小説ヴァスタークロウズ中世編予告  ホームページトップページへ戻る
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 序 章  〜伝説を紡ぎしもの〜   
  
 ヴェスターランド、その中世は浪漫と伝説の織り成す世界が現実に躍動していた時代である。伝説を紡いだ者達の真実を語ろう。
   
しかけられた戦い

「見ろ、あの魔獣どもの群れの数、これでは我らだけでは支えきれん、せめて陛下の本隊と合流しよう」
「せっかく取り戻せた、サウスミョーギンの地をお棄てになるのですかミュラー男爵」
若い騎士が泣きそうな顔で千騎長で上級聖騎士の称号を持つミュラー男爵にかみつく。
「やむおえまい、無駄に命を落とす事はない、相手が人間ならいざしらず、名誉もなにもない魔獣相手に騎士道精神もへったくれもない引くぞっ」
「さすがだのミュラー千騎長、確かな状況判断というものも豪傑の証ぞ、あとは我らがひきうけた、卿は陛下を守るがよいぞ、陛下は右翼のジークヒルデの森ぞ」
突然背後の森からとてつもない大声が響き渡る。300人程度しかいない騎士と兵士の集団が驚愕の表情とともに振り向くと、そこには幻獣ホワイトエレファントの10頭ほどの群れが威風堂々と現れる。
騎士と兵士達が口々に叫び出す。
「ホルスト・ヴェッセルだ」
「まちがいない、あの右耳の三日月の傷はホルスト・ヴェッセルだ」
「これで勝てるぞ」
事実、数千規模の魔獣の軍団に雄叫びをあげて突進するホワイトエレファントの群れは短時間の内に勝負をつけてしまったのである。
「我らは右翼のジークヒルデの森におられる陛下と合流するぞ、いそげ」
今度はミュラー男爵の命令は素直に受け入れられ、300人程度の騎士と兵士の集団は彼らの忠誠の対象たる主君の元へと駆け出した。


ところ変わってシード王国の穀倉地帯、通称大平原の西部国境地帯では2人の貴族が困惑と怒りを吐露していた。
「なんだってこんなに魔獣ばかりいるのだ、人間の兵士なぞどこにいるというのだ」
「コーン伯爵殿、こたびの戦は卑劣としか言いようがありませぬぞ」
「エステ子爵、敵のリューネブルクが卑劣なのは今にはじまったことではない、我らはこのシードの地を陛下とともに守り抜くのみぞ。左翼の弓兵隊、突進してくるマッドベアーのでかい奴に集中斉射せよ」
コーン伯爵の果断な指令により、弓兵達の矢の斉射がマッドベアーの一団を仕留めるが、次から次へと新手の魔獣が出現してくる。
「むうっ、きりがない。トリスタンハイムの砦まで下がって態勢をたてなおすぞ、エステ子爵、卿は右翼をまとめてくれ」
「やむおえませんな、戦える味方は1000人切りましたからな、魔獣どもは1万以上いそうですな」
と伝令の兵士に指令を出しながらエステ子爵が遠眼鏡で敵を観察する。
コーン伯爵とエステ子爵が巧妙な戦術と陣形を駆使しながら押し寄せる魔獣の群れを押し返し、負傷者を庇いながら軍をまとめて引こうとした瞬間。押し寄せる魔獣の群れの動きが乱れはじめる。
そしてコーン伯爵とエステ子爵は信じられない光景を目の当たりにして唖然とするのである。
突然左翼方向から白い塊が三つ押し寄せると、見る見るうちに1万はいるであろう魔獣の群れを蹴散らしはじめたのである。
このときコーン伯爵の腹心で年老いたハイネマン上級騎士が叫ぶ
「御覧あれ、ホワイトエレファントジェネラルのヒンデンブルグとホワイトエレファントアールのリンデンバウムですじゃ、おおっホワイトエレファントバロンのバルバロッサまでおりますぞ。ということはイルヒアイス陛下が幻獣王の勅令をお出しになられたのですぞ」
「とうとう御決断あそばれたか、よし、作戦変更だ、負傷者をトリスタンハイムの砦に後送し、無事なものは掃討戦に入る。せっかくの好機を逃すな」
コーン伯爵の決断は味方の力強い賛意の掛け声に支持され、エステ子爵を先頭に勢いを取り戻した騎士と兵士達が戦場を駈け始める。


「シードはホワイトエレファントを出してきましたぞ、このままでは我が魔獣軍団は壊滅です、あとは人間同士でケリをつけなくてはなりませぬぞ、リューネブルク侯爵殿」
「そんな余裕はない、相手は大平原の覇者シード軍団だ、魔獣だけでケリをつけるのだ、我らの騎士団は南のローディアのラインハルトのガキの軍団相手だけで精一杯じゃ」
「では、今の幻獣王はイルヒアイスですから、主力のホルスト・ヴェッセルをつぶせば後は逃げますな」
「しかし、ホワイトエレファントは普通の武器では倒せないぞ、傷を負わせるだけでも魔法効果のある武器でなくてはならんのだぞ」
「ふふふっ、秘策がございます。ポイズンドラゴンの猛毒とポイズンマンドラゴラの神経毒を調合したこのシアンカーリを使えば…」
「シアンカーリじゃと…」
豪胆なリューネブルク侯爵の表情が一瞬青ざめる。


カーリアの奇跡

「リンデンバウムが斃されたぞ」
「なんだとう、どういうことだ」
「なんでもホルスト・ヴェッセルをかばったらしいが、あたった矢が魔法毒の矢らしい」
「なんたることぞ、戦況はどうなったのだ」
「それが、リンデンバウムが倒れたのを見たホルスト・ヴェッセルが怒り狂って魔獣と人間とあわせて3万いた敵軍を全滅させた上に今回の戦の元凶のリューネブルク侯爵を締め上げて捕虜にしたそうですので間もなく停戦になりそうです」
シード王国の王都ヘックスの王城ヘックスホースシュー城ではシード王国軍の将軍と大臣達が伝令によってもたらされる知らせに一喜一憂しながら気をもんでいる。


「リンデンバウムはいずくぞ」
同じ問いを発しながら人間の集団と右耳の三日月の傷と新しい額の三日月の傷も痛々しいホワイトエレファントナイトが魔獣と兵士の死体が散乱する戦場を人間がサウスミョーギンと呼ぶ地域の森めがけて疾駆していた。
王都ヘックスには死んだという伝令がとどいたホワイトエレファントアールのリンデンバウムであったが、虫の息でかろうじてまだ生きていた。
 ホワイトエレファントの騎士である、ホワイトエレファントナイト数頭と魔術師であるホワイトエレファントソーサラーによってミョーギン連山山麓の名水の湧くことで高名な、ホーリーフロッグの泉のあるホーリーフロッグの森の広場に運ばれ横たえられていた。そばにはシード王国一の誉れが高い、上級聖騎士の称号を持つ魔法薬草師のミーワ・オークが深刻な表情で立ち尽くしていた。
「やはり、この程度のエリクシールではだめかの」
とミーワ・オークが巨大な薬草瓶を抱えてうなだれると、ホワイトエレファントソーサラーのウィーズリー・チャンドラーが悲愴な声で
「シアンカーリの解毒には聖水エレオノーラでなければ無理じゃが…」
と大きな耳にシワをよせつぶやく。
「聖水エレオノーラを作るのには六葉のクローバーと聖なる解毒薬オクタルの主成分である八葉のクローバーと5本腕の黒い蛙が必要だからの。蛙はいくらでもいるが、四葉でさえなかなか無いと言うのに、六葉と八葉のクローバーが合わせて20ガルキンタル(20キログラム)も必要だからの…」
とミーワ・オークがため息をつく。
「ホーリーナイト山にある聖モードキアの庭になら、腐るほど四葉はおろか六葉だろうと八葉だろうと全てのクローバーと薬草がそろうておるのじゃが、聖モードキア修道教団の総大祭主ですら容易に入る事が出来ぬし、よほどのものでなくば、我らホワイトエレファントですら行けても入れぬ」
とホワイトエレファントソーサラーのウィーズリー・チャンドラーが天を仰いで咆哮する。
「嘆くな、シードの地と我が一族の勇士が無事ならそれでよい、余が不覚だったまでのこと、ここまで余命を与えてくれたそちらに感謝する」
と横たわるリンデンバウムが、かすれがちの声で周囲を気遣うと。取り囲むホワイトエレファント十数頭と魔獣の襲撃からリンデンバウムに救われたホーリーフログの森の近在の村々の住人達数千人からすすり泣きの声があがる。
後方から何やら騒々しい響きが迫ってくる。
「イルヒアイス陛下のおなりじゃ、リンデンバウム殿はいずくぞ」
と先駆けの騎士の叫び声が聞こえて来る。さらに
「リンデンバウム殿はいずこぞ、敵は全てたおしましたぞー、リューネブルクの下種は引き裂きましたぞー」
と、とてつもない大声がホーリーフロッグの森の広場はおろかミョーギン連山中に響けとばかり轟く。
 これには集まっていた村人達が思わず耳をふさぎ、ホワイトエレファントソーサラーのウィーズリー・チャンドラーもあきれ顔となり、虫の息のリンデンバウムすら苦笑するほどであった。
ほどなくイルヒアイス12世以下近侍の上級騎士や貴族達が隊列を組み現れる。
「シアンカーリじゃと、禁断の魔法劇毒ではないか」
ミーワ・オークから説明を受けたイルヒアイス12世が絶句する。
「しかも解毒の特効薬の聖水エレオノーラといえば、名だたる強心薬で、死人すら躍らせるという御転婆薬ではないか、それに材料だけでなく生成の魔法陣が必要だ」
とイルヒアイス12世に随伴してきたミュラー男爵が豪傑だけではない、上級聖騎士として持つ魔術と薬草の知識も披露しながら困惑する。
「問題は材料ですからな、いかんせん年がら年中存在するのは聖モードキアの庭くらいなものですからな、近づけても容易に入れる場所でもない」
と大きな耳を動かしながらホワイトエレファントソーサラーのウィーズリー・チャンドラーが大きなため息をつくと
「聖モードキアの庭なら我らなら番人にかけあえば入れてもらえるのではないか」
と若いホワイトエレファントナイトが口を出す。
「馬鹿も休み休み言え、我らホワイトエレファントナイトといえどもモードキアの番人の眼鏡にかなうのはよほどの者ぞ、番人はホーリーホワイトドラゴンだぞ」
と年長のホワイトエレファントナイトが怒鳴るように咆哮すると
あたりが沈黙に支配される
「わしが行く、聖モードキアの庭の番人のアルフォートなら我が親友だ」
「ホルスト・ヴェッセル殿」
若いホワイトエレファントナイトが尊敬のまなざしを向ける
そのときホワイトエレファントソーサラーのウィーズリー・チャンドラーが静かな声で
「もう時間がない、だいいちにここからホーリーナイト山の聖モードキアの庭まで何日かかると思っているのだ」
とつぶやくように言うと
「行動せずにあきらめるとはらしくないぞウィーズリー」
ホルスト・ヴェッセルが揶揄するかのように咆哮すると
「ヴェッセル、そなたは気づいてないようだが、その額の傷は普通の傷ではないぞ、ほっておいたらそなたも命が危ういぞ」
と静かに諭すようにホワイトエレファントソーサラーのウィーズリー・チャンドラーが言うと突然ホルスト・ヴェッセルがよろめき、慌てて周囲にいた2頭のホワイトエレファントナイトが支える。
「ソーサラーウィーズリー・チャンドラーよ、他に手立てはないのか、ホルスト・ヴェッセルまで失ってはキングホワイトエレファントに会わす顔がない」
とイルヒアイス12世が静かに問うと
「ヴェッセルの傷ですと、解毒薬オクタルで充分間に合いますし、聖モードキアの庭の番人の親友ゆえに事情を話せば材料を分けていただけるでしょうし時間もありますが…」
とホワイトエレファントソーサラーのウィーズリー・チャンドラーが口ごもる。
「エレオノーラの材料を集めるのには間に合わぬという事か」
とイルヒアイス12世が悄然とした声を出して肩を落とした瞬間、後ろから
「エレオノーラをつくるのに必要なクローバーはこれだけあれば足りますでしょうか」
といきなり鈴をふるような澄んだ凛とした声が響く、人垣をかきわけて手にした大きなかごを引きずるように持った少女が姿を現す。
「そなたは鍛治師ムラージュの娘カーリアではないか」
ミーワ・オークが少女の名を叫びながら少女のそばにかけよる。かごにはぎっしりと六葉と八葉のクローバーがつまっていたのである。
つられて覗き込んだホワイトエレファントソーサラーのウィーズリー・チャンドラーが
「信じられぬ、この時期にこのように大量の六葉と八葉のクローバーがあるとは、そなた、まさか聖モードキアの庭にでも行ったのか」
と混乱交じりに驚くと、少女は言いにくそうに
「いえ…ミョーギン山のこの近くには私しか知らない周囲を囲まれた場所にある。私だけの秘密の花園にたくさん生えています。父と母を魔獣から救ってくださったリンデンバウム様のお命が救えるのであれば、私だけの秘密の花園が皆様に知られて私だけのものでなくなってもあきらめようと思い、急いで摘み取って参りました」
「そんな場所がミョーギンにあったのか、だとしたら知っているはずなのだが…」
とミーワ・オークが不思議そうな顔をする。
「まあ、よい。詮議は後じゃ、早急にエレオノーラをつくるのじゃ」
と黙ってやりとりを聞いていたイルヒアイス12世が促す。
その場に慌しい動きが戻り始める。
「急ぐぞ、オクタルはわしがつくる」
とホワイトエレファントソーサラーのウィーズリー・チャンドラーがカーリアからクローバーのつまったかごをとりあげて何やら呪文を唱え始めると八葉のクローバーだけが宙に浮き上がりはじめる。
「儀式魔法陣図は私が描く」
とミュラー男爵が愛馬フレイアの鞍から降り立つと、自分の従者に持たせていた美しい装飾の施された槍を受け取り、全身を動かし石突部分で何やら複雑な図形を地面に描き始める。
「あとは5本足の黒い蛙が37匹だの」
とミーワ・オークが六葉のクローバーを選り出しながら言うと。集まっていた村人達が一斉に森の奥へと蛙を捕まえに散っていく。
ほどなく材料が全て揃い、ミーワ・オークとホワイトエレファントソーサラーのウィーズリー・チャンドラーとミュラー男爵がホーリーフロッグの森の広場に作り上げた儀式魔法陣の中央に大鍋を置き。2人と1頭の呪文が響くと、紫紺の美しいオーラが大鍋から立ち上り、あたり一面にかぐわしい芳香が漂い始める。
 かくしてエレオノーラは精製され、瀕死のリンデンバウムは救われたのである。
おまけのオクタルのおかげでホルスト・ヴェッセルも魔法傷によって命を落とさずに済んだことは言うまでもないことである。
 後日、ミョーギン山中のカーリアの秘密の花園を訪れたミーワ・オークとホワイトエレファントソーサラーのウィーズリー・チャンドラーとミュラー男爵は2重の驚きを知ることになる。
カーリアの秘密の花園は一種の結界がはりめぐらされており、騎士や貴族達が証を立てる試練の洞窟と同じく選ばれたものしか入れず、しかも見えないようになっていたのである。
 残念ながらミーワ・オークは見えていたものの入れず、トライスターであるミュラー男爵とホワイトエレファントソーサラーのウィーズリー・チャンドラーしかカーリアに続いて入ることができなかったのである。
花園の中には世にも珍しい様々のクローバーが生い茂っており、四葉はおろか五葉に六葉に七葉が当たり一面に広がり。オクタルの材料である八葉も無尽蔵というくらい生えていたのである。
 そして花園の中央にある泉には小さな石碑があり。石碑に古代語で書かれた文章を読んだホワイトエレファントソーサラーのウィーズリー・チャンドラーはひっくり返りそうになるくらい驚いたのである。
 カーリアの秘密の花園は聖モードキアの四大弟子の魔法薬草師で、剣術にも長けていたモーリー・バーネットの秘密の薬草園だったのである。
 そして「我が知識の園は才ある者に扉を開かん」と石碑の最後に刻まれていたのである。結局ミョーギン連山近在に住む者で、秘密の花園ことモーリー・バーネットの秘密の薬草園に入れる者はカーリアしかいないことがはっきりしたのである。
 ミュラー男爵とホワイトエレファントソーサラーのウィーズリー・チャンドラーの報告がイルヒアイス12世になされ、ほどなくして王都に呼ばれた少女カーリアはイルヒアイス12世から褒賞を賜り。タートルロックに行くよう命じられ、そのまま第7階層のホワイトエレファント達のいる聖域に足を踏み入れる事がかなったのである。結果として貴婦人となったカーリアは、とある上級騎士に求婚され、彼女の生んだ息子は名高い豪傑となり、伯爵にまで出世する。トライスターとなった彼女の息子は新たな家を興すことを許され、家名をリンデンバウムとしたのである。このときからサウスミョーギンの地を領する人間のリンデンバウム伯爵家が誕生し、シード王家のあらたな藩屏として忠誠をささげることになったのである。
六葉クローバー   八葉クローバー