女生徒
 朝。ふー。まだねむっちいぜー。ねぼけまなこで着替え、歯をみがき、カガミをみて、イーだ。と言って、あくびをしながらねぼけまなこで朝食をたべる。金魚にエサをやり、ひひひと笑う。あっかんべーして、ネコに、おう、いってくるぜいっ、と言って学校にでかける。学校で友達に
「ユカ。あんたヤンジャンのグラビアにのったじゃん。」といわれると、
「うん。どうだっち。」
「あんた男に利用されてるよ。」と言われると
「フーン。そんなもんかな。」と何処吹く風。授業がはじまると、
「フアー数学なんてつまんないよ。」
と言って、さっそくねむくなる。
「朝っぱらから寝るな。」
と二時間目に英語の先生におこされる。彼女もがんばって授業をきこうと努力はするが。努力する点はえらい。彼女は小学校の習字の時、努力とかいて、二重まるをもらって、それを今でも大切にもっている。昼食はちゃんと残さず食べる。ただピーマンだけはのこす。
「ユカ。おいしい?」
ときくと、彼女は
「何でそんなこときくんだっち。」という。
「ユカ。あんた好きな授業あるのー?」ときかれると
「ないよ。」
と当然のごとく答える。
「ユカ。あんた、何がすきなのー。」ときかれると「別にー。」と答える。
 「ユカ。あんた子供とおもわれてるよ。」
 「べつにかまわんよ。」
 「ユカ。あんた、ムッとした表情がセールスポイントと思われてるよ。」
 「なら、ムッとするよ。」
 「ユカあんた、邪悪な女、悪の美、デカダンスの魅力、いたずらっ気の魅力があると思われてるよ。」
 「そんなもんかいな。」
 「ユカあんた、ちょっとボーイシュな魅力もあると思われてるよ。」
 「フーン。そうかねー。」
 「ユカあんた、正当派ではなく邪道派の魅力、一番ではなく二番の魅力があると思われてるよ。」
 「そんなもんかなー。」
 「ユカあんたツンとした鼻と母性愛がぜんぜん感じられないあがり目と子供っぽい口もとが男にうけてるよ。」
 「フーン。そうかにー。」
 「ユカあんた、ユカ言葉をつくられて偏見でみられてて、社会があんたに期待する性格をおしつけられてるよ。」
 「別にかまわんよ。」
 「ユカあんた、強烈な個性ではなく、普遍性、つまり現代の女の精神の属性を有しつつ、その精神そのものが時代につくられていない反骨性、つまり、時代につくられたはずの精神が時代に反発している面がある個性、つまり誰にとっても時代は産みの親であると同時に、無意識的に戦っている敵でもあるけれど、あんたの場合、あんたの視点が、時代につくられると同時に時代をひややかにみている感性がうけてるんだと思うよ。」
「何をいってるんだかよくわからないよ。」 
「つまりね。別のコトバでいうなら泥っぽい悪い意味での愛のなさ、よくいえばクール。物事に対する無関心性、子供のような冷酷性、いつの時代でも人間があこがれ、求めるところの精神の自由、があんたにはあるんだよ。」
 「私は普通の人間じゃないの?」
「だからね。換言するとね。他の人間は仏教でいうところの一切皆苦の荒波の中であがいているのに、あんたの精神は仏教でいうところのニルバーナにあるんだよ。」
「…・。よけいわからんよっ。」
 「ユカ、あんたいい性格なのに、ちょっとワルっぽくみえるアンビバレンシー、つまり天使の心をもった小悪魔、あるいはその逆で、小悪魔の心をもった天使の外見、つまり、心身不一如のギャップ、矛盾、が男の心に緊張をつくり出し、それがうけているんだと思うよ。」
 「・・・・。」
 「ユカ、あんた性に対する自覚のなさ、肉体の発達に精神の発達がおいついていないアンバランスの魅力、感性が未成熟にみえる故の不可侵性、気まぐれな子供が核兵器をもってるようなあぶなっかしさのスリルがうけてるんだと思うよ。」
 「何をいってるんだか全然わからんよっ。わけのわからん分析をせんでくれいっ。」
 彼女はあまり運動も好きじゃない。たまに気が向いた時に、バレーボールのサービスを「エーイ。」として、オーバーして「キシシ。」と笑う。
 彼女は掃除当番の時、そうじはちゃんとやる。学校がおわって帰り道で、ブティックに友達と寄る。
 「ユカ。これかわいいと思わない。」
と友達にいわれると、その動物の模型をみて、
「キシシ。かもね。」
と笑う。写真の撮影のある時、カメラマンにパシャパシャとられても、ムスッとして、リアクションがない。
 「笑って。」というと、「キシシ。」と「あっかんべー。」をやる。ここまでいくと本当に小学生である。万一、彼女が、この拙文をよんだらおこりはしないか、と心配になってくる。(ユカさんごめんなさい。)
 彼女は写真をとられることは、さほどいやではない。
「写真はきらいじゃないよ。でも、つかれちったよ。」
という。家に帰ると、ネコに、
「おう。かえってきたぜいっ。」
といい、金魚にエサをやり、ひひひ、と笑い、あっかんべーして、ごはんたべてねる。 彼女は、お父さんだけで、お父さんは国内か海外支社に派遣されてる一人っ子という感じ。






  
カチカチ山
 小説家の太宰治氏が、おとぎ話のカチカチ山をパロディー化しているが、あれは実に面白く、私もパロディー化してみたいと思ったが、やはり原作以上のものは書けない。否、書けるタヌキもある。ウサギはタヌキ以上にタヌキである。
 タヌキはフーサイのあがらぬ小説家で、ウサギは美女である。タヌキがウサギにデートを申し込むとウサギはフンフンと鼻先であしらって聞きながらデート一回につき、いくらとお金を要求する。そこはビジネスである。
 タヌキは自分の財産を出しつくしてウサギとデートした。といっても売れない小説家の原稿料であるからたかが知れている。お金がなくなったタヌキがウサギに会いにいくとウサギは、
「お金がないあなたに用はないわ。」
という。タヌキが一人帰ろうとすると、ウサギは一人ごとのように、山のふもとに、おじいさんとおばあさんがたがやしてる畑があるでしょ。話はかわるけど、やみの野菜を買い取って売ってくれるやみの仲買人を私は知っているんだけど、と言って、そのブローカーの電話番号を言った。
 タヌキはおじいさんおばあさんの畑のヤサイを夜ぬすんで、仲買人に売ってその金をウサギとのデート料にあてるようになった。
 実をいうと、ウサギは前この畑のニンジンをほっているところを畑の所有者の老夫婦に見つけられ捕まえられ、さんざんおしおきされたことをうらみに思っていたのである。じいさんばあさんが、また最近、畑あらしがではじめて、きっとあのウサギだと思っているところへ、ウサギが、ピアスと茶髪とミニスカにコートにカッポンカッポンシューズというおきまりのいでたちであらわれた。
「ややっ。でたな。ぬすっとたけだけしいとはお前のことじゃ。最近また畑をあらすようになったのはお前だろう。こんどはようしゃせんぞ。仏の顔も三度までだ。」
 と一度目で十分なおしおきをしておきながら言う。ウサギはつつましそうに正座して、
「それはあんまりです。」
と目に涙をうかべて、伏せ目がちに訴えた。
「実をいうと今、裏山にタヌキが一匹住みついているのですが、この人が畑のものをとっているんです。私も以前、畑のニンジンをとろうとしたことがありますが、それもタヌキさんの命令でしたことなのです。」
と語った。老夫婦は半信半疑だったが、ぬす人がどうして自分から被害者の前にあらわれるでしょう。コロンボじゃあるまいし。今日あたり、またきっとタヌキが畑をあらしにくると思います。しかけをつくっておいて、現行犯でタヌキをつかまえなさるといい、と言った。
 じいさんは、しばしだまって考えた後、
「確かにお前がぬすんでいるのなら、自分からわざわざでてくることはおかしいな。でもなぜわざわざ危険をおかしてまで言いにきたのだ。」
と問うと、ウサギは目をりんとひからせて、ジャンヌ・ダルクのように、
「正義のためです。」と一コト言った。
その夜、老夫婦がつくったしかけにタヌキがみごとにかかった。老夫婦が、よくも今まで畑を荒らしておくれだね。今度という今度はようしゃしないから、かくごしておき。というとタヌキは万引きをみつけられた少女のようにただただ、ゴメンなさい、ゴメンなさい、もうしません、とあやまった。が、ゆるしてくれるほど人間の心というものは寛大ではない。
 タヌキは柱につなぎとめられた。翌日の夜、たぬき汁をすることとあいなった。炎天がジリジリと身をやく。のどがやけつくようにあつい。
「身はたとえタヌキ汁にはなりぬともとどめおかまし大和魂。」
などと辞世の句もつくった。
 じいさんは仕事にでかけて、屋敷にはばあさん一人である。タヌキはちょうどギロチンを刻一刻とまつルイ十六世の気持ちだった。ばあさんはじいさんの服のほころびをなおしていた。がコクリコクリとねむりだした。タヌキは何度か縄をのがれようともがいてみたがむなしい徒労におわった、その時である。うしろでこそこそと音がしたかと思うと、忘れもしないあのウサギの声がする。
「タヌキさん。あなたがつかまっていることを聞き、助けに来ました。」
 タヌキは目をうるませて、ああ、ありがたい、というか、うれしい、というか地獄に仏というか、女神とはまさにこのことだ。その心がうれしい。ウサギは、あなたがタヌキ汁にされるのなんて私耐えられません。と言って、いましめを解こうとする。
「でもきいて。ひどいのよ。あのおばあさん。何の罪もない私を前、しばって拷問にかけたの。それと、この家にはどこかに小判がかくされているらしいけど、どこにかくされてるのかよくわからないの。おもてむきは、善良な農家をよそおっているけど、本当は、人身売買のブローカーをしてしこたまもうけてるのよ。」
とまことしやかに言う。タヌキは、それはゆるせん、と義憤に燃え、自由の身になると、天誅だ。神罰をくらえ、といってボクッと老婆を蹴った。
 もちろん、ウサギはタヌキの縄を解いたらすぐ、戸口の外へでて節穴から中を窺った。タヌキは老婆を蹴ってから腕をねじあげ、
「やい、小判のありかを言え。」
と言ったが、
「いたた、知らないよ。そんなのないよ。」という。
タヌキは老婆をつきはなし、箪笥の引き出しをあけて、めぼしい金品をとって走り去った。その晩、じいさんが畑から帰ってくると、ばあさんは、じいさんに泣きつき、くやしいよ、じいさん、わたしゃ生きてて、こんなくやしい目にあったことはないよ、といって、今日のいきさつを語る。じいさんもそれをきいて、ばあさんと共にくやしがった。
 その翌日である。ウサギがピョコリとかわいらしくやってきた。例のピアスに茶髪に、ミニスカにカッポンカッポンシューズといういでたちで。タヌキが畑をあらしにきたことが、ウサギの予言どおりあたったので、ばあさんは今はウサギをすっかり信用して、前はひどいことをしてすまなかったね、とわびて、丁重にもてなし、タヌキにひどい目にあわされたいきさつを話した。
「くやしくてくやしくてしようがない。」
というばあさんの訴えをだまってきいていたウサギだったが、
「それは、ゆるせない、ゆるしてもならない悪業ですね。かよわい非力な私ですが、天にかわって、タヌキを成敗しましょう。」
と言って、タヌキ必殺の青写真を話した。こってりと念を入れてタヌキをイビリ殺すのである。しばかりに行くと言って、タヌキにしばを刈らせ、かつがせ、それに火をつける。そして、そのヤケドの場所に薬だといってカラシをぬる。そして最後には海へデートといってつれだし、ドロ船でデキ死させてしまう。とまあ、こんな具合いである。モンテ・クリスト伯より念が入ってる。ばあさんは目から涙を流してよろこび、エンザイのイシャ料とタヌキ殺しの前金としてかなりの額の小判をウサギにわたした。ウサギは桃太郎のような気分で、ばあさんの家をでた。
 それから先のストーリーは原作者の太宰治さんのとうりである。
 場面はラストのタヌキとウサギが浜辺で舟をつくっているところ。
 「ちくしょう。知ってるぞ。オレは。お前はこのドロ舟でオレを殺そうってわけだな。トホホ・・・。オレは・・・何だって自分を沈めるドロ舟をつくっているんだろう。なあ。せめてなぜかおしえてくれよ。この前はカチカチ山で薬といってカラシをぬっただろう。タヌキはなータヌキねいり、とか人をだましたりできるんだから頭がいいんだぞ。君はたしかにかわいいよ。たのむからおしえてくれよ。」
と言うとウサギは
「そうよ。私はギゼンはいわないわ。あなたはこのドロ舟で死ぬのよ。考えてみればかわいそうね。でもそれが運命だと思ってがまんしてね。この前のカチカチ山の時のこともゴメンね。でも運命だったのよ。」
 タヌキ「そりゃひでーや。でも君は正直でいい子だね。でもそうきくとオレも何だかドロ舟をつくるかいがちょっとだけでてきたよ。トホホ・・・。なけてくるぜ。」
ウサギは絶対しずまない木の不沈船をトントンと大切そうにつくりながらバカタヌキの一人言をききながしている。
「なあ、ウサギ君。君は今は美しいが、君も年をとるってこと知ってるかい。」
「ええ。知ってるわ。でもそんなのずっと先のことよ。」
「そうかい。でも歳月人をまたずってういぜ。ところで一つたのみがあるんだが、オレは死ぬまぎわまで、カチカチとノートパソコンをたたいているんだけれども、それは、今のこのできごとを物語にしているのだよ。オレのたのみというのはほかでもない。オレが死んだ後どうか、オレのつたない文でもひろってくれそうな出版社に投稿してくれないかい。君の今の美しさは文の中でかがやきつづけるのだよ。」
というとウサギは「ええ。いいわよ。」という。
「さあ。できた。できた。」
とウサギがよろこぶ瞳の中に少しのレンビンの情のないのをみるとさすがタヌキもホロリとなきたくなったが、ないてもシャレにならないことは知っているので
「なーいちゃならねー。タヌキはよー。」
などと節をつけながらドロ船のしあげをする。
晴天に波はキラキラと光り絶好のタヌキ殺し日和りである。








  
少年
 子供のころの思い出は、誰にとっても懐かしく、あまずっぱい、光と汗の実感でつくられた、ここちよい、肌が汗ばみだす初夏の日の思い出のようなものでしょうが、子供は、まだ未知なことでいっぱいで、あそびにせよ、けんかにせよ、大人のように制限がなく、やりたいことを、おもいっきり、発散できるからで、夢のような自由な世界がなつかしくなるからでしょう。
 私が小学校六年の時、光子という一人の少女が、ひときわ、なつかしく、思い出されます。
 彼女は、高校一年のひときわ、あかるく、かわいらしい子で、でもちょっとかわった性格があり、それは今思うと、性にめざめはじめた思春期のせいか、それとも彼女がもつ特別な性格のせいだったのか、それは、今でもわかりませんが、彼女は今でも私の思い出のひきだしの中に、みずみずしく、なつかしく、生きていて、できることなら、もう一度、あのころにもどりたいくらいです。
 しかし、それは現実にはできないことですが、何とか彼女が生きた、みずみずしい美しさを書いておきたくて、書くことは好きなので、書くことで彼女を再現してみようと思いました。 
 私は小学校を東京から少し離れた公団住宅で過ごし、団地の中の小学校へ通っていたのですが、そこに、はなわ信一という、色白のおとなしい子がいました。彼は別の学校から転校してきた子で、友達をつくろうともせず、いつもポケットに手をつっこんで、壁にもたれて観察するような目でクラスの様子をみている子でした。
 私も、元々、友達づきあいがにが手で、彼に同類の親近感のようなものを感じて、どちらからということもなく、彼と親しく、つきあうようになりました。
 クラスには叶という、ふとってて、何事につけてもノロくて、友達にからかわれていた子がいました。信一は、ちょっとへそまがりの、なまいきで、私には、それが、彼の魅力でもあったのですが、ある時、叶をからかっている連中をうしろからいきなり、けっとばしたことがありました。彼らはギョっと、おどろいて、体も小さく、たいして力もなさそうな、いつもは、おとなしい信一の暴挙をきみわるがってか、すごすごと、その場を去って行きました。
 以前、信一は、オレのオヤジはXX組のヤクザの幹部だぞ、などと言ったこともあります。助けられた叶は、すがるように信一にお礼を言って、ペコペコ頭をさげ、それ以来、信一を、おやぶん、おやぶん、と言って、したうようになりましたが、信一は、フン。お前なんかを助けるためじゃないよ、何となく、気にくわないヤツをけりたくなったから、けっただけさ、などといいました。
 ある時、学校のかえりに、私は信一にさそわれて、叶といっしょに信一の家に行きました。信一の実母は三年前に交通事故で死んでしまい、一周忌がすむと、彼の父は、ある未亡人と再婚していました。義母には、光子という高校一年になる元気な子がいました。
 信一と私と叶が光子のPHSのゲームで遊んでいると、光子が、入ってきて、
「信ちゃん。私のものにさわらないでよ。」
とおこった口調で言います。信一は、キッとなり、
「ふんだ。ねえさんのけちんぼ。」
といって、近くにあった、ぬいぐるみを光子になげつけましたが、光子はそれをスッとかわすと、フンと言って、部屋を出て行きました。信一は、あいつ、なまいきだから毎日、うんといじめてやるんだ、と、本当か、まけおしみか、わからないことをいいます。それからだんだん、私と叶は信一の家にあそびに行くようになりました。
光子はいつも窓ぎわでCDをききながら少女マンガを読んでいました。ある時、信一はきつねごっこをやろうよ、といいだしました。きつねごっことは、人間に化けて、人をからかうキツネをさむらいが、その正体をみやぶって、こらしめる、というものでした。光子がキツネで、私と叶が、だまされ役、信一が、さむらい、といいます。
 よこできいていた光子は、面白いと思ったのか、よし、やろう、やろう、と言って腰をあげました。光子は台所からクッキーと紅茶をもってくると、おかしを足でグチャグチャにして、紅茶に、つばをいれます。それを私と叶は、だまされたふりをして、おいしい、おいしい、といって、のむと、光子も、おもしろくなってきたのか、だんだん図にのってきます。
光子の魔法の笛にあわせて私と叶がおどって、よっぱらって頭をぶつけて、ころんだり、ねたふりをすると、光子がかまわず、ふんでいきます。もう光子は、おもしろくなって、遠慮なく、体重を全部のせて、笑いながら、ギューギューと踏み歩いて、ああ、つかれた一休みしよう、と言って、ドンと重たいおしりをおろしたりします。そこへ、さむらい役の信一がおもむろに登場します。やい。このワルギツネめ。人に化けて、人間をからかう、とは、何てやつ。ふんじばってくれるからかくごしろ。信一は私と叶をうながして、光子をとりおさえようとしますが、光子はオテンバの本性をあらわし、
「ふん。ばれたら、仕方がないね。あばよ。お前らみたいなトウヘンボクにつかまってたまるもんかい。」
といって、にげようとします。が、光子は高校一年、私たちは小学校六年で、四つの年の差は、さすがに、光子を容易につかまえさせません。
それでも、こちらは三人なので、又、光子にもキツネごっこのストーリーに従わなくては、という意識があってか、ようやくのこと、とりおさえて、ねじふせます。信一が用意していたらしい縄で、光子の手をうしろでしばりあげようとすると、
「あら信ちゃん。むちゃしちゃいやだよ。」
といいますが、さすがに三対一には、かなわず、光子を柱にくくりつけ、ハンカチで、さるぐつわをすると、はじめは、もがいていた光子も、グッタリして目をとじ、カンネンしたらしく。私たちは、やあ、やあ、よくもだましてくれたな、ふとどきなキツネめ。といって、体や顔のあちこちをつねったり、くすぐったり、化粧といって顔にツバをぬったり、さっき光子がしたように、体をふんだりします。オテンバで、年も上の光子なので、もっと抵抗しようとするかと、思っていたのですが、不思議なほどに、光子は、おとなしく、だまって横ずわりしています。
しばしたって、もう興がさめて、光子の縄とさるぐつわをとくと、光子はソッと顔を洗いに出ていきましたが、顔を洗って、もどってくると、
「ああ、ひどい目にあわされた。キツネごっこなんて、もう二度とやらないから。」
といいながらも、なぜかニコニコうれしそうな様子です。
私たちは自由になった光子が、おこって、仕返しをするのでは、と思いましたが、何事もまるでなかったかのような様子です。光子は窓際に行くと、CDをヘッドホンでききながらコミックを読み、私たちは、テレビゲームにと、元のように別々にあそびはじめました。そんなことがきっかけで私と叶は信一の家へ、足しげくあそびに行くようになりました。 
 ある時、私たちが、テレビゲームで遊んでいると、光子の方から、
「ねえキツネごっこをやらない。」
と、モジモジといい出したので、私はおどろきました。私は、光子が、この前やられた、しかえし、のため、だと思い、光子がキツネになって、ふざける度合い、が、だんだん強くなっていくのでは、と思いました。
しかし前半の光子のふざけの部分は、前より何か、かるくなったようで、何か形だけしているような感じで光子が、おもしろがっている様子は、ぜんぜん感じられません。今度は私たちが光子に、しかえしする番になりました。が、それでは、こちらも、しかえし、してやろう、という気持ち、も、おこってこず、何か、しらけぎみになっていると、光子は、
「さ、さあ、私は、人をダマしたワルギツネだよ。」
と、あそびのつづきを催促するようなことをいいます。しかし、その声はふるえていました。私たちは、光子をしばりあげ、この前と同じように柱につなぎとめ、めかくししました。しかし、たいして、からかわれていないので、光子に悪フザケをする気があまりおこらず、もてあましていました。すると光子は、
「さ、さあ、悪ギツネはおきゅうをすえられるんだろう、この前と同じように、やっておくれ。」
と声をふるわせながら言いました。
私たちは、しかたなく、鼻をつまんだり、ツバを顔にぬったり、顔をふんだり、スカートをあちこちから、めくって光子を困らせたりしました。すると、光子はだんだん呼吸をあらくして、切ない喘ぎ声をあげだしました。
私と叶は何か、きみわるくなって横でみていましたが、信一はあらゆるいじわるを躊躇なく楽しむことができる性格だったので、さかんにめかくしされた光子をいじめます。信一に手伝うよういわれて、私たちも光子の責めに加わりました。
はじめは、おそるおそるでしたが、しだいになれてくるにしたがって、おもしろくなり、光子の頬をピチャピチャたたいたり、足指で、鼻や耳をつまんでみたりしました。そのうち、キツネごっこは、後半の光子がせめられるだけのものになりました。光子は、さ、さあ、もう、どうとでもしておくれ、といって、ドンと私達の前に座りこんでしまいます。すると、信一はいろいろな方法で光子を困らせ、光子が悲鳴をあげて、本当に泣くまでせめるようになりました。
信一はいじわるするのが好きで、光子はその逆のようで、変な具合に相性が合うのです。でも、はじめのうちは、あそびがおわると、光子も、やりきれなそうな、不安げな顔つきでしたが、だんだん、なれるにつれて、この変なあそびがおわると、光子にすぐにいつもの明るい笑顔がもどって、信一を、
「こいつ。」
といって、コツンとたたいたりするようになりました。不思議なことに光子は、いじめられてばかり、いるのに、私たちがくる日には、手をかけて、たのしそうにチーズケーキなんかをつくって、まっててくれるのです。その後、信一と光子がどうなったか、それは知りません。







   
シケンカントク
 ここはあるシケンのシケン会場。拓殖大学の六階。年に一度のシケンなので、受験生は、おちたら、もう一年同じことをやらなくてはならないし、やったからといって、学力が上がる、というわけでもないようなので、一年をこの日のためについやしてきた、のだから、もっとキンチョーしたフンイキでもいいと思うのだが、さほど、はりつめたフンイキではなく、またそうぞうしくもない。シケンカントクは四人で、ジャベール的な人はいなかったので、こちらもリラックスしてシケンという自分とのコドクな戦いに集中できた。若い、京本的なスポークスマンと、うるわしき、いとなやましげなる人がいた。私は、その時のシケンはおちて、同じ勉強をするはめになった。
 ある初夏の日、気がつくと私はその二人をイメージして、掌編小説をかいていた。
 彼らは試験がおわったら、いっしょに車で帰って行った。試験監督おわりの飲み会・・・ということで、これからカラオケスナックに行くらしい。
 スポークスマンの若い男が、
 「二日間、ごくろうさま。」
 と、ねぎらって、カンパーイ。ゴクゴクゴクッ。ウィー。ヒック。
「飲もおー。今日はーとこーとんもーりーあがろーよー(森高千里)」・・・てな具合でもりあがった。
 名前は、スポークスマンが「牧」で、
 女の人は「佐藤」・・である。
 彼は一曲うたったあと、カウンターでマスターと話している。彼は少しの酒ですぐ赤くなる。つかれて少しうつむきかげん。彼女はさりげなくとなりに座ってマスターに、オン・ザ・ロックを注文する。その声に彼はハッと気づいて目がさえる。彼はグラスを手でまわしながら、
 「グラスの底に顔があったっていいじゃないか・・・」
 と、わけのわからんことをつぶやきながら照れくさそうにしている。彼女のあたたかさが伝わってくる。
 「牧さん、おつかれさまでした。」
 「い、いえ。佐藤さんこそおつかれさまです。」
 彼女はおもしろがって、
 「私、忘れっぽいから、お酒がはいった時、言ったことや聞いたことって翌日になると、すっかり忘れてしまって、おもいだそうとしてもおもい出せないの。牧さんは知性的だから、そんなことはないでしょう。」
 彼「い、いえ。僕もまったく忘れっぽいです。」
 彼女、前をみてる彼を微笑みながら、じっとみすえて、
 「私、牧さん好きです。」
 と、きっぱり言った。他の人は離れた所にいて、カラオケをたのしんでいる。室内にひびくマイクの大きさは、彼女のコトバを消すのに十分だった。マスターは気をきかせて、さりげなく厨房に入っていった。スポークスマン、声をふるわせて、
 「ぼ、僕も佐藤さん。好きです。とってもすきです。」
 そのあと、マスターがもどってきて、二人はだまってのみつづけた。
 翌朝、社へ向かう途中の交差点で二人は出会った。彼は少し恥ずかしそうに、
 「おはようございます。」
 と言った。彼女も同じコトバを返した。彼女は空をみて、
 「私、きのう何かいったかしら。ぜんぜんおぼえてないわ。牧さんはおぼえていますか。」
彼は胸をなでおろし、ほがらかな口調ではっきりと言った。
 「僕もまったくおぼえていません。」
 彼はさらにつけ加えた。
 「さ。今週も一週間ガンばりましょう。」
 彼女も快活に「ええ。」と答えた。
 信号が青にかわった。
 人々はそれぞれの目的地へ向かって歩きだす。
 大都会の一日がはじまる。








   
砂浜の足跡
 武司の期待はあたった。少女はこの前と同じ場所でこの前と同じ表情でじっと海をみつめている。先週武司は勇気をだして声をかけてみた。
 「ねえ君、何を悩んでるの。失恋でもしたの。よかったらちょっと話しない?」
 少女はさめた一瞥を与えたのち、だまってその場を去った。
 「あなたみたいな人じゃロマンチックな気分がだいなしだわ。」
 少女の無言の表情はこう語っていた。武司もその通りだと思った。その時はもう二度とくるまいと思った。だが武司はどうしてもこずにはいられなかった。そのかわりこれを最後にしようと思った。国道の下を横切るトンネルの先からは以前と同じ位置に以前と同じ漁船が三隻凪いだ海で静かにその営みをしていた。
武司はトンネルからおずおずと顔を出して砂浜をみた。

はたして少女は武司の予想通りこの前と同じ場所で、この前と同じ表情でだまって海を見つめていた。少女はすぐに武司に気づいてふり返った。
 「やあ。」
武司はへどもどして頭をさげた。だが少女はそれを無視した。そして、すぐその視線を海へ戻した。武司はがっかりして、江ノ島へむかって歩きはじめた。砂を一歩一歩踏みしめて歩きながら、武司は自分の存在が彼女の目ざわりになったことを後悔していた。
 「自分みたいなダサイやつはよけいなことなどするな。」
武司は自分にそういいきかせた。江ノ島は陽炎の中でゆらいでいた。武司はそれをみつめて歩いた。

    ☆  ☆  ☆

 もうみえなくなったかな。
武司の心にあった最後の未練な気持ちが彼をふり返らせた。すると少女はいつの間にか、裸足になって波とたわむれていた。その顔はたしかに笑っていた。
寄せる波からは逃げ、引く波は追い・・・・・。
すると武司もうれしくなった。武司は国道に沿って並んでいる大きなコンクリートブロックのかげに少女にみえないように腰掛けて、少女が波とたわむれるのを見守った。
あたりにはだれもいない。少女は自分が一人きりだと思っているのだろう。だんだん調子にのって波をばかにしだした。すると海の方でも怒ったのか、静かだった海は突然大きな波をひとつこしらえた。
 予想外のことに少女はあわてて逃げようとした。が、砂の中にうまっていた木のかけらが少女の足を捕らえた。少女はころんだ。さらにわるいことに足がつってしまったらしい。
少女は這ってにげるしかなかった。波の音にふりかえった少女の顔は恐怖のために真っ青だった。だが時すでにおそかった。大きな波は容赦なく少女を襲った。少女の全身はずぶ濡れになった。
 波は引いたが、少女の足はまだつっていた。このままでは、また次の波におそわれる。少女は必死になって這って逃げようとした。
 夏の陽射しが強い午後だった。逆巻く波の音が聞こえだした。彼女を襲う二度目の波の音だった。
 「逃げられない。」
少女は観念した。目の前では濡れた砂の上で小さな蟹が一匹、陸に向かって歩いていた。

 「手かしてもいい?」
人の声が聞こえた。少女は顔をあげた。さっきの少年だった。少女は黙ってうなずいた。少年は少女に肩をかして少女を立たせ、波のこないところまで彼女を運んだ。そしてそこに少女をすわらせて、足のつりを治した。四、五回、少年は少女のつった足を屈伸した。
 「もういいわ。なおったわ。」
少女がそう言ったので少年は少女の足から手をはなした。そしてチラっと少女を見た。
 「ははは。」
少年はてれ笑いをした。少女は顔をしかめて少年から目を避けた。少年はどうすればいいかわからなかった。
 沈黙が少年を苦しめた。
 「わあー。」
しばしまよった末、少年は海へ向かって駆け出した。そしてそのまま海につっこんだ。少年の体もずぶ濡れになった。そして再び少女のところへ戻ってきて腰掛けた。
 「ほら、これで僕も同じだ。」
 少女はあきれた顔で少年をみた。
 「ははは。」少年は笑った。
 「ふふふ。」少女も笑った。
 「へんな人ね。」
 「へんな人さ。」
二人は立ち上がった。そして、手をつないで、江ノ島へ向かって駆け出した。
 「ははは。」
 「ふふふ。」
 いつしか二人は心が通じていた。
誰もいない砂浜に二人の足跡だけが点々としるされていた。
勢いのある波ははやくもそれを消しかけていた。






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