あの後、しばらくの間かくれんぼを続け、夕方になり暦が散歩に出るところでお開きとなった。
茂あたりは、もうちょっとやりたそうにしていたが、暗くなると美樹では危ないということもあった。
評判は悪くなかった。
『またやりましょう』を挨拶に、母神たちはいつも通りの活動に戻っていった。
今、美樹は一人である。
庭の枯草からのぞく石の上に腰掛け、両手で頬杖を作り地面を見つめている。
何度目かの聖幽戯館での夜は、1つのプレッシャーを背負ってしまった。
今まで、歩に母神の意識改革を頼まれてから、多少意図的なところもあったが自然体でやってこれた。母神たちのフレンドリーな性格も手伝っただろう。美樹も、ここでの生活が楽しく思えてきた頃だったのだが……。
「中途半端は許さない」
その一言が、自分に与えられた使命の大きさを、改めて認識するキッカケとなっていた。
望は、美樹を試しているのだろう。しっかりやれば認めるが、いい加減なことをすれば…………。
思わず自分の最期を想像してしまい、ブンブンと激しく首をゆすり振り払う。
歩は無理しなくてもいいと言っていた。けど、このままの調子で、望を納得させられるのかどうか自信がない。
とにかく、人間のしてきたことを暦に謝ろうかと思ったのだが……人間のしてきたことは、美樹自身の問題じゃないと泉に言われてからというもの、人間と母神の関係を第三者目線で見ている自分に気付いた。
人間のしてきたことを美樹が謝るというのは、国が犯した行為をなんの変哲もない一市民があやまるようなもの、だと。
なら、どうするか。
自分が、これまで聖幽戯館で学んだことを踏まえた思いを、そのまま伝えるしかない。
暦に気を使って話すのではなく、自分が思っていることをそのまま。
歩が言っていた『自然体』とは、このことだったんじゃないかと、今感じた。
「よし……暦ちゃんが帰ってきたら、思いきって話そう、うん!」
「…………何を?」
ビクゥ!
いつも2時間ほど散歩してくる暦が、もう帰ってきた。
「え、いや、その…………早かったね〜」
心構えをしかけた時に相手が現れては、せっかくの決意もしぼんでしまう。不自然に取り繕うしかなかった。
「私は、いつも通り。もう8時になっている。美樹こそ、ずっとそこで座っていたの?」
「えぇ……もう8時なのかぁ……」
聖幽戯館に来て、あまり時間を気にしなくなっていた。なにせ時計がないのだから。携帯も電池をなるべく消費しないよう、電源を切ったままで時計も見ていない。
それでも、およその時間感覚はあると思っていたのだが……
暦がでかけてから考えをまとめていたのだが、真剣な割に回転が遅かったせいで、2時間という時間があっという間にすぎていたのだった。
「それで、何を話すつもりだったんですか?」
「え、えーとね…………」
ダメだ。
さっきの動揺が尾を引いて、言葉が出てこない。
これは時を改めたほうがよさそうだ。
「……………………」
「……………………?」
小首をかしげる仕草が、なんとも可愛い。
こんな可愛い姿をしているのに、管理してるのは魂とは……
「あ、そうだ!」
それで思いついた。ひとまず、これで場をしのごう。
「ね、暦ちゃん。魂を集めるところ、見せてもらってもいい?」
「いいですが……美樹は、そういうものが苦手と言っていたはず」
そう、美樹は幽霊の類は苦手だ。少なくともそう思っている。
「そうなんだけどね……よく考えたら、実際に会ったことないんだ。話に聞いて怖いなって思ってただけだし……」
照れたように耳の上を指でかく。
暦は、その動きを目で追っていた。
「…………いいですよ」
なぜか少し言葉につまった。
「夜中だよね? 起きてたほうがいいかなぁ」
「時間になったら起こします。いつも通り寝ていてかまわない」
「そう…………」
(ホントは見てほしくないのかな?)
そう思わせる対応、そして、気持ちを感じた。
しかし、今まで理論に基づいた行動を取る母神を見てきた美樹は、自分をなるべく休ませようとする暦の配慮と理解した。
少し肌寒い風が二人の頬をなでた。
「そろそろ中に入りましょう」
言うが早いか、扉へと歩き出す暦。
「うん、ずっと外にいて体が冷えちゃった」
その偉大で小さな背中を追いかける美樹。
聖幽戯館の蒼い光は、互いに想いが伝わるよう、いつまでも二人を照らしつづけていた……
|