は高校二年、ボッコは高校一年だった。
 彼の心はボッコに愛を告白しても壊れないほどに成長していた。乱暴でつむじ曲がりな少年は逞しい包容力ある青年になっていた。
 彼はボッコに会いにいった。そしてボッコに昔のことを謝り彼女を愛していることを告白した。ボッコは嬉しかった。ボッコは弱くおとなしい子だった。もし他の女の子がボッコの立場だったとしたら中田を憎んだであろう。だがボッコは人を憎むことができない子だった。ボッコは中田を憎んでいなかった。
 中田はもともと悪い男ではなかった。いやむしろ根は本当にいい男であった。
 ボッコは人のたのみをことわることができない子だった。たとえそれが自分の人生を決定してしまうようなことでも。
 ボッコは中田の求愛を受け入れた。
 こうして二人は結ばれた。






   スニーカー
 信一は桃子を見るたびに思うのであった。桃子はクラスの人気者で、女とも男とも明るく話す。男友達もいるが、深いつきあいではない。
 その中の一人にハンサムで頭もよく、スポーツもできる三拍子そろったヤツKもいた。桃子は彼ともごくふつうに友達としてつきあっていたが、彼は少しマジだった。
 信一は内心、桃子を思い、苦しい想いでねるのだったが、自分はとてもKにはまける。Kとさえ友達以上の関係にはなろうとしないのだから、自分ではとてもかなわない。自分は彼女の笑顔をかげからみていられるだけで、彼女とめぐり会える機会をつくってくれた神様に感謝しなければと思うのだった。
 ある日のこと、信一は朝の通学電車の中で少し離れた所に桃子がいるのをみつけた。信一は気づかれないよう、うつむいた。彼女が気づいて、「おはよう。」などと、くったくのない笑顔で言われようものなら、きまりがわるくてしようがない。だが目を床におとしても、桃子の存在が気になってしまう。一瞬でも、特に今は、誰とも話していない自由な状態の桃子が、どんな表情でいるのか、気になってしかたがない。うつむいていると、そんな心が作用して、信一の目に彼女のくつがとまった。それは、白いクツ下を身につけた清楚な足をおおい守るような、かわいらしい、テニスにでもふさわしい、丈夫な白いスニーカーだった。
 信一は思った。あのスニーカーはいつも彼女の全体重をささえ、守り、彼女とともに行動しているのだ。夜はスニーカーも休み、朝、桃子がでかける時、彼女にふまれる重さで、目をさまし、よし、今日も彼女をころばないように、たのしく歩けるようにと、ほがらかな気持ちになり、彼女をささえる友達のような心をもっているかもしれない。彼女が走る時、彼女のパタパタする脚を守り、たえずだまって彼女にふみつけられながら、うれしく耐え、やがてすてられ・・・・と思うと何か彼女に履かれている白いスニーカーが生きもののように感じられ、うらやましく、何か自分があのスニーカーになれたら、などと想像していた。
 教室で信一は、彼女のななめうしろにすわっていたのだが、それ以来、たいくつなつまらない数学の時間などつい、自分がスニーカーになって彼女の重みをささえているような、想像をするようになって、想像が強まって、本当に自分がスニーカーになりきると、我を忘れて、夢心地になって、恍惚としている自分にハッと気づくのだった。
 そんなある日のこと、桃子はクラスで、さえない目立たない、存在感がうすい信一の視線が自分の靴の方にあるのに何度か気づいて、信一の方へパッと目をやった。すると信一は、反射的にサッと目をそらすので、桃子は何かうれしく思い、ある日の放課後のこと、信一が一人で帰りじたくをしているところへガラリとしずかに戸をあけ、教室にはいってくると信一のとなりにこしかけて、
「よかったら今度の日曜、映画にいかない。」
などと言って、信一の手をはじめてにぎる。と、たちまち彼女のぬくもりが伝わってきて、でも自分にはとても不似合いだ・・・と思って困って返答に窮していると彼女は手をはなさなく、信一は目をつむり、顔を赤くして顔を少しそむけ、すまなそうに首をたれていると、彼女は
「行こうよ。」
とおいうちをかける。信一が手をひこうとすると、反射的に彼女はキュッとそれをひきとめようとするのが伝わる。
「私のくつ、何かおかしい。私の思いちがいいかもしれないけど・・・。」
と言うので、信一は申しわけなさそうに、頭を下げ、背をひくくして、コソコソと帰った。彼女はそれをあたたかく見守っていた。それ以来、桃子は、時々、信一の視線に気づくと笑顔をみせるようになった。学年があらたになり、桃子は勉強ができたので、信一とは別のクラスとなった。同じクラスだった時の最後の終業式の日、信一は罪をおかした。彼女のくつ箱から、彼女のくつをとって、かわりに、同じサイズの新しいスニーカーを、「ゴメンナサイ」とワープロでかいた紙切れとともに入れた。信一は彼女のクツをそのままの状態で大切に、へやの戸棚の一角にお守りのようにおいて、彼女を想い、一生の大切なお守りができたと思うと無上の幸せを感じた。
 新しい学期がはじまった時、信一は桃子と校門でであった時、彼女は信一の入れた新しいスニーカーをはいていた。つい信一は、ハッとさとられたのでは、と思い、彼女のくつに目がいき、すると彼女はそれに気づいて、信一にかわらぬ笑顔をかけると信一は、はっと、自分の犯した罪がわかってしまったのでは・・・・と思い、顔をそむけようとしたが、その時こぼれみえた彼女の笑顔の中には、信一がしたことを知っていて、それをゆるした、少しきゅうくつそうな感情を彼女の顔の中にみた。信一は大学をでて、小さな出版社で校正の朱筆を走らせているが、彼のアパートにはかわらぬ桃子のくつのお守りが、高校の時とかわらぬ想いでおかれている。






   パソコン物語
 A子は、家が貧しかったため、また彼女は文学好きで、メカに弱く、よろず要領悪く、パソコンやワープロの使い方がわからなかった。彼女は高校を卒業して、ある会社に就職した。が、もちろんシンデレラのように、というか、さとう珠緒の走れ公務員のように、孤独な純真さをきらわれ、先輩にこき使われた。
 その会社には一台のパソコンがおいてあった。みんな時々、手慣れた様子で、パチパチと軽快なリズムでつかっている。A子はパソコンがぜんぜんわからなかった。ので、お茶くみと、そうじにあけくれていた。と、あと、灰皿のかたずけ、と雑用だけだった。A子もパソコンを使えるようにならなくては、と思った。それである日の昼休み、みんながいない時、そっとパソコンのスイッチをいれてみた。カチカチとそっとやってみたら一つの画面がバっとでてきた。A子は心配になった。ああ、どうやっておわらせたらいいのかしら。そう思っているうちにみんながドヤドヤと帰ってきた。ちょうどアラジンとまほうのランプ、でひらけゴマの、あいことば、を忘れてしまったところに盗賊の一団がもどってきたようだった。いじわるな先輩のBさんがいった。
「あなた、いったいなにをしているの?」
A子は、現行犯を逮捕された犯罪者のように、
「は、はい。パソコンをつかっていました。」と言った。
Bさんは、ひややかに言った。
「あなたパソコンの使い方、知っているの?」
A子は、うつむいて涙まじりに答えた。
「い、いえ。知りません。」
Bさんはさらにおいつめた。
「知りもしないくせに、無断でかってにいじって、こわれたらどうするの?パソコンは高いし、使い方はむつかしいのよ。」
A子は涙をポロポロ流し、
「ゴメンなさい。でも私もはやく仕事になれようと思って、パソコンの使い方をオボエなくては、と思っていました。」
Bさんはフンと鼻でせせら笑って、パソコンの使い方はむつかしいのよ。パソコンをつかおうなんて10年はやいわよ。あなたは当分、お茶くみと便所そうじ、と雑用よ。と言って、Bさんは、ことさら、みんなー、気をつけましょう。新人の子は、人がいない時に人のものに手をつけるかもしれないわよー、と言う。みなは、わー、いやだわ、といって、自分の引き出しをカタカタあけて、何か盗まれていないか調べだした。A子は、子供のようになきじゃくっている。Bさんは、フン。ゆだんもスキもあったもんじゃないわ。といって、パソコンのイスにすわろうとすると、ふん、このイスは、ちょっと具合が悪いから修理しなくちゃならないわ。つかえないからイスにおなり。といってA子をひざまずかせた。A子が四つんばいでイスになっている上に、Bさんが、どっしりとおしりをのせてすわり、パソコンをパチパチはじめた。A子はみじめこのうえなかった。パソコンはね、むつかしいけど、また同時に、サルでもできるという一面も、もっているものなのよ。トロイ人間が一番ダメなのよ。あなたなんてサル以下よ。Bさんは、仲間に目くばせして、ネコのたべのこした残飯に、のみのこした、牛乳をかけてA子の前においた。さあ、おたべ、といわれて、A子はなきじゃくりながらたべた。
 一ヵ月してやっとA子に給料がでた。そのなかから、二万五千円をだして、A子は、パソコン教室にかよった。ウィンドウ98と、ローマ字入力のしかた、ワード、表計算のし方、ファイルの移動などをおぼえた。そして次の給料で、ワープロを買った。会社がおわると、すぐアパートへもどって、ローマ字入力のしかたを練習した。もともと、何かをはじめると一心にとことんやってしまうA子のこと。一ヵ月くらいでタッチタイピングをおぼえてしまった。そして超図解のパソコンの本をよんで勉強して、パソコンの使い方をおぼえてしまった。
 ある日の昼休みのこと、A子は、前と同じように、みんながいない時、パソコンのスイッチを入れ、ワードに入力していた。この前と同じように、みんながドヤドヤともどってきた。が、みんなはシンデレラをみるように目をみはった。なぜならそこには、ほとんど音がしないほどのすばやさで、ピアニストのような神技の手さばきで完全なブラインドタッチで入力しているA子がいたからである。その手さばきは達人の域だった。みんながアゼンとしている中を、A子はサッと立ちあがって、自分の席にスッともどった。(便所そうじと雑用のA子だったが、一応自分の席はもっていた。)そのあと、その場は気まずいフンイキだった。いったいいつの間に、あんなに身につけてしまったのかしら。そのあとBさんがいつものようにパソコンに入力をはじめた。A子はモップで床をふきながら思った。フン。入力速度がぜんぜんおそいわ。これみよがしにパチパチはでな音をたててみっともないわ。ふふ。サル以下なのはあなたの方じゃない。Bさんはだんだん恥ずかしくなってきた。Bさんはブラインドタッチでは入力できず、キーボードをみながらでないと入力できなかった。パソコンが使えるようになったA子は、上司から仕事をたのまれるようになり、会社の有力な戦士の一人となり、トイレそうじはみんなで順番ですることになった。A子は、電子メールで知りあったステキな彼氏とつきあうようになり、結婚してしあわせになりました。とさ。めでたし。めでたし。






    三人の夏
 ある夏のイメージが思い出されるのであるが、その年は私にとって最も暗い年であり、一日中家にこもりきりだった。8月がおわってから、ある海岸へ行った。海には、一人の中学か、高校の女の子と、二人の男の子、きっと学校の友達だろう、が、いたが、その光景がすごくエロティックで、美しい。水をかけあったり、追い駆けっこをして、つかまえたり、もぐって水中からクラゲのようにチョッカイをかけたりしている。水着姿をみられることは、女にとって大変、恥ずかしい。同級生の男の子は、彼女に、海に行こう、と、ごく自然に、数学の時間のあと、言ったりして、彼女も、ごく自然に、うん、いいよ、なんぞと、言って、三人で海へ行ったのだが、彼女も男の子もうわべは、自然をよそおっていたが、彼女は、みられることに、刺されるような、恥ずかしい、ほのあまい、高校生くらいの年頃の子にとって、一番恥ずかしい、つらい快感を、そして、男は、近づきたいが、近づきすぎては、焼かれてしまう、イカルスのような切ない悩み、と、脳裏にやきついて、永遠に、死ぬまで、忘れない、いつもは、制服に、スカートの鎧で守っているのに、裸同然の姿を、みて、みられ三人は、たのしげに、夕風にふかれて、トロピカルジュースをのんだり、しているが、二人の男は、家に帰って、彼女の水着の輪郭を、思い出し、苦しく、何度も、はげしく自らを汚す。三人が二学期、学校で、あった時、彼女は、もう自分は、安全だとか、みせたのは、一度だけで、もうみせない、とか、二人が、あのあと、悩んだだろう、ことだとかを、優越感をもって、授業をうける。自分が女であることのよろこびを残暑に感じて。つまらない数学の授業だが、最高の夏だったと思いながら。







   地獄変
 かくて私は地獄におちた。閻魔大王の前にひきだされて、(もちろん両脇には地獄の鬼が仁王立ちしてギロリと私のことをみている。)通りいっぺんのことを聞かされた後、私は極楽ではなく、地獄行き、と決まった。観念はしていたがやはりショックだった。二匹の毛むくじゃらの虎のパンツをはいた鬼にこづかれ、こづかれ私は地獄へ向った。薄暗い、森閑としたところだった。時々、地獄へおちた亡者達のうめき声や、かすれ声がきこえる。
「生きていた時も地獄だったが、死んでもやはり地獄なのだな。」
こんどは本当の地獄で永遠の業苦に耐えなくてはならないかと思うとやはりため息がでた。気づくと私はゆげの中にいた。対岸がかろうじてみわたせるほどの大きな沼がある。そこからはブクブクあわがでている。私は鬼につきとばされて、その中に放り込まれた。
「あつつ。」
にぶい私にもこれが血の池地獄であることは瞬時にわかった。私はあわてて、とび出ようとしたが、例の二匹の鬼が、私を金棒で突き飛ばす。私はあきらめて、鬼に背を向けて湯(?)の方へ向いた。気づくと誰もいないのかと思っていた池の中に、あちらにちらほら、こちらにちらほら人影(というか首影)がみえる。
「オイっ。若えの。」
と私は呼ばれた。すぐ近く、私のとなりほどの所に、あつさにおこり耐えているかのごとき白髪の爺さんが私をひとニラミしている。じいさんは自分のとなりへくるようにうながした。おずおずと私はじいさんのとなりへ行った。ゆっくり動かないととびあがるほどあつい。私が「あちちち。」と叫ぶとじいさんは
「何だ。若えのにだらしないやつだ。」と笑う。
「おめえは何をしてここへきたんだ。」
と言うので、私は「はあ。」といってピンとしない返事をした。あなたはいったい何で・・・・と問い返すと、じいさんはこう答えた。
「おれはおめェのようなみみっちいことじゃねえ。おれは山賊の頭だった。殺すわ、ぬすむわ、でやりたい放題のことをして生きてきた。最後はつかまってかまゆでにされた。まあ自業自得だ。だが最後までネをあげなかった。」
といってカカカと笑った。自慢めいた口調である。
「と、するともう何年もこうしているんでか。よく耐えられますね。」
と私は言った。するとじいさんは
「何年なんてもんじゃねえ。200年になる。」
私は将来に不安を感じだしてきいた。
「よく耐えられますね。どうしてそんなに耐えられるのですか。」
と私がおそるおそる聞くと、じいさんはカカカと笑い、
「おれは悪党でも意気地のねえ悪党じゃねえ。どんなことにもネをあげねえのがおれの誇りだ。おれはいままで一度たりともネをあげたことがねえ。それに、いつか、この血の池の見張りをしている鬼が足をすべらせて池におちたことがあるが、ひめいをあげてにげ上がった。ヤツらは見た目にゃおそろしく、強そうにみえるが、それは金棒と閻魔大王の虎の威よ。正体は弱いものいじめしかできねえ弱ぞうどもよ。」
と言ってカカカと笑った。
「それにオレみてえに長ェこと地獄の責め苦に耐えてネをあげねえでいるとそれが誇りみたいなものになってくる。それにな・・・。長いことこうしてヌシみたいになるとお前みたいなよわっちろい新入りがはいってくる。そいつらにおれのド性骨をみせてやるのが何とも気分がいい。」
といって、じいさんは又カカカと笑った。
「極楽でヌクヌクしてる骨なしにオレの200年耐え、未来永劫耐える、絶対ネをあげねえ、オレのド性骨をみせつけてやりてえぜ。」
といって、じいさんは一層高らかにカカカと笑った。いやはや何ともすごい豪傑がいるものだと、おそれいった。この人にとっては地獄は本当に極楽以上の住みかなのだろう。と同時に私はこんなじいさんがいるのなら、地獄も何とか耐えられるんじゃないかというかすかな勇気が心の中におこった。








   孤独な少年
 その少年は無口でおとなしそうな少年だった。
 ひるやすみ、みんながガヤガヤとはなしながら食べてるのに、いつも一人でおとなしそうに食べるのだった。一人の明るい少女は、そんな少年がかわいそうで何とかして友達になりたいと思った。少女は何より少年の澄んだ瞳が好きだった。友達がいなくても少年は少しもさびしそうではなかった。いったい彼は何を考えているのか、どんなことをするのが好きなのか、少女は知りたくなった。それで少女は少年のとなりにきて、えんりょがちに少年にはなしかけてみた。すると少年は、はじらいがちにこたえた。別に人と話をするのがきらいというようでもなさそうだった。少女は何ども少年に話しかけた。そのたび少年はちゃんとこたえてくれる。でも少年の方から話をするということはない。とうとう少女はつらくなって、自分がわからなくなりそうな不安がつのってしまって、ある日、少年のくつ入れに手紙を入れた。それには、こう書かれてあった。
「佐木君。今度の日曜、もしおひまでしたら、きてください。おねがいです。」
手紙には、もよりの駅からの地図がかかれてあった。
 さて、問題の日曜であった。その日、少女の両親は外出していたので家には少女だけだった。少女は、めいっぱいきれいにみせようと化粧をして、おかしもつくって、まっていた。約束の時間が近づくにつれ心臓の鼓動が早くなってくる。チャイムがなった。少女が、もうしわけなさそうに戸を開けると、少年が立っていた。少女は内心よろこんだ。少女は、少年に自分がつくったのだといって、おかしをだした。少年は
「おいしいよ。」
といってたべた。でもやはり少年は心を開いてくれない。時間が重苦しく感じられだした。うつむいて、だまっている少年をみた時、少女の心に一つの、もう自分をすててしまおうかと思う行為が思いついた。それはDeliriumでもあった。少女は自分の部屋をみて、といって少年を少女の部屋へ誘った。少年はあいかわらずだまっている。とうとう少女は耐えられなくなって、少年の手をにぎって、
「私のこときらい?」
とたずねた。その瞳には涙がうかんでいた。少年はふせ目がちに、少し口唇をふるわせている。少年も悩んでいた。とうとう少女は服をぬぎだした。上着をぬいだ。でも少年はだまっている。だが、膝頭をつよくギュッとにぎっている。少女はスカートも脱いだ。これでもだめなのかと思って少女がパンティーに手をかけた、その時、少年は、すばやく立ちあがって、それをとめた。少年ははじめて少女の目をみた。少女は泣いていた。少年は少女を力強くだきしめて、はじめて心のこもった声で言った。
「ごめんね。京子ちゃん。僕京子ちゃんのこと好きだよ。とっても好きだよ。」
京子はうれしくなって泣いた。いつまでもこうしていたいと京子は思った。